ランチプレート上の変わり者共 〜こいつら、この同好会、なんとかしてくれ‼︎〜

トレケーズキ【書き溜め中】

第1話 敗者の同好会へようこそ

 矢野彰征やのしょうせい、高校2年、花の17歳。

(それなりに)成績優秀で(それなりに)眉目秀麗で(それなりに)人望がある、(それなりに)理想的なステータスの持ち主、それがボクだ。

 クラスでも率先して動き、ムードメーカーとしての役割を担っていたボクは、ある時クラスメート達に背中を押されて生徒会長になる事を決意した。


 ……そしたらさ、負けたんですよ。

 えぇ、"それなりに"なんて枕詞のつかないマジモンが立候補してきて、あっさりと負けたんですよ。

 なんと無様なものか。背中を押した奴らでさえ、彼が立候補すると知った瞬間にトーンが落ちたからな。そこは友達として虚勢の一つや二つ張ってもらいたかったのにねぇ。

 かと言って諦めの文字はなかったから撤退はしなかったけど、お陰様で選挙までの期間は負け濃厚な状況に少し心が痛い時期だった。

 まぁそんな訳で、負けはしたが、今のボクは少し心が解放された気分だ。

 2学期もまだ半ば、テスト期間も先だし、今暫くはのんびり悠々自適に、学生生活を楽しもう。


 ……なんて事を考えていた時から、既に魔の手は近くまで伸びていたのかもしれない。



 会長選挙の結果が出ておよそ1週間。

 ボクは何をするでもなく、3階の窓から放課後の中庭を眺めていた。

 中庭なんて言っても大したものじゃなく、コンクリートの地面の上に申し訳程度のプランターが並んでいるだけ。

 もの寂しい空間というのは、見方を変えれば自由なスペースが大きいという事でもあり、たまに部活や委員会などが活動に利用している。まぁ、今は誰もいないので、プランターの植物を眺めているだけなのだが。


「しょーうくん」


 と、その時、横からかかる声。

 中学生にも見える小柄な身体と幼さを残した顔立ち、長く伸びた黒髪はワンサイドアップにされている。

 腕を後ろに組んで、頭を僅かに横に傾けてボクを見ている。


「あっ、ミヤビ来たか。お疲れ様」


 名前は奥平雅おくだいらみやび

 ボクの恋人だ。


 部活……といっても生徒会長選挙に向けて動き始めた頃から幽霊部員っぽくなってはいるのだが、そこで出会った。

 普段はこんな感じで清らかな雰囲気なのだが、相手によっては思いっきり盛り上がったりキレのあるツッコミをくれたりと、色々な顔を見せてくれて、見ていて飽きない女子だ。


「どうしたの? 中庭の方なんか眺めて」

「あぁ、別にどうって事はないさ。ミヤビを待ってる間にボーっとしてただけ」

「そう? なら帰ろっ」

「だね」


 そうして、2人並んで玄関へと向かう。放課後なので多くの生徒は帰宅もしくは部活のため、廊下の人影もまばらだった。

 2足の上靴が、統率の取れていないリズムでソフトに床を叩く。その音がよく聞こえるくらいには静かだった。

 と、その時。


「矢野くん‼︎」


 突如として、後ろから名前を呼ばれる。

 男子からのよく通った声は、ボクとミヤビの足を止めるには十分な注意を引かせるものだった。

 そして不覚にも、この瞬間、ボクは横に潜む影など気付く事など出来なかったのだ。


「えっと、何か……」

「……ッ⁉︎」


 唐突な声掛けに戸惑いつつ応じようとした時、隣でビクッと震えたミヤビの肩が当たったのに気付いた。そして視線を移した瞬間、彼女が何故驚いたような仕草を見せたのかが分かった。

 廊下で陰に隠れていた生徒が、輪っかを作ったロープをボク達に投げつけている。

 そしてそれを認識した所で、体までもが反応してくれる訳ではなかった。

 輪投げの標的が如し。ロープはボクとミヤビをくぐる。

 それと同時に、陰からロープを投げつけていた男子生徒が飛び出してくると、見事に彼はロープでボク達を巻きつけようとする。


「ぐっ……‼︎」


 しかし何も抵抗せずに受け入れる訳にはいかない。こんないきなりの事態じゃ、話し合いもままならないだろうし。

 ロープをぎゅっと握り締め、力一杯ボクの身体から引き離そうとする。


「ぐぬぬぬぬぅ〜……‼︎」

「凄い……スポーツセンスがなさすぎるせいで鍛えても役立ってないしょーくんの筋肉が役立ってる‼︎」

「この切迫した事態でそれ言うか〜‼︎」


 ちきしょー、まだ1話だと言うのにボクの欠点を晒しやがって。

 しかし今はそんな事を気にしてる場合じゃない。

 必死に抵抗する。力の限り巻き付くロープを外そうとする。

 だが、踊るようにボクとミヤビの周りを回る男子生徒はどんどんとロープを巻いていく。一巻き二巻きと巻かれていく。


 ……って、ちょ、待てや‼︎

 なんかもう1人出てきたぞ。今度はその生徒が逆回りにロープを巻いていく。

 正直抵抗したいが、ここまで来ると徒労に終わるのが目に見えている。

 それにしても、何という絵面だろう。

 1組の男女を3人の男子生徒が囲んでロープでグルグル巻きにする。放課後な上に職員室が別のフロアなので、目につきにくいとは言え、こんなのが見られていたら校長室案件だ。

