金木犀の香り【試し読み版】
逢坂海荷
井上高志 第1話
一年生の頃よりちょっぴり重くなったランドセルを背負って家を出ると、透き通るような青空からお日様からエネルギーをもらった気がした。学校に向かう最中、一年生たちが鬼ごっこをしながら僕の横を駆け抜けた。傷ひとつないピカピカのランドセルに、桜色の花びらがヒラヒラと舞い落ちる。
そっか、もう二年生なんだなぁ。そう思うと少し鼻が高くなる。一年生たちの横で胸を張って歩いていると、僕の倍くらい背の高い人が、小さなランドセルを背負って僕の横を通り過ぎた。きっと六年生なのだろう。同じ小学生なのにやっぱり大人だ。僕もいつか六年生になるんだろうけど、あっという間なのかな。
「ありがとーございました!」
朝の会の号令が終わるとクラスメートが勢いよく教室から出ていった。他のクラスの子たちも、隣クラスの同級生もきゃあきゃあと一組に向かっていく。
「まだ朝の会の途中だぞ!」
一組の先生の声が廊下に響き、廊下が静かになった。一組の先生は大柄な男の人で怖い先生だとみんな言っていた。僕も挨拶するときはちょっとだけ怖い。
「高志! 転校生見に行こ!」
どこかの国のプロサッカーチームのユニフォームを着た杉内公太が僕の席に駆け寄る。
今日から一組に転校生が入って来たらしい。朝の会でそのことが伝えられたけど、女の子であること以外の情報は教えてくれなかった。
一度言い出したら何が何でも貫き通す公太の性格から断りきれず、僕も廊下に立つ子たちと一緒に並んで教室の中を覗いた。爪先立ちになって見えたのは、『中島友美 なかしまともみ』と名前が書かれた黒板だけで、先生の横に転校生らしき子は立っていなかった。もうどこかの席に座ったのだろう。
一組の朝の会が終わり、廊下で待ち構えていた子たちが開けたドアから転校生を探した。他クラスの教室に入ってはいけないというルールがある。僕と公太も人垣の間から教室を覗いた。窓際から三列目の最後尾、水色のスカートに白色のシャツを着ているその子は、周りを取り囲む女子たちの質問に笑顔で返していた。
「めっちゃ元気そうな女の子だな」と隣で見ていた公太が呟いた。
その後、転校生は「トモちゃん」と呼ばれるようになった。どうやら前の学校でもそう呼ばれていたそうだ。トモちゃんは、持ち前の明るさと抜群の運動神経で一組の中心人物となっていった。僕とその子が話すことはなかったけれども、トモちゃんの評判は公太を通してすぐに僕の耳に届いた。
二年生での一年間、トモちゃんと僕は一度だけ一緒に遊んだことがある。秋が終わろうとする頃、遠足で一年生と二年生で近くの大きな公園まで出掛けたことがあった。お弁当タイムが終わると、二学年六クラス合同の大ドロケイ大会が始まった。運動が苦手な僕はすぐに捕まってしまっていたが、公園の隅にあった胸の高さまである茂みの近くで身を潜めることが出来た。
「よし。これなら誰にも見つからないぞ」
僕はにやつきながら茂みから自分の目の前を通り過ぎる警察役の様子を見ていた。ちょうど視線の先で公太がトモちゃんに捕まったのを目撃した瞬間だった。
「わぁ!」
僕の頭上からトモちゃんが顔を覗かせた。今日は珍しくセミロングの髪を後ろで結いでいた。
「ひぃ」
しゃがみ込んでいた僕は尻餅を付いた。
「あはは、みーつけた」
「あれ、トモちゃんってあっちにいなかった?」
公太とその隣を歩く、肩まで髪を下ろした女の子を指差す。
「あー、よく似てるって言われるけど、あれは妹の美佳」とトモちゃんも公太の方に視線を向けながら言った。
「双子なの?」
「ううん。一歳違いの妹」
「見分けつかないや」
「それより行こっか。ほら早く手繋いで!」
「あ、うん」
トモちゃんが左手を僕に差し出す。僕は右手を預け、力をこめて立ち上がった。
このドロケイでは、警察は泥棒と手を繋いで牢屋に行くのがルールだ。トモちゃんと僕はスキップしながら牢屋へと向かった。
次の更新予定
金木犀の香り【試し読み版】 逢坂海荷 @Umikachan
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