花巻家には秘密がある

霧江サネヒサ

花巻家には秘密がある

 民俗学者の男、花巻望実には、曰く付きの骨董品を集める趣味があった。

 今日、手に入れたのは、一枚の大きな鏡。それを自宅の壁に取り付けた時、異変は起こった。

 鏡に、望実の姿ではなく、魔女のような格好をした少女が映ったのである。

 望実が、恐る恐る鏡に触れてみると、波紋を浮かべて、とぷんと鏡の中に手が入った。

 そして、鏡の中の少女の腕に触れる。


「お願い、助けて…………!」


 聴こえたのは、少女の声。

 望実が彼女の腕を引くと、鏡から少女が出て来た。


「私は、メアリー。あなたは?」

「花巻望実、です」

「ここは、どこかしら?」

「京都の僕の家ですけど……」

「キョウト? 知らないわ…………」


 小さな体躯の魔女は、別の世界から来たのだろうか?

 鏡とは、異世界に繋がると古くから考えられている。


「僕は、君の力になりたい」


 望実は、自分でも驚いたが、そう口にしていた。

 メアリーは、少し躊躇ったが、望実の手を握り、「ありがとう」と言う。

 これが、彼女の故郷で魔女狩りに遭ったメアリーと望実の出会い。

 今から、13年前の話。

 本物の魔女と出会った物語。


◆◆◆


「お父さま、お母さま。いってきます」


「いってらっしゃい」と、花巻叶枝の両親が見送る。

 望実とメアリーの娘は、10歳だ。小学四年生である。

 ランドセルを背負った背中を見ながら、夫婦は笑顔でいた。

 メアリーは、一見13歳くらいの少女だが、実は1033歳である。望実は、33歳。

 悪魔と契約を交わし、不老になった魔女。それが、メアリーである。

 今まで、様々なことがあった。望実がツテで彼女の戸籍を作ったり、京都府から東京都に引っ越したり、ふたりの間にロマンスが生まれたり。


「望実、そろそろ仕事?」

「ああ。フィールドワークに行って来るよ」

「いってらっしゃい」


 メアリーは、夫を見送った。

 それから、焼き立てのアップルパイを籠に入れて、ママ友たちがいる公園に向かう。


「おはよう」

「あら、メアリーさん。おはよう」

「おはよう」

「おはようございます」

「これ、アップルパイなんですけど、よかったら、どうぞ」


 籠の中を見せるメアリー。


「まあ、美味しそう」

「ありがたいわ」

「いただくわね」


 屋根付きベンチに座り、母親たちは、メアリーのアップルパイを食べる。

「美味しい」と、口々に言うママ友たち。


「メアリーさんは、本当にお菓子作りが上手ねぇ」

「ありがとう」


 その後は、子供たちの話で、ひとしきり盛り上がった。


「叶枝は、男の子たちと虫取りばかりしてるみたいで」

「まあ、いいじゃない?」

「将来は、お父さんみたいな学者さんかしらね?」

「そうね。あの子には自由に生きてほしいわ」


 故郷を追われた魔女は、少し悲しそうに言う。

 メアリーが生まれた国、クラルス教国は、遥か遠く。もう帰ることはないだろう。

 花巻メアリーの幸せは、ここにある。



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