白き雨が降る
入江 涼子
第1話
ある所に、イラツィア王国という国があった。
そちらのピオーヴェレ公爵家に生まれたビアンカは白銀の長い艷やかな髪に、淡い水色の瞳が印象的な儚げな雰囲気の超がつく美少女だ。ちなみに、長女で一人娘になる。年齢は十八歳でなかなかに、穏やかで冷静な雰囲気の持ち主だった。
彼女には婚約者がいる。名前をチェーロ・ソーレという。
白金の髪に濃い藍色の瞳が印象的な大人しそうな美男だが。こちらも公爵家の次男で、年齢は二十三歳になる。兄が一人と妹が二人の四人兄弟の真ん中だ。性格は穏やかで優しい。
ビアンカは彼と婚約したのが今から六年前になる。十二歳の時だった。チェーロは十七歳だったが。
二人は年の差があるけど、仲は悪くなかった。ビアンカがチェーロを慕い、彼も同じようにしていたはずだ。
けれど、いつからかチェーロは距離を取るようになる。年月が経つごとに、冷たく塩対応になっていった。
今日も、ビアンカは公爵夫人となるために領地経営などを父公爵から教わっていた。これが終わると母から、お茶会や夜会での注意点などを教えてもらう予定だ。メイドのフレイやヘレン、ポーラが伝えに来てくれるが。
「……ビアンカ、どうした?」
「あ、父上。すみません」
「まあ、良いだろう。それよりもこの書類だが」
父もとい、公爵は一枚の紙をビアンカに渡す。領地の税収に関する書類だ。一通り、目を通した。
「これは計算が必須になる、大体は以前に教えたと思うが」
「分かりました、やってみます」
ビアンカは頷いて、公爵に渡された書類を左側に置く。右側にある用紙に数式を書き込み、税収を計算した。
「ふむ、その調子だ。見せてみなさい」
「……はい」
出来上がると公爵に手渡す。確認したら、満足そうに彼は頷いた。
「間違いは全くない、合格だ」
「父上、午後からは母上に一ヶ月後の夜会の事で教えてもらう予定です。そろそろ、お暇しても良いでしょうか?」
「もう、そんな時間か。分かった、行ってきなさい」
公爵が言うと、ビアンカは執務机から立ち上がった。伸びをして笑顔になる。
「はい、では。失礼しますね」
「ああ」
軽く礼をして執務室から去った。ビアンカは急ぎ足で母の待つサロンに向かった。
サロンに着くと、待ち構えていたフレイがドアを開けた。
「お疲れ様です、お嬢様」
「うん、やっと終わったわ」
「奥様がお待ちかねですよ」
フレイが茶化して言った。ビアンカは苦笑いしながら、頷く。
「母上、お待たせしました」
「あら、ビアンカ。早かったわね」
「え、今は何時ですか?」
ビアンカが問いかけると母は壁に掛けてある時計を見やった。
「……まだ、正午にもなっていないわよ。何だったら、一緒にこちらでブランチをとりましょう」
「分かりました」
頷くと、母は二人分の昼食を持って来るようにフレイに言う。フレイが速歩きでサロンを出る。ビアンカは母の向かい側にあるソファーに座った。
「母上、今日はお茶会などは良いのですか?」
「ああ、良いのよ。ビアンカの授業の方が大事だもの」
「はあ」
母はそう言って、ころころと笑う。ビアンカは微妙な表情になった。何気に、両親は一人娘の彼女には過保護な面がある。まあ、ちょっと照れくさいだけなのだが。
しばらくして、フレイがヘレンと二人がかりで厨房からサンドイッチやスープ、カトラリーなどを持って来た。ビアンカや母の前に置いていく。
それらが終わるとビアンカや母は食前の祈りを捧げた。
「……やっぱり、料理長が作るサンドイッチは美味しいわ」
「そうですね」
ビアンカは頷きながら、サンドイッチを食べる。今日は鶏肉の香草焼きにバジルソースを合わせたものやゆで卵をマヨネーズで和えたものだ。鶏肉の香草焼きはやはり、ピリッとした辛さの中にまろやかさがある。ゆで卵の方も絶品だった。無言で食べ進めた。気がついたら、用意された分は食べきっている。母もヘレンが持って来た分はあらかた、食べていた。
「ふう、やっぱりこう言う手軽に食べられるものが良いわね」
「ええ、私も思います」
二人して満足しながらスープを飲む。今は秋だから、温かいジャガイモのポタージュが染み渡るような心地だ。
食事が終わると、フレイとヘレンが片付けを始める。それらを見ながら、母は夜会についての注意点や着ていく衣装などを話し始めた。
「そうね、夜会では分かっているとは思うけど。ダンスは特定の相手とばかり踊らない。何故かと言うと、二回や三回も踊る相手は婚約者や恋人、夫に限られるからよ。女性から言ったらの話だけど」
「そうですよね、大体は婚約者や恋人と踊る方がほとんどです」
「うん、男性からしても同じ事が言えるわ。後、絶対に人目につかない場所では一人にならない。でないと、不埒な輩に狙われる下地になってしまうの」
「分かりました」
母がぽつりぽつりと言う事を頷きながら、聞いた。ビアンカは夕方になるまで話し込んだ。
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