ラブソングなんて聞きたくない

teikao

ラブソングなんて聞きたくない

17時を迎える。


「所長、お先失礼します!」

「しつれいしまーす」

社員達は定時に帰っていく。

「おぅ、お疲れ様」


定時から一時間ほど経過する。

「俺もそろそろ上がるか…」

仕事がひと段落した俺は戸締りをし、帰宅の準備を済ませ、ガードをかけて会社を後にした。


外はもう暗い。

2月の街は白く染まり、空気は澄んでいる。

「ぅう、寒っ」

俺はコンビニでビールとおでんを買う。これが今夜の晩飯だ。


1人で暮らすアパートに帰ってきた。

限界の鍵を開けて電気をつけたらすぐに暖房を入れる。風呂を沸かし、冷める前におでんを食べる。あつっ、体が温まるぜ。そしてビールを流し込む!美味い!


俺はテレビをつけた。

歌番組がやっている。

「ラブソング特集ねぇ…」

ラブソングなんて聞きたくねぇ。

なんかよくわからんアイドルだかタレントだかが歌う薄っぺらい歌は耳障りだ。

俺はそのまま風呂に入った。


………

30年前

社会人になって3年ほどたった時、友人の紹介で「元妻」と知り合った。

こころが強くしなやかな彼女に惹かれて俺は彼女に告白をして付き合い始めた。


2人で色々なところにいったなぁ…


広い海も、星の綺麗な山も、誰もが知る遊園地も、彼女が好きだった映画の聖地も。


付き合ううちに、彼女の色々な事を知って、もっと好きになり、俺はプロポーズした。

そして彼女はオッケーしてくれた。


結婚式は彼女の希望でチャペルであげた。

ドレス姿の彼女は本当に世界一綺麗だった。

いまでもそう思う。


新婚旅行にはフィンランドに行った。

オーロラを見るための大冒険。

食べ物はどれも甘く、ビールすら甘いような気がした。

彼女はとあるブランドが好きで本場の店ではしゃいでいたな。


そしてオーロラは七日間の滞在中、六日間も見えた。本当に運が良かった。

特に五日目、空を覆うように一面にオーロラが出た時は涙がでた。


それから1年ほど経って長男が産まれた。

初めての子供で俺は超過保護になっていたな…

「そんな心配いらないわよw」

って、よく言われたもんだ。

2人目はその5年後だったな。

長男と2人で喜んだ。

「お前は今日からお兄ちゃんになったんだぞ!」

「うん!」

あの時のことは鮮明に覚えている。


息子が小学校で芋の軸をもらってきた時、夜なべして皮剥いてつくったよな…

苦労したのにあいつ、「おいしくないねコレ」だったからなwその晩、俺の酒のツマミになったな。


その頃俺は仕事で転勤が決まって、家族と心が離れて行ったんだよな。

家族のために身を粉にして働いて、家族を失った。今残ったのは所長の椅子だけだ。


………

いかん、長風呂しすぎた、早く出よ。

部屋は暖房がしっかり効いており暖かくなっていた。冷蔵庫からビールを取り出しテレビの前に座る。

「なんだまだやっていたのかこの番組」

チャンネルを変えようと思ったそのとき。

流れ始めた曲を聴いてリモコンを置く。

なんだろう、この曲…聴き入ってしまう。

内容は俺の人生とはそう合ってない。

そしてサビに入り、あるフレーズが耳に入った。結局俺は最後までこの曲を聴いていた。


感性は人それぞれだが多分、この曲は失恋した若者を励ます歌なんだと思う。

俺みたいなおっさんに向けた曲ではないだろう。だけど、その歌詞がとても心に響いた。

「運命の人じゃない…か」

たまにはラブソングもわるくねえな、俺はそう思った。


歌に限らず、ドラマや小説、一つ一つの言動さえも本人の意向とは全く違う伝わり方をする事がある。良くも悪くも。


元妻は再婚していない。もし、俺が彼女の運命の人なら、定年退職したらまた一緒に……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ラブソングなんて聞きたくない teikao @teikao7857

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