ピルグリム
弓の人
第1話
「まってー!」
はしゃぐ子供の声が聞こえる。
甲高い、少年期特有の音波は鬱蒼とした森の中でさえ、よく響いた。
ぼやけた視界が鮮明になり、視点は少年のものと一体化する。
少年は身の丈ほどある草をかき分け、木の根を飛び越し、眼前を走るもう一人の子供を追いかけている。
「はやくはやく!」
少年の前を走る少女は赤くなった頬をこちらへ向けて、同じく甲高いを大きくして、少年に呼びかける。
二人の子供ははしゃぎ声をあげながら、何度も繕われた跡が残る麻布の服が木々に打ち据えられることを微塵も気にせず、ただひたすら森の奥へと走る。
「まってよー!」
少女は勝ち気な笑みを浮かべ、少年も言葉とは裏腹に笑みを浮かべて追い縋る。うふふ、あはは、と堪えきれぬ声をこぼして二人は走る。
走って走って、その先にはただ真っ白な光が一面に広がっている。
二人の子供はそれを気にすることもなく、無邪気に、湧き上がる冒険心に頬を上気させて奥へ突き進む。
嫌な予感がする。
行かないでくれ、と願っても子供たちは足を止めず、変わらぬまま走ってゆく。
行ってはだめだ、お願いだ。そう心底から願っている間に、いつの間にか少年から視点は離れ、俯瞰的に二人の姿を納めている。
行かないでくれ
やがて眼前の二人は笑い声とともに真白な光に飲み込まれて消えていった。
瞬間、吸い込まれるような不快感と共に現実へと帰還する。
夢現から醒めた直後の茫洋とした意識が、現実と夢の認知線を曖昧に錯誤する。
覚醒しきらぬ意識は、眼前の風景を視認し、記憶と紐付けることで今という現実をようやく認識し始める。
板張りの壁に、簡素な窓から差し込む陽光。
粗雑なシーツに覆われた手足に、閉塞感を覚える二段ベッドの天井。
そして、見知った同僚たちの顔。
辺りを見回している間に、いつの間にか上がっていた息に気づいた。体に冷たさを覚え、左腕をさすってみるとしっとりとした不快な感触を覚える。
呼吸を整えながら、遠くを見つめて気を落ち着かせる。上がった息に手間取りながらも、細かく意識的に息を吐き調整する。整え切った最後に大きく長く息を吐き、一息つく。
一時的な恐慌を乗り切った豊かな安堵感に包まれながら、狭苦しい二段ベッドの下段から朝日を見る。
「夢か…」
そう呟くと、一抹の安心感を覚える。
身を包む湯のように茫洋とした安心感に、否を叩きつける。
あれは夢であるが夢でない。
あの出来事が夢であったと考え、安心するなど許されない。
胸の奥から湧き上がる自罰的感情が、身を焦がす。行き場のない怒りが身のうちに蟠り、やがてある種の形となって現れる。
贖え、贖え、贖え
剣をとれ
頭の中で響く声が、私の心を落ち着かせる。
必ず贖い、報いるためには剣をとらねばならない。そうと決まれば、やることは明白だった。
剣を取るのだ。
罪人である私が差し出せる唯一の救いのために。贖え、贖え、贖え。
頭の中で声を響かせながら、寝巻きを着替えて修練場に向かう支度をするのだった。
ピルグリム 弓の人 @koilld
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