7-3. 目論見

 ──彼らに思惑があったように、我々にも当然あった。


 ……


 絵空事。抽象画。いったい、なんであろうな……。

 勢いで走り出した灰色のキャンバスには、どのような絵になるのか絵師の自身でさえ掴めずにいた。

 当然、描く全体像としても漠然としていた。

 ただ、そのなかでもただひとつ分かっていたのは、内側からではこの国を揺さぶって変えることが出来ないということ。

 これは過去の歴史を通じて知ることが出来る。


 旧幕府からの新政府樹立、そして躍動──。


 当時、大国と知られた清国が英国に敗けた事実は国内に大きな衝撃を与えた。

 米欧の矛先がこの国に向かい振りかざされるようになったときには、いつまでも続くと思えた鎖国政策に限界を感じさせ国内に大きな変革を引き起こすようになる。


 他方、行き過ぎた軍国主義に陥った国の顛末は、大戦敗北後、米国主導により統治機構としても幾分も制約課され平和立国としての道を強制させられるようになった。


 ──両者の転換点はともに『外圧』であったことは紛れもない事実である。

 外圧を受けての反応はそれぞれ異なる。


 前者は自発的なものであったものに対し、後者は首根っこ掴まれ為されるがままに為された印象を受ける。それは敗戦国ゆえ致し方なかったのであろうが──。

 後者において特に残念でならないのが、他者からの力による振り下ろしでもってでしか変わることが出来なかった点に尽きる。


 ……いくらでも変われる機会はあったであろうに。

 変わることが出来なかったのは──。


 『つくられた世論』の影響も大いにあることだろう。

 いや、それ以上に『国民性』もあるのかもれしない。


 もし、いまがこの国にとって変わらなければならないときであれば、望むべき姿としては前者がはるかに望ましい。


 もし、いまがこの国にとって変わらなければならないときであるにも関わらず、なお変わろうとせず醜態を晒し続けるようであれば、後者のように手痛い思いをすることになる──。

 

 隣国に買収された『隷属議員』、『官僚』、『国内メディア』。そして隣国派遣の『秘密警察』による工作行為は着実に国内全体に浸透し政治機能不全に至らせている。

 ──彼らの働きかけあって国内の主要産業、資源は掠め奪われつつあって──いや、彼らの思いは朝貢すべきと国土まで差し出している。

 極めつけは国たるアイデンティティ=歴史さえも歪ませてまで、それを拡げている。


 さき大戦後は運よく独立を維持出来たが、今回はどうか──。

 国内からして、隷属している輩が貪っている現状が続くようであれば、属国に至るのも時間の問題であろう。

 

 結局、自国民の民意が反映されることない他国のまつりごとが継続されている以上、変えていく──いや、『壊す』しか選択肢がない。


 ただ、壊そうにもどのようにして壊す??

 『外圧』を創り出そうにも如何にして創り出す??

 仮に、創り出したとして如何にして扱う??


 失敗すれば『外圧』なだけに国の主権が奪われ、どこかの『事実上の省もしくは州』に成り下がる可能性もある。


 だが、動かない選択肢はない。


 このまま手をこまねいて過ごした先は、結局すべてが奪われてしまうからだ。

 ……東トルキスタン、チベット、香港。ほか債務不履行による簒奪、南シナ海の実行的支配など、限りがない。


 これらの事実はこの島国に住まう我々に痛烈に突きつけている。


 ──誰かが動かなければならない。


 ただ、事を起こそうにも行程ロードマップは必要だ。私にはそれが分からずにいた。


 そんなとき、私に代わって筆をとりキャンバスに描き始めた者がいた。

 

 ……なにを描いている??


 私には彼の者が描こうとしたそれがまったく分からずにいた。

 しかし、彼の筆は停まることなく一筆で描こうとする。それには迷いがなく大胆に、そして大きく描き出そうとしている。

 やがて、見えてこなかったそれには点と線の重なり合い、色合いを帯びて形象が創り出されていく──。


 彼の者は聖書にあるダニエル書の一節を引用して私に語り掛ける。


 『ペルシャのきみたるものを打ち破り、のちに起こるギリシャの君たるものまでも打ち倒す、あなたがたの君=ミカエルが立ち上がる』


 曰く、米国をうまく扱わなければならない──と。


 この国はおろか米欧、諸外国までさえ牙をき猛威を振るっている『かの国』。

 各国の国政までにもその手を伸ばし国際機関までもが、その手に落ちてしまっている。

 仮に『かの国』の主席が国家にかかる危機と称し『動員』をかけるような号令が下れば、もはや止める手立てがまるでない。


 ……現時点では、その対抗馬は米国しかいない。


『──それは分かった。

 ただ、扱おうにもそう簡単にこの国のために動いてくれる国ではない。どうやって米国を動かそうというのだ??』

『幸いにも米国は、かの国に対しての敵対心が大きいことから対立へは誘導しやすい。

 いや、もとより対立の関係にある。

 「いま」に揺さぶれば、この国へも炎上することだろう』

『それはなぜだ?? 米国と、かの国との対立がこの国の炎上へと繋がっていくのは理解できない。

 なにより、二国はこれまでも対立してきた。

 炎上へと繋がりはしないだろうに』

『それは過去の話しだ。いまは情報社会と言われて久しく露出された情報は個人にまで浸透してきた。それに伴う政治に対しての不信も大きく実り熟してきてもいる。……十分に『導線』となってくれることだろう』

『導線だと?? 何を言っている?? 

 国内メディアが大きくクローズアップして取り上げることもない。炎上もすることなくただ流れるが落ちであろうよ』

『──ふっ。いまは胸の内に留めておいてもらえればいい。いずれ花火はあがる』


 ……

 

 つい一か月ほど前の話しに心底呆れ返ってしまう。

 まさか、こうも形にしていくとは──。


 大統領を動かすとは思わなんだ!?


 いま見せられる情勢には驚きと興奮が宿り、弱く揺らいでいた火に熱が戻って勢いが増していくような感覚を覚える。


 振り返れば、あのとき奴の語る言葉の裏付けには米国大統領の『習性』があったのだろう。

 たしかに、現大統領においては社会的イメージの取り組みに情報を拡散する習性があって、かつ施策には押し通す場面も多く散見される。


 ──なにより『かの国』への敵対心は強く、剥き出しさえしている。愛国心の塊といえような。


 ……そこに目を向けていたとはな。

 ある意味では盲点であった。誰が大統領を動かそうなどと思えようか。


 大統領にとって関心の高い情報のなかに『本命』を潜り込ませ、拾わせ、拡散させるには『いま』しかなかったのも頷けられる。

 それは次期大統領選で最有力候補と支持されている者は、裏曰く『中国寄り』と噂されていたからだ。


 結果、その『習性』から引き出した『発言』は見事世界各国を駆け巡り世論を創り出してくれた。

 あとは世界が注目するほどに浮き彫りになった米中対立が、この国を大きく揺らしてくれることを願うばかりだ。

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