第35話:西の王の頼み

 その日、アーロンは街を歩いていた。

 ある場所へ――普段から世話になっている、西の王のいる城へ行く為に。


 呼ばれたのだ、アーロンは。

 西の王に話したい事があると言われ、無下には出来ないからと彼は向かっていた。


 そして街の奥――そこに広大な土地の中にある城があった。

 西の城。そこの門番から、慣れた様に礼をされたアーロンも礼で返してから入城する。


 けれど、別に入る人間に制限はない。

 近所の子供が普段、かくれんぼの為に入っているぐらいだ。


 逆に言えば、それだけ西の王が寛大なのだ。

 それを象徴するかの様に、城の庭や周囲にあるのは花壇とかではなく――畑であった。

 

 野菜や果物が多く実る城。

 世界の6割流通していると言われている西の国の食材達。


 一見、異様に見える光景だが、西の国の民には慣れた光景であった。


「相変わらずだな……ここは」


 兵士が芋や果物を食べながら仕事している。

 それと同じく、兵士がメイドや農夫達と一緒に畑仕事をしていた。


 それだけ平和なのだ。この西の国は。

 そしてアーロンは、その畑の中で目的の人物がいる事に気付いた。


「こっちも相変わらずか……」


 畑の中にいた人物――西の王:ロギアン・アースランドだ。

 

 嘗て、勇者エデンが死んだ時に助けを求めたり、それ以前もアーロンと繋がりのある人物であった。


 寛大、そして温厚。そんな性格の西の王ロギアン。

 彼は、王の服を着ておらず、なんとツナギを着て皆と畑仕事をしていた。


 だがアーロンにとって、西の民にとってはそれが普通の姿でもある。


「ロギアン王」


「ん? おぉ! アーロンか! よく来てくれた!」


 少しふくよかな体形だが、腕や足に確かにある筋肉が、彼の普段の生活を示していた。


「話があると聞いたが、何かあったか?」


「あぁ……少しな。まぁこっちに来て話そう」


 そう言ってロギアンは、近くの椅子にアーロンは誘った。

 そして自身は水で腕と顔を洗うと、近くに収納されたジョッキを二つ持って、傍にある樽からオレンジジュースを注いだ。


「ほらアーロン。今年も良い出来だ。搾りたてだぞ」


「そうか……相変わらずだなロギアン王は」


「ゴクゴクッ、ぷはぁ……この歳になれば、性格を変える方が難しくなるさ」


 ロギアンは豪快に飲みながら、目の前に広がる畑や果樹。

 そして働く者達を愛おしそうに眺めていた。


「今年も豊作だな」


「あぁ良いことだ。腹いっぱいなら争いだっておきんよ」


 アーロンの言葉に、そう言ってロギアンは笑った。

 それが彼の信条だった。争いを無くすなら、まずは食料だと。


 食べる事への不安を無くせば、争いは消える。

 普段からそう言っていた結果が、城の庭が畑や果樹の光景であった。


 そしてアーロンは、そんなロギアンを尊敬していた。

 実際、彼のお陰で食事に困った事はない。


 税収だって、彼は色々と考えて必要分だけを徴収している。

 そして還元として、食材が安く買える様な仕組みにしているのだ。


 だが王らしくない姿は、中央の者達から評判が悪い。

 泥王、腰抜け王等と中央は馬鹿にするが、中央だけだ。


 西や周囲の国はロギアンを、こう呼んでいる。

――豊穣王と。人々を飢餓から守る偉大な王。


 アーロンも間違いなくそう思っており、命を守る者として尊敬していた。

 

 実際、ロギアンの加護は強い。

 きっと女神ライフも、彼を見ているのだろうとアーロンは思った。


 そしてアーロンも兜を脱ぎ、搾りたてのオレンジジュースを飲んだ。

 濃厚だ。酸味もあるが、濃厚な甘さが喉を潤してくれる。


「良い出来だ」


「あぁ……これで今年も安心だ。――ただ心配事がある。」


「それが俺を呼んだ理由か?」


 アーロンの言葉に、ロギアンは静かに頷いた。


「実は<中央会議>があるんだ……」


「成程、それか……」


 ロギアンの言葉にアーロンは納得した。


 <中央会議>――それは文字通りの意味である。

 中央国に東西南北の国の王が集まり、政策などについて話し合う事だった。


 だが実際は、中央の命令を聞くだけの内容だ。

 事実、その中央会議によって<勇者徴兵>が行われたのだから。 


「反対は出来るが、通る保証はない。結局、勇者徴兵の行う意味も分からず、やる羽目になったからね」


「俺は今でも反対だ。一部の自称勇者達の行動は目に余る」


 勇者エデンの様な、まともな勇者は少ない。

 そして勇者徴兵の闇を、救出屋であるアーロンは知っている。


「それで……俺にどうしろと?」


「いつもと同じだ……護衛を頼みたい」


「……俺は護衛ではない。――ただし、あくまでも付き添いなら良いだろ」


 そう言ってアーロンは、素直じゃない承諾をする。

 これも、いつもの事なのだ。普段の彼なら断るが、信頼関係のある同士ならば話は別だ。


「それで出発はいつだ?」


「来週の月の日だ。早いうちに言っておこうと思ってね」


「分かった。弟子にそう伝える……それじゃあ俺は行く」


 そう言ってアーロンが立ち上がった時だった。

 ロギアン王が更に口を開いた。


「アーロン……気を付けてくれ。実は今回、中央王からは君を連れ来る様に言われているんだ。何かあるかもしれん。前に中央騎士が来たとも聞いた。少し心配なんだ」


「……問題ない」


 そう言ってアーロンは、城を跡にするのだった。

 そして数日後、彼は弟子達と共に中央へと向かう。

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