勇者、かべのなかを見る

「おっと、テレポーター」

 それは、即死呪文よりも、灼熱の炎よりも絶望的な一言であった。


「バカやろ――」

 周囲の空間が歪む。テレポーター特有の嫌悪感が俺たちを包み込み、そして――


「あ、あれ……?」

 俺は思わず剣を握っている自分の右手を見た。


 次に辺りを見渡し、同様にしている戦士と女剣士なかまたちを見た。賢者は宝箱から魔法のネックレスらしきものを盗りだし……いや取りだしてニコニコである。


「何も……起こってないみたいだけど?」

 女剣士が俺の言いたいことを代弁してくれた。その向こうで戦士が大きく頷いている。


「失敗した? テレポーターが?」

 そんな仕様、聞いたことがない。『ドラゴニック・ファンタジア』RTA世界記録保持者で、何千回もこのゲームをクリアしていてそんなこと一度も遭遇したことないし、噂にも聞いたことがない。


 では、何が起こった?


「ねえ、何か聞こえない?」

 俺が状況を分析してるとき、女剣士が言った。


「何かって、何がだよ……」

「いやだから、あっちから……」

 女剣士が指さした先、そこは俺たちの明かりの魔法も魔法陣の周囲で燃えるたいまつの光も届かない暗闇の中で――


「……の……神……出した……」

「ひぃぃぃぃぃいいぃぃぃぃぃいっ……!」

 その籠もったような声に俺は情けない声を発して後ずさりしてしまった。


「あははははー! 何その情けない声!」

 などと賢者が言うので俺は睨み返してやった。その手にはさっきまで教祖が持っていた杖が握られており、先ほど宝箱から取りだしたとおぼしきネックレスが首に掛かっていた。


「うるせー。今はそれどこじゃないんだ」

 俺はそう言って声のする方へと恐る恐る歩き出した。幸いにしてまだ奴は顕現していない。


 明かりの魔法はパーティメンバーそれぞれの動きに追従してくるので、俺が動くと明かりの範囲もそれにあわせて動いてくる。

 明かりが壁に到達した。壁は俺がさらに前進するにつれて下方から少しずつ照らされていく。


 その壁面は多少の凹凸は存在するが、特に変わったことはないように見える。

 さらに前に進み、上方を照らしていく。

 壁面に変化が現れた。それまでの凹凸とは明らかに異なる出っ張りが壁面に影を落とすのが見えた。


 更に上を確認する。


「こ……暗……を……び……の……ら……か?」

 声は断続的に続いてくる。


 その出っ張りは壁に備え付けられたレリーフのようだった。ヒトガタの彫刻の手足が壁から伸びている。それらはかなり高い位置にあり、そのレリーフが人間と比べて数倍のサイズであることがわかる。


 壁の手前まで来たが、明かりの魔法では上まで届かない。俺は手を挙げた。その分明かりが上の方に伸びる。


 レリーフの顔が見えた。暗闇に映し出される顔は目が三つに角が生えている異形の化け物だ。その化け物が今にも壁から這い出てきそうな躍動感でもって彫られている。


「ん……?」

 俺は違和感を覚えた。

「この顔、どこかで見たような気が……」


 俺は気づかなかったのだ。暗闇でそのディティールがよく見えなかったこともあるし、似たような石像はここに来るまでにそれこそ山のようにあったからだ。

 そのとき、壁に埋まったレリーフの三つの目がぎろりと動き、俺と目があった。


「あぁぁぁぁあぁあぁああぁぁぁぁぁぁ……!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 俺の叫び声に驚いた女剣士と賢者の悲鳴がすぐ後ろから聞こえてきた。


「この……黒破……を呼……した……は貴……か?」

「この暗黒破壊神を呼び出したのは貴様らか?」


 賢明なる読者諸君はすでにお気づきかと思うが、テレポーターは不発だったのではない。暗黒破壊神の召喚がテレポーターのタイミングと重なってしまったことで空間の歪みに異常をきたし、暗黒破壊神をテレポートさせたのだ。


 しかも、そのレポートの先は――


「かべのなかにいる! ってやつね」

 壁に身体の八割が埋まっている暗黒破壊神の足を女剣士が蹴った。蹴った音も感触も完全に岩のそれだ。


「ちっ」

「お前、『ちっ』って言わなかった?」

「言ったわよ!」


 女剣士は身動きひとつできず、ただ目玉を動かすことしかできない暗黒破壊神を見上げ、その馬鹿力で暗黒破壊神の足を力任せにぶん殴った。するとその一部分がもげて落下した。もげた断面も完全に岩になっており、壁と一体化するのも時間の問題だった。


「せっかくとっておきの最強技を試そうと思ったのに、これじゃ何の意味もないじゃないの!」


 女剣士が勢いよく岩を踏みつけると、かつて暗黒破壊神の一部だったそれは粉々に砕け散った。

 そうだ。こいつは転職前も転職後も戦闘狂だった。


「壁に入っちまったものはしょうがないだろ。城に帰るぞ。俺は急いで――」

「またそれ? 一体何でそんなに――」

「あああっ――!」


 俺の言葉を遮った賢者の嬉しそうな声に俺たちは嫌な予感がして口論もそこそこに声の主に注目した。

 そこにいたのはやはり宝箱を前にして目をハートマークにしている賢者であった。


「暗黒破壊神の宝箱ー!」

「やめろー! 開けるんじゃない!」

 俺たちはこれまでのどの戦いよりも速く、そして真剣に動き出した。

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