第21話:棺の報酬

 いつもの教会の通路に、アーロンが作るゲートが現れる。

 そして、そのゲートから彼が現れたと同時に、皆はその姿に驚愕する。


「なんと……!」


 あの冷静な神父様ですら、驚きの言葉を出す程であった。

 それはアーロンが無事な事にではない。棺が二つである事でもない。


――純粋に彼が抱いていた子供にあった。


「生きてる!!」


「生きてるぞ! あのダンジョンで生きていたのか!?」


 サツキも思わず叫んでしまい、それに釣られて他の冒険者達も叫ぶ様に声を出し始めた。


 そして、その言葉に一番反応したのはメアリであった。

 彼女は教会の机から顔を上げ、恐る恐ると立ち上がる。


「い、今……なんと……誰が生きてると……!」


「弟君です! 副団長!」


「生きていたんですよ!」


「ほら! あの救出屋が抱いています!」


「ヘリン!!」


 棺を運び終わり、胸に少年を抱くアーロンの下へメアリは駆け寄ってきた。

 それを見てアーロンも、巻いていたシーツを解き、彼女へと手渡した。


「強い子だ……」


 彼は小さくそう言った。

 そしてメアリは弟を受け取ると、無邪気に笑う、その姿にやがて大量の涙を流しながら膝を付いた。


「ありがとう……ございます……ありがとう……ございます……申し訳ございません……でした」


 泣きながらお礼と謝罪をメアリは、繰り返しアーロンへ言い続けた。

 それを見ていた彼は、やがて神父様の方を見て、神父様と互いに頷いた後にこう言った。


「もう終わった事だ」


 アーロンはそう言った後、周囲にパイプオルガンが響き渡り、神父様が棺の前に立っていた。

 そして、いつもの様に女神ライフへ祈ると、不思議な事が起きた。


――棺の男二人がのだ。


「……ここは?」


「俺達は……確か、あの悪霊に……!」


「えっ……生き返った?!」


 その姿にサツキを隠せなかった。

 悪人は生き返らない。その筈なのに、誘拐犯は確かに生き返ったのだ。


 しかし、そんな状況は関係ないと怒る者がいた――メアリだ。

 彼女は我に返った様に、部下に弟を預けると剣を抜いて彼等へと迫った。


「貴様らぁ!! よくもぉ! 私の弟を攫ったのだ! 重罪だ! このまま処刑してくれる!!」


 そう叫びながらメアリは剣を振り上げた。

 そして当の誘拐犯達は、そんな状況でも受け入れるかの様にジッとしている。

 

 しかし、その瞳と表情からはメアリへの恨みが確かに感じられた。

 その光景を見たアーロンは、少し興味は持った。


 だから咄嗟に異次元庫を開き、中から他愛もない石ころを取り出し、メアリの腕に投げて剣を弾き落とす。


「ぐっ!――救出屋!? 一体何の真似だ!」


 剣を弾かれたメアリは案の定、怒りの顔をアーロンへと向けてきた。

 だがアーロンは特に気にせず、神父様へ頭を下げていた。


「神聖なる教会にて、小石を投げる無礼をお許し下さい」


「えぇ、許しましょう」


 神父様は優しい笑みでアーロンを許してくれた。

 それが終わると彼は、未だに棺から出て来ない、男二人の下へと歩いていって目の前で腰を下げた。


 そして気になった事を口にした。


「何故、犯行に及んだ? 女神ライフは人々をよく見ている……幼き命を誘拐し、侵入禁忌ダンジョンへ入ったにも関わらず、お前達は生き返った。――ならば意味がある筈だ。その犯行に」 


