第25話:A級ダンジョン『深淵開洞』
結局、アーロンは従うしかなかった。
神父様を呼ぶ事も許されず、何よりも既にゲートを開いてしまったのだ。
「……面倒な」
アーロンは、操られている自身の身体を確認する。
多少の抵抗は出来そうだ。だが、それでも強制力も確かにあり、下手な事は出来そうになかった。
「師匠……!」
「心配するなサツキ。この程度、何でもない。――後の事は、すまないがまた頼む」
アーロンはサツキへそう頼み事をすると、彼女も分かっているのか静かに頷いた。
そんな事をアーロン達がしていると、緊張感がないアーライ達は、どんな命令をするか考えていた。
「まずは……よし逆らうと面倒だ! おい救出屋! お前は俺に触れる事を禁じる! それと質問――いや言葉だ! 俺からの言葉に嘘をつくな! あと最低限の命令を聞く!――こんなもんだろ!」
アーライはそう言うと、仲間を集めてアーロンのゲートへとやって来た。
「そういう事だ! じゃあ行くぞ! 棺の英雄!」
「……仕方ないか」
アーロン的には絶対に阻止したかった。
それだけ彼等の実力がないからだ。
うまく自身が立ち回るしかないが、それも操作魔法によって制限されている。
ただ不幸中の幸いなのは、女魔法使いの能力が中途半端な事だ。
中途半端だから、アーロンも最低限以上は動けていた。
これで死ぬことはないだろう、とアーロンも安心はする。
しかしアーライが先程言った言葉。それだけは守る様に身体が動いてしまう。
「良し! 行くぜ!」
「死ぬぞお前等」
この様にアーライの言葉に対し、嘘をつくことも出来ない。
彼等が、アーロンの言葉に対し、睨見つけるが、本人達が決めた事だから仕方のない事であった。
しかしマスターを始め、サツキはやはり心配であった。
「アーロン!」
「師匠!」
「後は頼んだ。二時間経っても戻らなかったら、救援を頼む」
「は、はい!」
アーロンの言葉にサツキ達は頷き、それを確認した彼は、彼等と共にゲートへ入っていくのだった。
♦♦♦♦
ゲートの先にあったのは、先が延々に見えない洞窟であった。
嘗て、アーロンも何度も来た事のあるダンジョンだ。
まさか、こんな足手まといを複数連れて来るとは思ってもみなかったと、アーロンは兜の溜息を吐いた。
「さて、ここがA級ダンジョン『深淵開洞』か。おい、とっとと案内しろ!」
「来い。お前等は最後尾だ。死にたくなかったらな」
「指図するな! 先頭はオレだ! お前が最後尾! そして案内! これは命令だ!!」
アーロンの言葉に、アーライはそう言って彼の意見を無視した。
別にアーロンも意地悪ではなく、生存率を上げる為の進言だったのだが、彼も諦めるしかなかった。
「良し松明を準備しろ!」
アーライの命令に、アーロンは素早く異次元庫から松明を取り出し、クロスライフの先端から火をつけた。
「ほら」
アーロンは松明を数本用意し、その内の火のついた一本をアーライへ手渡した。
「お、おう……少しやるようだな」
その手際の良さにアーライ達は怯んでいたが、アーロンからすれば、こんな事で評価されたくなかった。
寧ろ、道具一つ準備するだけで手間取っているアーライ達がマズイのだと、アーロンも呆れて何も言わなかった。
「よっしゃ! じゃあ行くぜ!」
そう言って調子良さそうにアーライは、先へと進んで行く。
彼等の仲間達は、綺麗に彼の後ろを付いて行くだけで警戒の色はない。
そんな素人パーティな光景に、アーロンは更に呆れるだけだった。
だが指摘しようにも、半端に魔法が効いているからか、何故か言う事が出来なかった。
ならばと、アーロンは諦めた様に彼等の少し後ろに付き、全体を見える様に動く事にするのだった。
♦♦♦♦
アーロン達は、ずっと洞窟を進んでいた。
出てくる魔物は何とか対処出来てきたが、その事でアーライ達が騒いでいた。
「アハハハハ! なんだ! A級ダンジョンって聞いていたのに、この程度かよ!」
「ガッハッハッハ! 俺等の相手じゃないな!」
「これならB級ダンジョンの方が大変でしたね」
「だが、私達が死ぬと断言した英雄様もいるようだがな」
そう言ってアーライ達は、小馬鹿にする様な視線をアーロンへ向けるが、彼は何も話さなかった。
「チッ、なんか言えよ……!」
その態度は流石につまらなかったのか、アーライは舌打ちをしながらアーロンへ言った。
「おい! 流石に何か言えよ!」
「前半の魔物は雑魚だ。洞窟に迷い込んだ動物達が、ダンジョンのマナに当てられて魔物化したに過ぎん。謂わばC級ダンジョンの魔物レベル。――問題は奥だ。奥の魔物は桁違いだ。場合によっては中盤程で出てくるぞ」
