2-1. 胎動

「──見て。

 あんなにも輝いているのに……。

 ……消え入るのはほんとに一瞬なのね」


 浜辺に建つ鋼製の高台。

 海向こうへいまにも沈もうとしている夕陽は、当たり一面に投げ掛け、高台から一望できる海面全体を煌めかせている。

 それが次第に沈みはじめていくとき、沈む陽と同じ位置から、まるでもう一つの陽が海面から昇ってくるかのよう、二つの陽が重なりダルマ状に見え始めた。

 ……時期的に冬場のような、海面から昇る暖かい水蒸気と冷たい大気、そして快晴という条件が揃ってはじめて見ることが出来る現象らしく、地元の人曰く、いつも見ることができない、この夕陽を『幸運の夕陽』と呼んでいるそうな。


 たしかに神秘的で美しく思う。

 たまたま寄りかかった場所で、浜辺の高台から夕陽を拝もうとしていただけだったところを、こうもタイミングよく見ることができたのは、幸運なのかもしれない。

 やがて、ダルマは萎んでいき、完全に陽は消え入ってしまう。

 数分足らずの光景は少しばかり待ってくれる気遣いもなく去ってしまって、薄っすらとした残照だけが広がっていた。


「人の一生もそうよね。月日が経つのが、ほんとに早い。

 ……あれから三年も経とうとしている。

 懐かしいよね。『君』と、そして『あの人』がいて──」


 彼女のいう、あの人。

 俺たちには、目の前で笑う『彼女』と『あの人』がいて、三人でひとつだった。

 お互い大学の講義、バイトなりが終われば、あの人の家に集まって──。

 ……大学生だからのノリか、片道三十分もかかる道をよく通ったものである。


「お互いが全然違う大学、学部、専攻なのに……。

 不思議だよね。………『私』が医学、『君』が工学、そして『あの人』が心理学」

「よくも、飽きずに通ったものだよな。テスト前にも関わらず暇さえあれば集まって」

「そうよね」


 なにがきっかけで知り合い、連れるようになったかは忘れてしまった。ただ気づくと彼らがいて、その時間が悪いものではなかったと記憶している。

 ……心地よかったのであろうな。

 目の前の彼女も、回想する1ページ1ページに和らいでか、笑みを零し海向こうへ消え入ろうとする残照を見つめている。


 そうして、唯一高台一帯を照らしていた残照は完全に消え入ってしまった──。


 空には、ぽつぽつと灯る点が現れる。

 やがて、淡い黒さを残した空は濃さを帯び始め、如実に星々が輝き始める。まるで自身の存在を、周りに知らしめようとしているかのように。


 ……天体観測日和だな。

 雲一つない乾燥しきったこの環境下では、それらを遮るものは一切無く、はっきりと視認でき星々を近くに感じれる。

 いつ以来だろうな、このようにして夜空を眺めるのは。


「きれいね」


 見上げる彼女は、手摺に背を預けている。

 俺自身も、同じように見上げていた。

 不思議にも、この星空に佇むのは俺たちだけかのよう感じれてしまう。

 人里離れた砂浜のせいか。人声も、車が風を切る音も──。

 生活圏で聞こえてくる雑多な音が聞こえないこの空間には、ただ潮の満ち引きだけが響いていて、それが強いているように思えた。


「見て──。

 向こうにある三ツ星って、オリオン座よね」

「ああ。

 近くにはひと際目立つペテルギウスがある。冬を代表する星座のひとつだな」

「……三ツ星、か」


 見上げる彼女が零す『三ツ星』という言葉。

 光り輝く夜空のそれとは別に、どこか悲しみを孕んでいるように思えた。


「あの人のことか」

「……忘れようとしても、気になるよ」


 お互い大学を卒業し、それぞれの地に去っていって──。

 『疎遠』とまではいかないだろうが、遠く離れてしまってか自然とSNSでの口数も次第に減っていき──。


 ……満天の星空の下、不釣り合いに苦笑いした彼女の姿を見つけてしまっていた。


 それもそうだろうな。

 なぜ、いきなり予兆もなく『絶縁』が為されたのか……。

 あの人のSNS上における、突然のアカウント削除はまさしく『それ』を声高らかに申し付けたことと同義に思う。

 ……連絡も取れない状況下では、『これ』は覆ることもない。

 なにより、アカウント削除前に送られた最後の言葉がより不安にさせてくれたものである。


『いままで、ありがとう。

 さようなら──』


 単なる俺たちとのやりとりに飽きたのか──。

 それとも新生活が始まって、過去の出来事、関係性を断捨離すべく宛てたメッセージなのか──。

 それとも──。あの人に対しなにか憤らせることを無意識のうちにしてしまったか……。


 彼女の困惑は自責の念と、ただただ悲しく思えてならない、そういう心境に駆り立てさせられてのことなのだろう。

 ……受け取ったメッセージからは果たしてどのような思いをもって宛てられたのか、当時もいまも知る術がない。

 ……であれば、『受け止め方を委ねている』ものとして、そう整理するしかない。

 しかし、彼女はそうと割り切れずに、いまも過去を振り返り、『在るべきだった自身の姿』を探しつつ、真意を求めていた。


 ……いったい、どちらが正しいのだろうな。

『割り切り』と、『尽きることのない答え探し』の、どちらが、な。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る