2-7 愛で戦争を止めるなんて現実では嘘っぱちだから
それから数日の間、未夏は大量の薬とともに、針を持ち出した。
「それじゃあ今度は、この新薬を使わせてもらうわね? ……行くわ」
「ええ」
そういうと未夏はドス……と、エイドの腹部に突き刺す。
通常であれば、想像を絶する痛みだ。
「……ぐ……」
だが、うめき声一つ上げないエイド。
それを見てラジーナは心配そうに声をかける。
「エイド! ……未夏、もう少し優しく薬を投与することは出来ませんの?」
「え? あの、それは……」
「すみません、ラジーナ様。これは私の方から提案したのです」
ラジーナが未夏を非難するような眼で見たのをみて、エイドは反論した。
「どういうこと?」
「確かに、薬を投与するだけならもっといい方法はあるのでしょう……。ですが、これはあくまでも『戦闘中に相手に使われた場合』を想定して使わないと意味がないのです」
「え?」
「ラジーナ様……。フォルザ将軍を倒すには、正攻法では不可能なんです」
未夏は、今まで行ってきたゲームの経験から『相手がどんな戦いをすれば、プレイヤーはコントローラを投げるのか』を考え抜いた。
そして出た結論は二つ。
一つは「プレイヤーがやる気をなくすぐらい実力差がある雑魚を出すこと」
そしてもう一つは「状態異常攻撃を乱発してくること」だ。
当然だが、前者の方法は今回は使えない。5対1くらいではフォルザ将軍をねじ伏せられる相手などいないし、仮にいたとしたら『フォルザ将軍のほかにも、わが国にはこんなに勇壮な兵士がいるんだ!』となり、逆効果だ。
そのため、採用するのは後者の案。
未夏は昔、状態異常攻撃ばかり使う雑魚に延々とはめられ、台パンしたことがある。
……もし『すべての雑魚が』マヒ攻撃や眠り攻撃を使ってくるとしたら、そのゲームは眼だたくクソゲーの仲間入りをするのは間違いない。
だが、そのためにはフォルザ将軍に状態異常の付与をすることが前提だ。
その実験体に、エイドを使っている。
(大抵のゲームでは『マヒ』は『最悪じゃないけど、その一歩前くらいには厄介な状態異常』だから……それを打ち込めば楽勝なのよね……)
そう思いながら、未夏は強力なマヒ効果のある毒を塗った針を『戦闘中に投与できる程度の量』で与えてみた。
「効き目はどう?」
「あ、はい……全身にしびれが残りますが……」
「それじゃ、早速戦ってみましょうか?」
「ええ……」
そういうと、エイドは立ち上がり、当日にフォルザ将軍と戦う雑兵5人を前に相手取る。
「行きます、エイド様!」
「ああ、遠慮はいらない! 殺すつもりで来てくれ! 殺しても構わん!」
「エイド、そういうのはやめてください!」
ラジーナは彼のその発言に思わず制止する。
そしてその後すぐに慌てたように、
「その、あ、あなたに何かあったら、聖ジャルダン国側が黙っておりませんから! だから、身体は大事にしてください!」
そう付け加えた。
(心配しているんだな……。けど、エイド様が彼らと戦うこと自体は止めないのよね、そのあたりが『冷血の淑女』と言われる理由なんだろうな……)
未夏はここしばらくラジーナと話をすることで、彼女の人となりが分かった気がした。
彼女は『冷血の淑女』とは言われているが、私人として付き合っていると優しさや気遣いもできている。
ただ、それ以上に『ラウルド共和国』のことを最優先に考えている。そのためなら私情を捨てるタイプなのだ。
そのためエイドから厚意を受けたとしても、
「もし聖ジャルダン国との戦争が始まったら、彼を真っ先に処刑しなければならない」
という負い目があり、それを素直に受け取ることが出来ないと悩んでいた。
(エイド様は転生者だから……そんなのとっくに織り込み済みなんだけどね……。そんなこと気にしなくていいのに……)
そう思いながら、剣を構えるエイドを見つめた。
彼は魔法よりとはいえ、剣の腕も決して雑兵に負ける程ではない。
(エイド様もエイド様よ……。惚れ薬を飲んでもラジーナ様を愛せないってことは……。国の期待をプレッシャーにしすぎなのよね……)
