ツユキフーカは魔女見習い

chocopoppo

第1話 魔女の学園

「この光明院しぐれに楯突いたこと、末代まで後悔させて差し上げますわ」



……光明院さんの指が、『私』の顔に突きつけられる。

その声は心なしか震えていて、私に対する怒りのような……ううん、少し違う。

プライドとか、背負っているものの大きさとか、そういうのを感じさせる声色だった。



「……相変わらずの余裕顔ですわね。覚悟は出来ていて? 露木楓華ッ!!」



感情が少し変わった気がする。今のは明らかに、私に対する怒りだ。

本当は困っているのだけど、余裕ぶってるように見えてしまったのだろうか。

そんなつもりじゃないんだけれど……


隣に立っている”白”(私のクラスメイト。)が、怯えたように私の腕にしがみついた。



「ふ、楓華さまぁ……」



白の不安そうな顔を見ていると、私ももう泣きたくなってくる。


『私』露木楓華は、どこにでもいるような普通の高校生だった。

少なくともこんな風に、校庭で向かい合って、光明院さんに睨まれているような、そんな人間じゃなかった。


光明院さんの取り巻きの人達が、私達をぐるりと囲むように立っている。

皆、固唾を呑んで見守っている。これから始まる、私と光明院さんの……『決闘』を。



……露木楓華は、どこにでもいるような普通の高校生だったのに。





生徒数、約6000人。

初等部から大学部、更には教師に至るまで、その全てが女性。それがこの『法紅陵学園』である。


これだけの規模にもかかわらず、日本の僻地に所在するのは、まるで人目を避けているようにも思える。

実際は避ける必要もないのだが、まあ都心に構えるのも都合が悪いということなのか、ともかくこの学園は社会から隔絶していた。



チャイムの音が鳴った。それと同時に、教師は板書する手を止める。



「では、今日の授業はここまで。課題を出しておくので、明日までにやってくるように」

そう言った後、だらだらと教科書を片付ける生徒達を見て、思い出したように付け加えた。


「……皆、分かってるだろうけど次は自主練の時間よ。さっさと着替えてグラウンドに移動しなさい」



途端、一部の生徒からブーイングが起こる。週5日、5限目は必ず『自主練』のコマなので、毎日のことではあるのだが。



「うえぇ、またこの時間が来たぁ……」

「自主練、退屈すぎて嫌いなんだけどなあ……」


はいはい、と呆れたように、教師は手を叩く。

「ブツブツ言わない。学生の本分は勉学と魔法、でしょ」



法紅陵学園は、魔女による魔女のための学校である。

魔女社会の存在が公になっては困るため、魔女以外の人間には、この学園は知覚できないようになっている。

存在を知る者は魔女だけ。数百年の歴史の中、あるいは存在に気づいた者がいたかもしれないが、それは巧妙に『処理』されてきた。


『学生の本分は勉学と魔法』。

法紅陵学園の校訓が示す通り、魔法の技量は魔女にとって、社会的ステータスとなる重要なものだ。


魔女社会の上下関係は、ほぼ魔力の量や質で決まると言っていい。

それが分かっているから、学生達も文句こそ言うものの、魔法の自主練に全力で取り組むのである。



「……あれ。露木さん、またいなくなってる」

一人の生徒が呟いた。向けられた視線の先は、教室の隅の空席。


「自主練の時間、いっつもいないよね?」

「皆と合同で練習するのが合わないんでしょ」

あんまり人と会話もしないし、と別の生徒が事も無げに言う。


「えぇーっ。今日こそ、露木さんの魔法が見られると思ったのにぃ……」

「人を気に掛ける余裕があるなら、あんたはまず基礎から復習ね」

「はいはーい。あーあ、さすが編入生のエリート様は、私らとは違うよねぇ……」



露木楓華は、どこにでもいるような普通の高校生だった。

少なくとも、授業を受けたくないからといって、教室をこっそり抜け出して屋上でぼんやりするような、そんな人間ではなかった。



「はぁ……」



独り溜息を吐く。こんな不良学生のような真似をしているなど、母が知ったらどんな顔をするだろうか。

どうしようもない。皆と一緒に魔法の自主練なんて、参加できるはずもない。



露木楓華は、魔法など使えるわけもない、どこにでもいるような普通の高校生だったのだから。

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