第2話 白

楓華がこの法紅陵学園に編入したのは、今から一ヶ月ほど前のこと。

編入試験として脈を計ったり、呼吸を調べたりなど、健康診断のようなことをさせられた。


それが楓華の魔力を調べるテストだったのだと、数日経ってから知った。

教師陣いわく、楓華は『10年に1人の逸材』らしい。魔女社会の閉鎖環境的に、編入自体が珍しいことでもあり、楓華はあっという間に学園の注目の的となった。


しかし何度も言うように、露木楓華はどこにでもいるような普通の高校生だった。



「逸材だなんて言われてもな……」



編入する前は、ごく普通の高校に通っていた。当然魔法など使えるわけもないし、魔女の存在など知りもしなかった。

あれは本の中、フィクションの話だろうと、普通の人と同じように考えていたのだ。

ここが魔女の学校だと知った時には、心底驚きもした。まあ、受け入れるのは案外早かったようにも思うが……


そんなことを考えていた時、不意に背後から声をかけられた。



「露木さまぁー! 探しましたよー!」



びくりとして振り返ると、少し小柄なクラスメイトが、楓華に向かって手をぶんぶんと振っている。満面の笑顔とともに。



「シロ……?」

「露木さま、こんなところで何をなさってるんですかー!?」



シロ(紛らわしくなるため、便宜上カタカナで表記させていただく。)はパタパタと靴音を鳴らしながら、楓華に駆け寄る。

よほど探し回ったのか、その頬には薄っすら紅色が差していた。



魔女社会の上下関係は、魔力の質や量で決まる。

試験結果で才能を認められた楓華は(実態がどうであれ)、学園屈指のエリート編入生という扱いだ。


対するシロは、絶対的な魔力量に乏しく、魔法の扱いも下の下。『落ちこぼれの出来損ない』というのが、周囲からの評価だった。

それはシロ自身も理解していた。シロは誰に対しても”様”を付けて呼び、誰に対しても敬語で話している。


「……シロはどうしてここに? 自主練は?」

「はい! 光明院さまのご命令で、露木さまを探すようにと!」


シロは頑張って探し当てました、と誇らしげに胸を張る。


「……そうなんだ」

「はい、露木さまを自主練にお連れするようにと! なので露木さま、シロと一緒に参りましょう!」

「いや、それは……えっと……」



法紅陵学園において、楓華のように授業をサボることは、実は特段問題にはならない。

学校と言っても、実質は魔女の生活領域を外界と区切って『校内』と呼んでいるに過ぎず、校内には一般魔女の住家がいくつもある。

学校は魔女社会の一般常識や、集団生活を学ぶ場の意味合いが強い。わざわざ全寮制を導入しているのもそのためだ。


そういうわけで、進級試験さえ合格すれば次の学年に進めるし、上位の試験を通過すれば飛び級も可能となっている。

楓華がこの一ヶ月、自主練を回避し続けられた理由だ。



「ほらあの、ちょっとこの時間は体調悪くって……申し訳ないけど……」

「た、体調が悪いのですか!?」


シロは慌てたように、楓華の顔を覗き込む。額に手を当てたり、背中を摩ったりして、楓華を気遣った。


「……そうですか、分かったのです! 光明院さまにはシロからお伝えしておきますから、楓華さまはお休みなさってください!」

「……あっ。シロ、ちょっと……待って」



呼び止められて、シロは振り返った。どうしたのですか? と首を傾げている。


二人と同じクラスの光明院しぐれは、典型的な魔女社会の上流階級だった。

名家で知られる『光明院家』の娘であり、周囲にはいつでも大勢の取り巻きを侍らせている。

他人が自分に奉仕するのは当然であり、特に『出来損ない』のシロには厳しく当たっているのが傍目にも分かった。


もしここで光明院の呼び出しに応じなければ、光明院の怒りは楓華ではなく、恐らくシロに向けられることも。



「…………体調、良くなったみたい。一緒に行こ」

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