第6話「苦手な理由」

 レオナルドはようやくジョヴァンニと私が上手く話せたと聞いて、嬉しそうにしていた。彼に恋愛指導を受けるようになって、二週間近く……出来ない子が、出来るようになりました。


「良かったな」


 レオナルドは大きな手で頭をポンポンと叩き、私の頑張りを認めてくれた。


「すべて……レオナルド先輩のおかげです。本当にありがとうございます」


 これはジョヴァンニの案で、二週間後のレオナルドの誕生日までは、ジョヴァンニと上手く行ったことにしようと言われていた。


 そうしておいて、誕生日に告白された方が、嬉しいかもしれないと。


 ジョヴァンニはレオナルドが私のことをきっと好きなのだと言っていたけれど、今だって自分まで嬉しそうな顔をしているだけで、やきもちを妬いているような素振りもない。


 なんだか寂しいとは思ってしまうけれど、それもなんだかおかしな話だった。


 本当はここで私が『本当はレオナルド先輩が好きなんです』と言えれば、すべて解決してしまえる。


 ううん。そもそも、レオナルドが好きになった時点で、それが出来ていたとしたら……?


「ジョヴァンニとは、何を話したんだ?」


「え? あっ……そうですね。ジョヴァンニ先輩は、レオナルド先輩と仲が良いと言っていました」


 考え事をしていた私は不意に聞かれて、慌ててしまった。


 確か、そう言って居た。


 けど、その他の事でレオナルド自身に話せるような内容がなく、私は内心冷や汗をかいていた。


 ジョヴァンニにはレオナルドの恋を、応援してもらえるようになりました……! って?


 本当に、よくわからない。


 好きな人を誤解されて、好きな人に応援してもらっていた人に、応援してもらうことになって……?


 私がすんなりと素直に自分の気持ちを口に出せていたら、すぐに解決出来て、こんなにも悩まなくて良かったのに……。


「ジョヴァンニは、そんなことを……? 俺のことではなく、他には?」


「えっと……明日、一緒に出掛けることになりました!」


 これは、大丈夫なはずだ。


 実は夜会用のイブニングドレスを正式に作るには二週間では足りないらしいのだけど、王太子ジョヴァンニの顔で無理が通るメゾンに行って、明日サイズを測ってもらい、なんとか間に合わせてもらう予定になったのだ。


 ただ、それだけの話なのだけど、ジョヴァンニと出掛けること自体は嘘ではない。


「……そうか。良かったな」


 その時に微笑んだレオナルドの表情が少々寂しそうに見えたのは、私の願望なのか……どうなのか……私には、良くわからなかった。



◇◆◇



 新しく恋愛指導してくれることになったジョヴァンニと密に連絡を取りつつ、レオナルドの誕生日会に向けて着々と準備を進めていた。


 誕生日の贈り物だって、既に用意している。いつも身につけていてもらえるものが良くて、探し回ったけれど、ちょうど良い物が見つかって良かった。


 私はジョヴァンニと上手くいっていることになっているので、恋愛指導をしてくれていたレオナルドとは、今はあまり話せていない。


 それが無性に寂しくて、レオナルドの誕生日に上手くやらねばと思う原動力になっていた。


 たまに、教室移動中の彼の姿を学園内で見かけることはあったけれど、恋愛相談以外ではレオナルドと話せる気もしない。


 あんなにも毎日一緒に居て、内容は内容だとしても良く話していたというのに、今はもう他人のようになってしまった。


 ……レオナルドの方からも、私に話しかけることはなくなった。


 ジョヴァンニと上手くいってしまえば、私にとって自分は、もう必要ないだろうと思っているのかもしれない。


 勝手な思いだけど、本当に寂しい……けれど、今話かけたところで、これまでのすべてを話せる気もしない。


 ジョヴァンニが言っていたように、私が彼を好きという気持ちを言葉以外で伝えることこそが大事で、誕生日会に贈り物をする時に自分の気持ちを書いた手紙を忍ばせるという手段は、一番にベストな方法なのかもしれない。