アーロンは、このダンジョンがどういうものかを知っていた。
正確に言えば、洞窟のダンジョンの特性でもある。
野生動物が迷い込み、マナに影響されて魔物となる。
それが洞窟系の常識的な特性なのだが、彼等は魔物に勝っただけで満足なのだろう。
「……チッ! あぁそうかい! けどな、オレ等だって勇者だぜ! 負ける訳ねぇだろ……女神ライフが付いてるんだぞ?」
「お前達を、女神ライフは守っていない」
断言するアーロンの姿に、アーライ達は表情を歪ませる。
「ったく、魔法に掛かってる割には反発しやがるぜ!」
「良いから、奥に行こう。こんなのムシムシ!」
「そうだな……異常もねぇし、とっとと調べて帰るか」
女格闘家の言葉にアーライは頷き、そのまま奥へと歩みを速めた。
魔物は雑魚だが不気味だし、カビ臭さもある。
アーライは国王の命令でも、あまりやる気はなかったのだ。
あくまでも彼の目的は勇者徴兵の恩恵――金を始め、望む物は大抵手に入る事だ。
――言葉が発せなくなっているな。
そしてアーロンもまた、魔法が強くなっている事に気付いた。
本来ならば警戒を促すが、その言葉にも制約が出始めていた。
無理矢理、抑え込む事はもう出来ない。
少なくとも、アーライがギルドで言った命令は、完全に従う様になっていた。
――まずいな。そろそろ奴の縄張りだ。
このダンジョンの最も警戒する点――それは、このダンジョンのボス魔物。
そいつの縄張りが広いという事にあった。
奥は勿論、中盤の辺りも縄張り。
だから出るタイミングが、アーロンですら読むのが難しかった。
そんな不安を抱きながら、アーライ達は何も考えずに進んで行く。
そしてアーロンだけが、クロスライフを持ち直し、いつでも対応できる様にするのだった。
♦♦♦♦
ダンジョン、中盤に差し掛かっていた。
完全にボスの縄張りだったが、アーロンは言葉を発する事が出来なかった。
操作魔法の影響もあるが、下手に騒ぐとボスに気付かれる。
だからアーロンは、足音すらも慎重にしていたが、アーライ達は騒いでいた。
「なんだよ! 全然、異変とかねぇじゃん! どうなってんだ!」
「国王陛下も歳だからねぇ! 心配性なんだって」
「どの道、調査は終わりそうだな」
アーライ達は先頭に戦士をいつの間にか置き、のんびりと話をしていた。
その様子にアーロンは確信していた。
――間違いなく気付かれている。タイミングを狙っているな。
それはボス魔物についてだ。
これだけ騒げば嫌でも気付く筈だと、アーロンは確信した。
運が良ければ――そんな事は考えない。
既にバレていると思って行動しているのだ。
そんな時だ。アーライは飽きた様に両腕を上げて伸びをし、先頭の戦士の方を向いた。
「もう良いだろ! おいウォリー! 帰るぞ! こんな洞窟、いつまでもいる方がアホだぜ!」
「……」
しかし戦士ウォリーは、アーライの言葉に答える事はなかった。
ずっと背中を向けて棒立ちのまま、ずっと黙っている。
その様子に疑問を思ったのだろう。
アーロンがゆっくりとクロスライフを構えるのも見て、アーライも流石に嫌なを予感を抱いた。
「お、おい! ウォリ―! 悪ふざけは止め――」
アーライがそう言って、ウォリ―へ近付いた時だった。
ウォリ―の腹部から巨大な鎌の様な刃が飛び出した。
そして、その返り血をアーライは浴びた。
「えっ――」
アーライ達は言葉を失った。
だが瞬間、ウォリ―の身体は宙に浮き、そして鎌が外れて壁へと叩きつけられる。
「ウォリ―!!?」
アーライは叫び、女性陣は顔を真っ青にする。
しかしウォリ―は既に白目で口と腹部から出血し、既に死んでいた。
「どうなってんだ!?」
ようやくアーライが叫び、その言葉にアーロンは答えた。
「このダンジョンのボス魔物だ……アビス・イーター。両腕が鎌の様な巨大な魔物だ」
「ア、アビス・イーター……?」
アーロンの言葉を聞き、アーライはゆっくりと真っ正面を見た。
そこは闇。洞窟の闇しかなかった。
だがアーライは見た。その闇が動くのを。
『キィィィィィギャアァァァァァ!!!』
その瞬間、闇が叫んだ。
そして松明の光によって、その姿を現した。
――六つの脚、巨大な胴体、鎌の様な腕、六つの瞳を持つ、全身真っ黒な魔物。
「で、出たぁぁぁぁぁ!!」
アーライが叫んだ瞬間、アビス・イーターの鎌が彼を切り裂いた。
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