ツユキフーカは魔女見習い
chocopoppo
第1話 魔女の学園
「この光明院しぐれに楯突いたこと、末代まで後悔させて差し上げますわ」
……光明院さんの指が、『私』の顔に突きつけられる。
その声は心なしか震えていて、私に対する怒りのような……ううん、少し違う。
プライドとか、背負っているものの大きさとか、そういうのを感じさせる声色だった。
「……相変わらずの余裕顔ですわね。覚悟は出来ていて? 露木楓華ッ!!」
感情が少し変わった気がする。今のは明らかに、私に対する怒りだ。
本当は困っているのだけど、余裕ぶってるように見えてしまったのだろうか。
そんなつもりじゃないんだけれど……
隣に立っている”白”(私のクラスメイト。)が、怯えたように私の腕にしがみついた。
「ふ、楓華さまぁ……」
白の不安そうな顔を見ていると、私ももう泣きたくなってくる。
『私』露木楓華は、どこにでもいるような普通の高校生だった。
少なくともこんな風に、校庭で向かい合って、光明院さんに睨まれているような、そんな人間じゃなかった。
光明院さんの取り巻きの人達が、私達をぐるりと囲むように立っている。
皆、固唾を呑んで見守っている。これから始まる、私と光明院さんの……『決闘』を。
……露木楓華は、どこにでもいるような普通の高校生だったのに。
*
生徒数、約6000人。
初等部から大学部、更には教師に至るまで、その全てが女性。それがこの『法紅陵学園』である。
これだけの規模にもかかわらず、日本の僻地に所在するのは、まるで人目を避けているようにも思える。
実際は避ける必要もないのだが、まあ都心に構えるのも都合が悪いということなのか、ともかくこの学園は社会から隔絶していた。
チャイムの音が鳴った。それと同時に、教師は板書する手を止める。
「では、今日の授業はここまで。課題を出しておくので、明日までにやってくるように」
そう言った後、だらだらと教科書を片付ける生徒達を見て、思い出したように付け加えた。
「……皆、分かってるだろうけど次は自主練の時間よ。さっさと着替えてグラウンドに移動しなさい」
途端、一部の生徒からブーイングが起こる。週5日、5限目は必ず『自主練』のコマなので、毎日のことではあるのだが。
「うえぇ、またこの時間が来たぁ……」
「自主練、退屈すぎて嫌いなんだけどなあ……」
はいはい、と呆れたように、教師は手を叩く。
「ブツブツ言わない。学生の本分は勉学と魔法、でしょ」
法紅陵学園は、魔女による魔女のための学校である。
魔女社会の存在が公になっては困るため、魔女以外の人間には、この学園は知覚できないようになっている。
存在を知る者は魔女だけ。数百年の歴史の中、あるいは存在に気づいた者がいたかもしれないが、それは巧妙に『処理』されてきた。
『学生の本分は勉学と魔法』。
法紅陵学園の校訓が示す通り、魔法の技量は魔女にとって、社会的ステータスとなる重要なものだ。
魔女社会の上下関係は、ほぼ魔力の量や質で決まると言っていい。
それが分かっているから、学生達も文句こそ言うものの、魔法の自主練に全力で取り組むのである。
「……あれ。露木さん、またいなくなってる」
一人の生徒が呟いた。向けられた視線の先は、教室の隅の空席。
「自主練の時間、いっつもいないよね?」
「皆と合同で練習するのが合わないんでしょ」
あんまり人と会話もしないし、と別の生徒が事も無げに言う。
「えぇーっ。今日こそ、露木さんの魔法が見られると思ったのにぃ……」
「人を気に掛ける余裕があるなら、あんたはまず基礎から復習ね」
「はいはーい。あーあ、さすが編入生のエリート様は、私らとは違うよねぇ……」
露木楓華は、どこにでもいるような普通の高校生だった。
少なくとも、授業を受けたくないからといって、教室をこっそり抜け出して屋上でぼんやりするような、そんな人間ではなかった。
「はぁ……」
独り溜息を吐く。こんな不良学生のような真似をしているなど、母が知ったらどんな顔をするだろうか。
どうしようもない。皆と一緒に魔法の自主練なんて、参加できるはずもない。
露木楓華は、魔法など使えるわけもない、どこにでもいるような普通の高校生だったのだから。
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