 とにかく、勝負の日まで、あと三日ほどだ。


 私は贈り物を渡すだけ……そうしたら、手紙を読んだレオナルドがどうにかしてくれるはず。


「……リンゼイ。そろそろ、レオの誕生日会だね」


「はい」


 日付が近付く度に緊張度が増すけれど、ここまで来たら、やるしかないと思っていた。


 女は度胸よ。


 当日までに細々と決めることも多くてジョヴァンニとはお昼休みに、食堂で昼食を共にしていた。王太子の彼はとても多忙で、そこしか時間が取れる時がなかったのだ。


「緊張してる?」


「……わかります?」


 微笑むジョヴァンニの察し能力は、たまに怖い時がある。


 もし、不機嫌な恋人がデート中のディナーを『なんでも良い』と言い出しても『本当は、パスタが食べたかったんだよね。僕はちゃんとわかっているよ』と、99%の男性が失敗しそうな選択肢を間違いなく選びそう。


 そして、恋人も『もうっ……私の気持ち、ちゃんとわかってくれて、ありがとう』となりそう。あ。これって、すべて私の妄想なんだけど。


「うん。それは、わかるね。けど、リンゼイも落ち着いて相手側の状況を考えれば、相手の思っていることを予想出来るのではないかな」


 机の上をコツコツと指で叩いて、ジョヴァンニは面白そうに笑った。


「相手側の状況ですか。そういえば、あまり考えられていないかもしれないです」


 ……私はジョヴァンニの言う通り、あまり、相手のことを考えられていないかもしれない。


 友人関係ならわかるだろうことも、恋愛関係だと思うと、未知の分野過ぎてついていけなくなるのだ。


「リンゼイ。僕が思うに君が恋愛下手なのは、自分が相手の気持ちをわからないから無理だと、考えることを最初から放棄してしまっているからだと思うよ」


「うーん……そうかもしれないです」


 わかられ過ぎて居て……なんだか、怖い。恋人なら『わかってくれて、嬉しい♡』って、なれるかもしれないけど。


「もし……もしだよ。レオが君の事を、好きだったとするね? だとすると、今僕とこうして居る事を、どう思っていると思う?」


 まるで、教師が授業中に生徒に質問するかのように、ジョヴァンニはそう聞いた。


 どう思っている? ……もし、私のことが好きなら、これかな。


「ジョヴァンニ先輩と……上手くいって、良かったと?」


「はい。最悪な不正解。好きになった女の子が、別の男と一緒に居て、気分が良い人は居ないと思うよ」


「けど、私のことを好きなら、そうなのかなと……」


「いやいや……もし、片思いを片思いだと諦めていたとしても、相手の幸せを祈れるまでには、長い時間を要すると思う。リンゼイとレオが知り合って、まだひと月も経って居ないんだろう?」


「その通りですけど……難しいですね」


 私は普通にそう思ったんだけど、ジョヴァンニは呆れたようにため息をついていた。


「これは、なんだか重症だな。リンゼイが自分が恋愛を、下手だと思う根拠は?」


「まず、恋愛対象だと思うと、緊張しちゃって喋れないです……それに、相手の望む答えが出せないかもしれないと思うと、より怖くなってしまうんです。会話が成り立たないと恋愛って難しくないです?」


「別に望まぬ答えを出して、失敗しても良いと思うけどね。何か気に障るようなことを言ってしまっても、レオなら話せばわかってくれるだろう」


 いえいえ……乙女ゲームだと選択肢間違うと、好感度が減るんですが!?


 しかも、レオナルドは最難易度で、三つある選択肢の内の二つが即バッドエンドに繋がるんです。弁解の余地なんてありますか?


 なんて……こんなことを、ジョヴァンニに、言えるはずもない。


 ジョヴァンニが言いたいことはもっともで、ここは『ここたた』の世界で間違えていないと思うけれど、選択肢は出て来ないし、私には自由な言動と自由な行動が許されている。


「……何か失敗して、少しでも嫌われてしまうのは怖いです」


 恋愛って下手な原因を……突き詰めて言ってしまうと、これなのだ。これしかない。むしろ、これ以外ない。


 今まで失敗続きで、また、失敗してしまうかもしれない。そう思うと何か行動を起こすことが怖くなり、身体が萎縮して何も言えなくなる。


 怖くなって避け続けた結果、より苦手意識が強くなり、恋愛に対する恐怖と拒否感だけが強くなってしまう。


 私が正直な気持ちを伝えれば、ジョヴァンニはこれは困ったと言わんばかりに、両手を挙げていた。


「リンゼイは、告白さえ上手くいってしまえば、レオにすべてを任せた方が良いと思うよ。自分の意志では何かしない方が良いと思う。だって……」


「……ちょっとそちらの方、失礼致します!」


 真面目な顔をして恋愛相談中に不意に聞こえた高い声に、並んで座っていた私たちは同じように背後を振り返った。

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