 間もなく、2本のロープに完全に縛られる。ミヤビとお互い密着した格好で、向こうの体温が伝わってくる。

 流石にこの状況に、ミヤビも戸惑いと不安を見せている。

 恐らく標的はボクだと言うのに、彼女まで巻き込んだのはいただけない。

 やや眉間にしわを寄せて、声を掛けてきた男子生徒をキッと睨む。


「どういうつもりだ、斎藤」


 その男子生徒というのは、隣のクラスの斎藤礼央さいとうれおだった。

 2クラス合同授業の際に知り合い、それ以降何度か絡みはあったが、いきなりこんな事をしてくるとは思わなかった。


「おっと冷静に‼︎ 股間はてても腹は立てないでくれ‼︎」

「立ってないです」

「しょーくん?腰の辺りに固い感触がするんだけど」

「おぉい言うな‼︎」


 仕方ないだろ、生理現象なんだから……

 とは言え、いくら彼女相手でも個人的にこの状況は気不味いし、意図しない密着というのもあまり好ましくない。やっぱり自分の意志で密着したいしね。


「それで、どういうつもりなんだ?せめてミヤビの方は解放してほしいのだけど」

「いやぁ、是非とまではいかないが、奥平くんも来るのなら歓迎なのだけどね」

「……どうする? 目的が分からないから心配だ」

「う〜ん……しょーくんは連れてかれるって事でしょ? 待ってても退屈だし、一緒に行くよ」

「…………そうか」


 小さく溜息が出る。

 ミヤビは巻き込まれただけなのだから、なるべく来ないでほしかった。何かあっても、ボクが守れる保証もない。

 だが行くと言うのなら仕方ない。取り敢えず警戒しつつ、彼らについていく事にしよう。


 彼らに連れてかれたのは、同じフロアの角に近い場所にある教室。

 ドアの上には、"小会議室"と書かれている。

 何か会議でもあるのか? いや、そんな所にこんなひっでぇ絵面の奴らが入ってきても困るだろう。

 そんな疑問をした所で足が止まる訳もなく……ってそうだ‼︎ ボクら縛られてたんだが⁉︎ その状態じゃあなんと歩きにくい事か。二人三脚より歩きにくかった……その辺考えてもらいたかったわ……

 まぁそれはさて置き、ボクとミヤビ、そして僕を捕まえた3人が、教室の中に足を踏み入れる。


「矢野くんと彼女の奥平くんを連行してきましたー」


 斎藤が敢えて抑揚を抜いたような声を響かせると、おぉぉぉ‼︎ という反応が沸き起こる。

 その反応元に目線をやれば、3人の生徒。正面に男子が1人、両脇に女子が2人。男子の方は、短髪に日焼けした肌と、大柄ではないものの筋骨隆々とした姿が目につく。女子の片方は、金髪をポニーテールでまとめており、放課後だからなのか普段からそうなのか、制服を着崩している。もう片方は、肩にかからない程度の髪をいじくりながら、椅子の背もたれに体重をかけていた。

 そう見渡していると、ロープの縛りに手をかけられ、少しずつ自由になる。


「それで……ここは一体?」

「それは俺がお答えしよう」


 正面の男子がそう言って、組んでいた腕を解いて立ち上がった。

 再びその姿を見た時、この顔を知っているような気がした。知り合いではないはずだが、どこかで見た事があるような。

 そして、ネクタイは赤茶色に白のストライプだ。

 我が校は学年を示す目印として、男子はネクタイ、女子はリボンの色が異なっている。赤茶色、深緑色、紺色を繰り返していく様式だ。2年生のボク達の代は深緑色なので、男子の方は3年生という事になる。

 少人数なのに、学年も性別もバラバラ。この集団は一体、何の集まりなのか。やはり分からない。

 そして、その立ち上がった3年生は、引き締まった両手を広げた。


「まぁ、端的に言おうか。ここは敗者同好会。生徒会長選挙に負けたキミに入ってもらうために連れてきてもらった」


 その一言に、何か嫌な予感もあったが、同時に逃げる事も出来ないという予感もあった。

 この日から、ボクの想定していた高校生活は、予想だにしないベクトルを描く事になるのだ。

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