第4話 賞金稼ぎ、少女を追う

 人混み掻き分け進んでいると、さきほどのボロ布を被った少女が見えた。


 「おい!コラ!待ちやがれぇ!」


 ジョンはチンピラのような怒声を飛ばした。

 すると、少女は飛び竦み、チラッとジョンを見て逃走を再開する。


 「観念する気はねぇか」


 と、呟き、走り出した少女を追う。

 そこで、違和感に気づいた。

 500メートルほど走ったが、一向に追いつけない。 大人と子供、その歩幅の差は明らかなのに少女の後ろ姿ははるかに遠ざかる。


 「クソ、附加魔法エンチャントでもかけてんのか……」


 しかし、魔素の奔流らしき気配は感じない。


 「だとしたら……!」


 目を凝らし、少女の足元を見る。そこには緑黄色の仄かな光が視認できた。


 「魔道具マギアか!」


 魔道具マギア。それは物質に附加魔法エンチャントをかけることによって、使用者は適正外の魔法を扱えることができる優れものだ。

 少女の場合、履いてる靴。それが魔道具だ。おそらく軽量化の効果をもつ魔法を練り込んでいるのだろう。


 「チッ……つくづく人間って種族は不便だな」


ほとんどの種族は体内に魔素が流れていて、訓練さえすれば魔法を扱えるようになる。

 しかし、例外な種族が存在する。


 人間ノーマルだ。


 人間は魔素が循環するための器官が存在しない。大気中に存在する微量な魔素を取り込むこともできなければ、いくら訓練を積んだところで魔法を行使することも不可能だ。

 ジョンは人間であるため、当然魔法を扱うことはできない。


 (これで魔法が使えたら俺に附加魔法エンチャントでもかけて、速攻捕まえられるんだがなぁ)


 と、内心叶いもしないことを考える。

 少女は先の道を折れ、視界から姿を消す。ジョンも折れた道に追いつくと、先は暗くじめっとした裏路地だった。

 視界のはるか先には逃げる少女の後ろ姿。


 「よし、ここからなら狙える」


 ジョンは懐のホルスターから銃を取り出す。回転式弾倉チャンバーに弾を装填し、片手で狙いを定める。

 引き金を絞り、裏路地に破裂するような銃声がこだまする。

 放った弾丸は2発。それぞれが、路地の壁面を這うように備えられた魔素循環パイプを貫通。そして爆発を引き起こした。

 ジョンが放った弾丸は普通の弾丸ではない。附加魔法エンチャントがかけられた魔道具マギアの一種。魔弾だ。

 その弾丸の表面には薄膜のように魔法が張り巡らされており、濃い魔素を感知すると、爆発を引き起こす仕様になっている。

 本来は魔法士ソーサリスト相手に使用する弾だが、魔素循環パイプ内の密度の濃い魔素に触れたことにより爆発した。


(魔弾って高いんだよなぁ、もったいねぇ)


 内心ごねていた。魔弾1発の市場価値は、おおよそピザ三枚ほどだ。使い切りの弾丸にしたら、その価格の高さは想像に容易いことだろう。


 張り巡らされたパイプは爆発によって崩壊。少女の前には連鎖的に無数のパイプが降り注ぎ、道を塞いだ。


 「うっ!?」


 突如、降り注ぐパイプに少女はたじろぎ、数歩後ろに下がった。

 

 ――――今だ!


 前方20メートル先の少女に向け体制を整え、走り出す。

 残り15、10、5メートルそこまで近づき……。


 「止まりな、嬢ちゃん。それ以上動くと撃つ」


 と、脅しをかける。実際、撃つ気はないがこちらも生活がかかってる。少し気が引けるが、やむなし。銃口を少女に向ける。

 

