出会い


例年より寒かった3月が終わりを迎え、各地で桜の花が咲き始めた4月の始めの頃。僕は無事合格していた志望校の入学式を迎えていた。


進学校で、尚且つ校風がそこまで厳しくなく自主性を重んじる学園のため、かなりの人気ぶりだったが必死に勉強したおかげで何とか門をくぐることを許されたのだ。




「とにかく家から近いのがほんと助かるよな」


今までのポイントに踏まえ、僕の心を動かしたのはこの通学時間の短さだった。


中学の時は少子化の影響で学校自体が少なく、片道1時間半を通学していたのだからたまったものでは無かった。


この浮いた時間をどう使うかウキウキしていた所だった。




「おっとそろそろ受付をしにいかないと」


時間も迫ってきていたので手早く受付を済まし、案内された席に座り、間もなく入学式が始まった。


式典自体はありふれた内容で滞りなく進んでいき、次は在校生代表挨拶となった。これまでとは違い、少しざわつきがある落ち着かない雰囲気に疑問を抱きつつ、挨拶を聞くことになった。




「新入生の皆さんご入学おめでとうございます。これからの学園生活が実りあるものになるよう心から祈っております。」




在校生代表の彼女は整った顔立ちに可愛らしい声で挨拶をしており、思わず見とれてしまった。なるほど、新入生だけでなく在校生もざわついていたのも納得である。




「ではこれで挨拶を終わります。」




挨拶が終わるとあちこちで残念がるようなため息が聞こえてくる。あまり見た目で好き嫌いを判断する方で無いと自分では思っていたが、あまりにも可愛らしい人がいると例外らしい。そんな事を思っているうちに入学式が終わってクラスへの移動となった。




「あれが噂の姫様かよ。マジで可愛かったよなー」


「俺なんかあの人いるって知ったからこの学園狙ったんだよ」


「でもよっぽどじゃない限り卒業までにお近づきになれることなんてないんだろうな~」


「まぁ学園にいればこうやってイベントだったり姿を拝む事は出来るからまだマシだよ。基本イベントは安全を考慮して外部を呼ばない方針らしいから他のやつらは見ることさえなかなか出来ないらしいし」




移動中に同じ新入生達の会話が聞こえてくる。「姫様」という一般生活にはあまり馴染みのない単語に引っかかったが、違和感なく会話できているという事はわりと有名な噂なんだろう。


この学園に入るために余計な情報を遮断し、脇目もふらず勉強中だった僕にとっては、こんな噂話も全て新鮮だった。


(まぁみんなの言う通り関わることなんて無いな)




その後、クラスでの簡単なHRがあってこの日は解散となった。クラスメートのほとんどは親が一緒に来ており、親同士交流をしていたり、そのまま外食に行くなど各々まちまちな行動をしていた。




一方、僕の両親は入学式には参加していなかった。その先ほど話した「ほとんど」に分類されない数少ない例外だったのには理由がある。




元々僕の父親は通訳をしており世界中を飛び回っており、日本にいる方が少ない生活を送っていた。母親の方は前職で教師をしていたが、今は専業主婦になっており、家にいる時間が長くなっていたのだ。




そんな中、父親は基本的に不在、息子は部活もあるのに通学時間も取られるのでなかなか帰って来ない。住んでいるのは父親の地元とあって交流出来る知り合いもほぼいない。そして高校は家の近くには件の進学校しかなく、他の高校は遠くにしかないとあって、この生活がまた3年続くと思ったら耐えられないと爆発したらしい。(つまり初めから合格出来るはずないと思われていたらしい。酷い話である)




そんなわけで母親は父親を追って二人とも海外にいるため入学式にも来ていなかったのだ。


僕が大学に行く頃には戻ってくるつもりみたいではあるが、期間限定ながら今は自由気ままな一人暮らしというわけである。




なのでわざわざ家路を急ぐ必要もなく、入学式が終わった後は本屋によったり、商店街をぶらついたり、ゆったり自分の時間を過ごしながら帰ってきた。




「ただいまー」


誰かいるわけでは無いのだが、いつもの習慣で帰宅の挨拶をしながら家に入っていくと




「あ、おかえりなさい!」




何故か返事が返ってきた。




「!??、え!?誰!?」




状況が理解出来ず頭の中がパニックになる。


ほんとに誰だ??いやまず警察か??いやその前にここから出るのが先なんじゃないか??


よし、逃げよう。とにかく逃げよう!




「いやいや待って待って!ちょっとお話してもいいかな?逃げないでー!」




その声に思わず逃げるのをやめて顔を上げてみる。そんなはずは無いと。だってその声はさっき聞いたばかりのはずだ。




だけどきちんと顔を上げて確認した先には、入学式で在校生代表の挨拶をしていた女の子がやっぱりこちらを見つめていたのである。

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