勇者『あ』~世界最速のRTA走者はゲーム内世界でも最速クリアをめざす

雪見桜

RTA走者はワールドレコードを目指す

 RTAとは、ゲームのスタートからクリアまでの時間を競う競技である。長いものではクリアまでに何十時間かかるものもあり、極限まで体力と気力、そして綿密なリソース管理が試される。


 ワールドレコードを競うトッププレイヤーともなると毎日休まず数時間の鍛錬を欠かすことはない、まさにアスリートなのである。

 そして、ここにも世界記録更新を目指し日々鍛錬を重ねるRTA走者がいた。




 そこは一〇〇階層にもおよぶ長大な迷宮を越えた先に存在する祭壇だった。


 暗闇の中、周囲をたいまつで照らされ浮かび上がる魔法陣の周囲に、等間隔でいくつもの死体が転がっていた。いずれも同じ衣装ローブをまとっている、この地下神殿を作り出した邪教の神官達であった。


 そして彼らの血が流れ込む魔法陣の中心部に立っているのはこの邪教を統べる者――教祖。


 この世界を憎む彼は、世界を滅ぼすために異界より破壊神を呼び出そうとして勇者たちに討伐された。


「ぐはぁぁぁぁ……っ!」

 その痩せぎすの身体に付けられた切り傷から大量の血を流し、自らが築いた地下神殿に膝をつく教祖。その顔からはすでに血の気が引いており、死は避けられないように見える。


 ふらつく身体を支えるように二、三歩足を動かし、大きく手足を広げて仁王立ちとなった。


「ま、まさかこの我が敗れるとは……。こ、このままでは暗黒破壊神の復活が……」

 教祖は口から血を吐き出し、足元の魔法陣に倒れ込んだ。それまで押さえていた胸元の傷が露わになり大量の出血を起こした。止めどなく流れる教祖の血が魔法陣を汚す。


 それを見た教祖は上体を起こし、目を見開いた。

「そ、そうか……! くくくく、勇者ども、残念だったな。貴様らのおかげで暗黒破壊神召喚の最後のピースが整ったのだ! 暗黒破壊神よ、この我の絶望を食らい、この世に現れ出でませい!」


 そのまま教祖の身体は崩れ落ち、自らの血の海に倒れ込んだ後、二度と動くことはなかった。


 そのかわり、というわけではないが、祭壇が大きく揺れ始めた。

 いや――祭壇ではない。世界全体が空間ごと揺れているような感覚。


 めり、と上方で何かが引き裂かれる音がした。それは徐々に大きくなり、やがて何かが割れる音がしたかと思うと、巨大な何かが空間を引き裂いて魔法陣の上に落下した。


 すでに物言わぬ物体となっていた教祖の肉体を踏み潰し、その存在は世界に降り立った。


 周囲を睥睨するように見渡すその存在は、やがて魔法陣の前に立つ四つの影に気がついた。小さい……その存在からすれば取るに足らないほど矮小な存在だったはずだが、その存在はどういうわけか彼らから目を離すことができなくなっていた。


「ふしゅるるるるるるるる……。この暗黒破壊神を呼び出したのは貴様らか?」


 それは、彼にとってみれば戯れにすぎない問いだった。相手の答えが何であろうと破壊神である彼のすべきことは世界の破壊以外にないのだから。


 だが、その問いは彼にとって致命的なミスであった。何故なら――


「うるせえ! こっちは急いでいるんだ!」

 破壊神ひとの話も聞かず、四人のうちのひとりは懐から何かを取り出すと、破壊神へ向けて投げつけた。


 その光り輝く何かは空中でほどけると、まるで意志を持った生物のように破壊神の身体に絡みつくと、破壊神のまとっていた闇のオーラを吸い上げていく。


「………………! こ、これは……!」

 自らの破壊の力の源である闇の鎧を剥ぎ取られた破壊神の目の前に、伝説の剣を持った勇者が飛びかかった。


「ワールドレコード、もらったぁぁぁぁ……!」

「ウグオワァァァァァァァァァァ……!」

 かつて数多の世界を葬り去った破壊神の身体が崩れていく。彼の身体は闇の粒子へと次々変換され、それもやがて消えていった。


「おめでとうございます!」

「おめでとう!」

「記録更新おめ!」

「やった! 世界記録!」

「パチパチパチパチ」「パチパチパチパチ」「パチパチパチパチ」「パチパチパチパチ」


 視聴者達の祝福のコメントと札束スパチャが吹き荒れる中、勇者たちは油断することなく祭壇を脱出し、城へと戻っていった。


 この日、ロールプレイングゲーム『ドラゴニック・ファンタジア』RTAにおいて、七年ぶりに世界記録が更新された。

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