第3話「とても良い。」

 イーディスとの楽しいお茶会を終えた私は、フレイン侯爵邸からの帰り道。暗くなりだした風景と馬車窓に薄く映る自分を見て、なんとも説明が付かない複雑な気持ちを持て余していた。


 イーディスとエミールの関係が羨ましくないと言えば、嘘になってしまう。


 けれど、もしエミールのような情熱的な男性であったとしたら、私は婚約者のことを好きにならなかっただろう。


 窓に映る私の物憂げな顔。まっすぐな黒髪に、緑色の瞳……私に冷たい高貴な婚約者とは、全く違う色味。


 ……私の婚約者は、オルレニ王国第三王子レンブラント・ミッドフォード。


 金髪碧眼の眉目秀麗で、学業も優秀、剣技もお強い。


 文武両道を併せ持つ完璧な王子様と言える方だけれど、婚約者の私には冷たく素っ気なく優しい態度をあまり見せない。


ーーーーというところが、とても良い。


 冷たい態度を貫く婚約者の姿が心に思い描かれて、思わずキュンとときめいた胸を押さえた。


 黒い馬車窓に薄く映っている私。その頭の上に浮かんでいるのは、大きな『80』の数字。


 イーディスには『自分の恋愛指数はどうなの?』と、聞かれなくて良かったと思う。


 親友の彼女には正直に答えても良いんだけど、説明がしづらくて……。


 だって、彼女は私と婚約者の関係について、冷え切っている関係だと思い込んでいるからだ。


 ……けれど、これは間違いなく、婚約者レンブラント様に向けての私からの恋心の数値だ。


 恋に恋する親友イーディスには、どうにも説明しづらい感情なのだけど、私と結婚するように定められているレンブラント様に冷たくされることが堪らなく嬉しい。


 少し突き放すような言葉使いも、義務感でのみ動いているかのような慇懃無礼な態度も……私はすごく好きなの。


 甘やかされたい女性も居ると思うけれど、私はそうして彼に冷たくされることにときめいてしまう。


 何故かというと私にはベタベタと甘やかし暑苦しいくらいに構ってくる父と兄が居て『良い加減にして!』と叫びたいところを、『私のことを愛しているから仕方ない』と、ぐっと我慢するという良くわからない幼年期からの日々を過ごしてしまっていた。


 それゆえに、男性から熱烈な愛情表現をされてしまうと心が引いてしまう。


 だから、エミールのように所構わず暑苦しい愛情表現をしてくる男性よりも、レンブラント様のように冷たい態度を取りつつも、折々の婚約者としての義務を忘れないで居てくれる男性が私の婚約者で良かったと心から思う。


 レンブラント様は外見も中身も申し分ないけれど、もし彼がイーディスに対するエミールのように押しまくる男性であれば、ここまで好きにはなれなかっただろうと言い切れる。


 だから、婚約者だから仕方なくといった決められた義務の遂行のように、淡々と私に接してくるレンブラント様に、いつも背筋がぞくぞくするほどにときめいてしまう。


 それは、年頃の女の子としては変わっている感性であることは私だって重々わかってはいるけれど、実際にそうなのだから仕方ない。


 彼のことは好ましく思っているけど、向こうから熱烈に愛されることに抵抗がある。


 甘やかされることこそが愛情表現だと思っているイーディスはじめ、同じ年齢の女の子たちには理解してもらえない感情だろうし……なんとも、説明しがたい複雑な思いなのだ。



★♡◆




「……リディア! 帰って来たのか!」


 ダヴェンポート侯爵邸に辿り着き、馬車から降りた私を迎えに出ていた父が両腕を広げている姿を見て、私はうんざりとしてしまって、ついさっき降りたばかりの馬車の中に戻ろうかと思ってしまった。


 ……いえいえ。私は自分が住む邸に戻って来たばかりだと言うのに、これから何処に行こうとしているの。


 リディア。冷静に考えて。


 父を避けて一時的に何処かに行っても、この場所へと帰って来なければならないことには変わりはないんだから。


「……ただいま帰りました。お父様」


 私はなるべく表情を消しつつ腕を広げたままの父の横をするりとすり抜け、ダヴェンポート侯爵邸へと入った。


 使用人たちは娘の後を慌てて追ってくる侯爵家当主のみっともない姿を見ても、特に意に介さずに見て見ぬ振りをしていた。


 娘の私をところ構わず溺愛し、こうして冷たく接されていることは、ここで働いている使用人全員が知るところだからだ。


「リディア! 今日は、何処に行っていたんだ?」


「……フレイン伯爵邸です。友人のイーディスとお茶をしていました」


 自室へと戻っている私の後を追うお父様は、十七歳になったばかりの娘が何をしていたか、気になって堪らないようだ。


 私を産んだ時に母は亡くなり、彼女を誰よりも愛していた父と兄は私を溺愛した。


 もしかしたら、こういう家族構成には割と良くあることなのかも知れないけれど、私にとっては日常が家族の暑苦しい愛情に満たされていて、息苦しくて堪らない。


「何の話を……っ」


「もうっ……お父様! 乙女同士の話の内容を聞いて、何が楽しいのですか。いい加減にしてくださいませ!」


 何から何まで詮索しようとする父に私が我慢出来なくなり振り返って、彼を睨むと嬉しそうに微笑んだ。


 父の頭にある数字は『100』これは、間違いなく亡き妻に対する恋愛指数。


 死してなお、お父様はお母様を最高に愛しているのだ。


 ……そうだろうと思ったわ。再婚だって何年経ってもしないものね。


「……ああ! そうして怒る顔もエリーゼそっくりだ! なんて、可愛いんだ!」


 亡き母そっくりという私の怒った顔を見て喜びに悶える父の姿に、やはり男性からは、冷たく接される程度がちょうど良いわと私は冷静に思った。


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