 アーロンの言葉に周囲が静かになった。

 それは男二人の言葉に、耳に傾けようとしているからだ。


 メアリもまた、怒りは抑えきれてないが、動機を知りたいのか大人しくしている。


 そしてアーロンの言葉を聞き、数秒ぐらい経った後だった。

 男達は静かに口を開いた。


「妻の……に会えなかったのだ……! そこの女騎士のせいで!!」


「なっ!?」


 男の言葉にメアリは驚愕した様子を見せた。

 だが周囲は、やはりお前が原因かと納得していた。


「続けろ」


 アーロンの言葉に、男は静かに頷いて話を続けた。

 そして、こう語った。


 男二人は商人と護衛である事を。

 仕事柄、遠出する為、妻と接する時間は短かったが二人は愛し合い、護衛も友として喜んでいた事。


 だが数年前、早馬で妻が病気で危険だと知り、故郷へ急いでいた時に彼等はメアリへ出会ってしまった事を。


「故郷へ急ぐ道で、そこの女騎士共が検問していたんだ……! 夜盗か何かの為と言っていたが、俺達商人は知っている! 中央の騎士達の仕事をしているというアピールで、実際は何の意味もない検問であった事を!」


「そ、それは……!」


 男の言葉にメアリは怯んだ。

 その様子が答えだと、誰もがメアリ達へ非難の目を向ける中、男は続けた。


「俺達は身分を証明する物を全て持っていた! ちゃんとした証明書だ! なのに、この女騎士は俺達を怪しいと言って足止めしたんだ! あんな意味のない検問で! そのせいで……そのせいで俺は妻の死に目に……!」


「……そんなの可哀想すぎます」


 いたたまれなくなり、思わずサツキが呟いた。

 しかし、話はまだ終わってなかった。


「それだけじゃない! 俺は妻が死んだ後、すぐにその女騎士の下に向かったんだ! せめて……一言でも謝ってくれれば、それで無理矢理にでも納得できたから……なのに、この女騎士は――」


『フンッ! 謝罪? 謝罪などせんぞ。そんな疑わしい姿をしている方が悪いのだ。――ん? なんだ貴様、男の癖に泣いているのか? ハッ! みっともない男だ』


「許せなかった……許せなかったんだ……!! だからぁ……だからぁ……!!」


 男は棺の中で泣き崩れた。相棒の男も、顔を下へ向けて悲しそうにしている。

 そして、この場にいる誰もがメアリへ向ける厳しい目を、更に強くしていく。


 そんな周囲にメアリは言い返そうとしているが、言葉が出る気配はなかった。


「……っ」


 メアリは、言葉が詰まって何も言えなくなっていた。

 そしてアーロンは、そんな彼女を無視して立ち上がると男達へと言った。


「しかし、お前達は……子供を


 アーロンのその言葉に、周囲の者達の意識が彼へと移った。

 そして男達も、思わず顔を上げてアーロンを見上げていた。


「俺が『死霊の夢』に辿り着いた時、お前達は子供を守るようにして死んでいたな……無論、誘拐は許されない行為だ。だが生き返ったのならば、それは女神ライフがお前達に償えと言っているのだ」


「償えって……」


「どの道、貴族に手を出したんだ……絶対に死罪だ。その覚悟で故郷の全てを捨ててきたんだ」


 アーロンの言葉に男達は項垂れた。

 確かにその通りだからだ。中央の貴族――手を出せば死罪なのは間違いなかったが、彼には考えがあった。


「おい、女騎士……報酬の話だ」


「ほ、報酬だと……そ、そうだったな。いくらだ? 貴様に恩が出来た、好きな額を言え――」


「このを貰う」


 アーロンの言葉にサツキを始め、冒険者達も騎士達も、そして当の誘拐犯達も驚いた。

 笑っていたのは神父様とシスター達ぐらいであった。

 

 だが案の定だ。メアリはふざけるなと声をあげた。

 

「なっ! 馬鹿か! そんな事が出来る筈が――」

 

「俺は報酬をだと言っていない。忘れるな今回の件は、お前の行いの結果だ。そして覚えとけ、今後もこの様な事は起こるだろうし、何より理由もなく救出屋への報酬を断れば、今後全ての救出屋はお前を助ける事はないだろうと」


「うっ……くっ……くぅぅ……! か、勝手にしろ……!」


 それ以上、メアリが何か言う事はなかった。

 そしてメアリが黙ったことでアーロンは彼等へ声をかけた。


「立て。お前達にはがある」


「えっ……仕事?」


「な、なにを……?」


「来れば分かる。サツキ、お前も来い」


「は、はい!」


 アーロンはそう言って二人を立たせると、何をさせるのかと不思議がるサツキと、男達を連れて教会を出ていくのだった。

 勿論、騎士達の存在はガン無視して。

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