 「ゆっくりとこっちを向いてくれ。」


 少女に指示をする。


 「……………」


 すると、少女はおずおずとこちらに振り向く。その拍子に、被っていたボロ布がひらひらと風に靡き、地に落ちた。そして、その顔があらわになる。


 「…………!!」


 ジョンは思わず固唾をゴクリと飲み込んだ。その姿があまりにも異様だったからだ。

 色素の抜けた白い髪。宝石のような琥珀色の瞳。雪のような儚さの白い肌。その容姿は、西洋諸国のビスクドールさながらであった。

 あまりの美しさは却って不気味だった。人間の醜い箇所をすべて削ぎ落としたかのような、人形に直接命を吹き込んだような、そんな印象だ。

 その姿に一瞬だけ気が緩み、銃口を逸らしてしまった。その一瞬が致命的だった。

 少女が口を開き、聞いたことのない言語を呟く。

 瞬間、閃光が路地を支配した。


 「――――なっ!」


 視界が真っ白に染まる。網膜が焼きつくかのような閃光。しかし、不思議なことに痛みはなかった。

 白が支配するジョンの視界に、一瞬だけが視えた。

 金色に染まった二枚羽。蝶のようなものが羽ばたいているのが視えた気がした。




 視界が白に染まっていたのは10秒程だ。すぐに薄暗い路地に視界は様変わった。

 少女は目の前にはいない。パイプの山を飛び越し、路地を抜け出したようだ。


 「魔法……なのか?」


 見たことのない魔法だった。

 すこし唖然として、ジョンもパイプの山を飛び越え路地裏を抜けた。

 左右の歩道を確認し、その姿を見つける。少女の後ろ姿はさほど離れていなかった。今すぐ追えば見失うこともないだろう。

 足をそちらに向けたところで、トントンと肩を叩かれる。


 「あ?」


 振り向くと同時に飛んできたのは、石のような拳骨だった。


 「ぐあっ!」


 頬に走る衝撃に思わず後退る。


 「おいおいおい、おっさん?何してくれちゃってんの?」


 眼前に現れたのは、一本角の鬼人3人だった。金色のネックレスや腕輪で着飾ったフランクな身なりからチンピラだと分かる。

 ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべながら……。


 「ちょっとさぁ、オレらの溜まり場荒らさないでくんねぇかなぁ?うらぁ!」


 リーダー格らしき鬼人が再び拳を繰り出す。

 ジョンは最低限の動きで拳を避け、パンチが空振りに終わる。前傾姿勢になった鬼人の鳩尾に膝を叩き込む。


 「あっがぁ!!!」


 情けない声を絞り出し、腹這いに倒れた。瞬殺だ。


 「オ、オカさん!?」


 取り巻き二人がオカさん、と呼ばれたリーダー格の鬼人に駆け寄る。

 鬼人といえども、武術を心得てなければ大したこともない。人間の力量で倒すことも無理な話ではない。


 「お前らはどうする?コイツと同じように眠るか、おとなしく帰ってママのご飯でも食って平和的に眠るか、選ばせてやる」


 射抜くような鋭い眼光を飛ばす。取り巻き二人は萎縮し、2、3歩後退った。

 答えはなくとも、その行動が答えだ。


 「懸命な判断感謝する」


 取り巻き二人に背を向け、少女が走り去った方向を見据える。

 しかし、その姿は視界には映らなかった。


 「すばしっこいガキだな。あれくらい速かったら俺がガキのときモテたんだけどな」


 なんてこと、口にする。


 「あっちの方角は……」


思い当たる場所は一つ。スラム街だ。そこが少女の向かう先だろうと推測を立てる。


 「なあ、お前ら」


 「はっ、はいぃ!」


 オカさんとやらの取り巻き二人に声をかける。震えた声にがたがたと揺れる足、オカさんとやらを盾にした根っからの腰巾着なのだろう。威勢の良さがオカさんとやらと違う。


 「変な話だが最近スラムで人形みたいに白い、綺麗な女の子を見たって情報ないか?」


 取り巻き二人に尋ねる。スラム街を根城にしているのなら、あの美しさは異様に目立つ。こいつらみたいな世界の人間ならそこの情報ぐらい知ってはいるだろう。


 「え?えーっと、聞いたことあるような、ないような……」


「はっきりしろ」


 氷のような声で告げる。ひぃっ、という声を出して取り巻きの一人は尻餅をついた。


 「し、知ってます!知ってます!」


 だんまりを決め込んでいたもう一人が答えた。


 「そうか、目撃した場所を教えろ」


 淡々と告げ、取り巻きが答える場所にピンを刺す。 ジョンはスラム街でやっかいになったことがあるため、場所は想像できた。


 「わかった。そこら辺で名をあげてる組織とかは知らないか?」


 「は、はい?」


 少女の履いている魔道具マギアはスラムの住民が買えるような品ではない。だとしたら後ろになんらかの組織が関わっているとみていいだろう。


 「あ、あの周辺でしたら、って半グレどもが名をあげてるって聞いた気が……」


「なるほど、情報感謝する」


 携帯端末を見れば、時刻はPM1:00を過ぎた頃。


 「こりゃ、ディナーに間に合うか?」


 間に合うかは疑問だが、今はサイフのことだけを考えよう。

 スラム街に足を向け、ジョンは走り出した。

 

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