第6話 敵襲
解放されたのは午前三時。毎日の定時連絡がないから本国が気付いて、芸海連を頼ってくれたのだと、あの後小言を言われた。
セーフハウスとして用意されている日比谷のマンションへ移動して、シャワーと着替えだけ済ませてから会社に向かうと、エントランスは物々しい雰囲気に包まれていた。
「社員の方ですか? オフィスへの立ち入りは制限されています。お引き取りを」
拳銃を提げた黒地の服装の警備員に、ゲートの手前で止められた。警備室に目を向けると、いつもの老人ではなくがっしりした中年の警備員が睨みを利かせていて、自動小銃と散弾銃をしまってある奥のキャビネットの錠は外されている。
業務用のアプリを起動させてみると、確かに連絡が来ていた。時刻は午前五時。内容は安全確保のため今日から全社的に在宅勤務に切り替え、出社は原則禁止、とのことだ。そんな決定は昨晩の内にしてほしい。
麗羽は警備員の襟元に目を向けた。黒の警備服に、青のラインが細く一本縦に引かれている。本国から送り込まれている、本業も把握している兵隊だ。
「本業で使うから、通して」
広東語で告げて、社員証を見せる。警備員は恭しく一礼して、広東語で応じる。
「どうぞ、お通りください」
ゲートを通り、警備室の警備員から一礼をもらい、手を振って応じる。エレベーターに乗り込んで、オフィスのある八階へ向かった。
無人のオフィスを通り抜けて、自席に座る。ノートパソコンを開いて電源を点け、画面が立ち上がるまでの間にスマートフォンで情報を集めておく。
天童会の件は続報がないまま。張の件は警察からリークされたのか、暴力団との揉め事が原因ではないかとのゴシップ記事が掲載されていた。コメント欄では事情を知らない善良な市民が、あれやこれやと意見を交わしているが、特にめぼしいものはない。
張を殺した犯人は、昨晩襲撃を仕掛けた三人と繋がっている。それは間違いないのだが、生き残った一人の身柄を警察に確保されてしまった以上、そこから黒幕を辿ることはできない。
防犯カメラの映像から追跡を依頼することはできるが、芸海連は違法行為の片棒を担ぐことに積極的ではない。億単位で金を払えばやってくれるだろうが、それほどの大金となると香港に決済してもらう必要がある。
「警察……」
邪魔してきたあの女刑事の顔が浮かぶ。侮蔑と憎悪のこもった同類の眼光。そこを刺激してやれば、もしかしたら――。
思惑がまとまりかけた矢先、警報器が鳴った。火事ではないだろう。となると、強盗かテロによる襲撃だ。
麗羽はノートパソコンを閉じると、バッグからコルト・ディフェンダーを取り出す。安全装置を外してスライドを引き絞ると、今度は警報器が鳴り止んだ。
警備室が制圧された。となると、建物の警備のために送り込まれた兵隊は全滅したと見るべきだ。防犯カメラからこちらの様子は丸見え。じきに敵もこの階にやってくる。
麗羽は立ち上がって、足早に出入口へ向かう。非常階段は東西にある。近いのは西側だ。
静かなフロアには、エレベーターの到着を告げるチャイムがよく響く。社員証をカードリーダーに宛がって解錠し、扉を押し開けると、ちょうどエレベーターから降りてきた敵と出くわした。
敵は五人。銃口を向けられるより先に引き金を絞り、二人に二発ずつ撃ち込む。崩れた味方に構うことなく二人が続けざまに飛び出してきて、得物の自動小銃を撃ってくる。麗羽はオフィスに引っ込んで、壁に背を向けた。
得物はシルエットからしてM4のクローン。フルオートの指切り射撃からして素人に毛が生えた程度。ただし殺しの経験が浅いだけで、軍事訓練は受けたことがある。
相手の装備と背景に当たりをつけつつ弾倉を交換し、左手でポケットのプッシュダガーを握る。近付いてくる気配は三つ。微かに聞こえてくる声はリーダー格のそれだろう。
電子ロックが解除されて、扉が押し開かれる。ライフルの銃口がこちらを向こうとした瞬間、麗羽は姿勢を屈めて射線から逃れ、同時に敵の腹に銃弾を二発叩き込んだ。
被弾で小銃を落とし、死にゆく敵に前蹴りを叩き込んで、エレベーターホールに押し出す。続いて押し入ろうとしたもう一人が死体に押されて倒れかけると、その奥で待機していたリーダー格の男を認めて、麗羽は引き金を引いた。
銃弾が左目を貫いて、男を弾き飛ばす。残された一人が死体を退かして、腰のホルスターから拳銃を抜く。
麗羽は間合いを詰め、プッシュダガーを振り抜く。銃把を握る手の甲を切り付けて怯ませ、がら空きの喉に一突き入れ、最後に右目に突き込む。倒れた男は喉と目から流れ出る血に混乱しながら、少しずつ死んでいく。最期を看取ってやる義理はない。
床に落ちた拳銃を拾う。トーラスの自動拳銃。スライドを開くと、弾は9ミリ。装弾数を考えるとこちらの方が良さそうだ。
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