聖ジャルダン国の面々は『前世でラジーナに国を滅ぼされた』という経験から、彼女の人となりを誤解している節が伺えるのを未夏は感じていた。
ラジーナは、自国の利益になると判断すれば即座に開戦を選ぶ。
だが逆に言えばラジーナは、私情によって『自分から戦争を起こしたがる』というわけでもない。
……だから、二人とも『国のことは一度忘れて、本音で語り合えばいいのに』とは思っていた。
「はあ!」
「ぐわ!」
そういうこうしていると、勝負は一瞬のうちについた。
……残念ながら、エイド側の勝利だ。彼はかすり傷一つついていない。
「すまない、未夏。勝ってしまったようだ」
「く……。やはり、ダメです……」
雑兵たちは、ふらつきながらも立ち上がった。
……ダメだ、エイド側は『手加減する余裕』すらあるということだと未夏は落胆した。
「やはり……ダメね、この程度の威力じゃ……」
「ああ。確かに身体はしびれるのだが……。マヒはどうもあまり効かないようだ」
「やっぱり……」
実は、エイドとはゲーム本編でもこのように試合で敵対する場面がある。
だがその時にはマヒや毒といった攻撃は一切無効化する能力がある。
つまり『ボス敵には状態異常が効かない』という厄介な仕様は、フォルザ将軍にも効いていると考えていいだろう。
「うーん……この方法じゃダメなのかなあ……」
「そうでしょうか? ……けど、きっと道はあるはずです! 私たちはどこまでも付き合いますよ!」
そう、雑兵たちは未夏に対して笑いかけた。
「ありがとう……けど、どうしてあなたたちはこんなに協力してくれるの? 言っちゃ悪いけど、あなたたちは農民兵でしょ?」
この世界では、まだ専門の職業軍人はフォルザ将軍や近衛兵のような一部にとどまる。
そのため、一般的な兵士たちは普段は農業を営むような存在だ。そのため、よほど大きな武功を立てでもしない限りは、また農民に戻ることとなる。
つまり、この戦いは彼らにとって益は薄い。
それでも彼らは笑って答えた。
「……私たちは……もう、あなたたちの国と戦争をしたくないんですよ……」
「どういうこと?」
そういうと、農民兵はぽつり、とつぶやく。
「私は、先の大戦で一人の兵士をこの手で殺しました……」
そういうと彼は、自分の手を忌まわしそうに見つめる。
恐らく『この手で』というのは比喩表現ではなく、素手で首を絞めて殺したのだろう。
いわゆる「ファンタジー戦争」の世界では、刀傷や魔法以外で兵は死なない。だが実際には絞殺や餓死、そして事故死に撲殺など『むごい死に方』をする兵士も多いのだ。
「ですが……死に際に……その兵士は……笑ったんです……」
それは、聖ジャルダン国の転生者が自らに課しているルールだ。そのことを知っている未夏は、黙ってうなづいた。
「そして、私の頭を撫でてくれたんです……『私が死ぬのは、あなたのせいじゃない』と言っているような、そんな表情で……。でも私は恐怖で手を緩められなかった……! あんなことされて戦争なんて、出来るわけありません!」
そう、彼は涙ながらに答える。
……だが、見たところ彼は不眠に悩んでいるのは分かる。いや、彼だけじゃない、実験に参加してくれている全兵士が似たような感じだ。
この世界は乙女ゲームの世界だが、けして『作り物の世界』じゃない。
敵兵を殺して『やったあ、勝利だ!』なんて言えるわけもなく、多くの将兵は罪悪感で憔悴する。……彼の場合は、状況が状況だから、猶更だろう。
「だから、誓ったんです。……何があっても、もう聖ジャルダン国は傷つけない。……自分が……いえ、仮に『大切な人を傷つけられたとしても』絶対に、戦いは連鎖させないと……」
その兵士の目は、まるで転生者がする眼のような、覚悟をしていた。
(彼らと戦った兵士の死は……無駄じゃなかったわね……)
その様子を見ながら、未夏は少し涙ぐみそうになった。
そして数時間が経過した。
未夏は兵士たちの意気込みを買って何度も実験と戦闘をしていたが、やはりエイドには全く歯が立たない。
フォルザ将軍に勝利するのは現状では不可能だろう。
そう思いながらも、未夏は過去に作った資料に眼を通した。
「ところで、未夏?」
「え?」
「あなた、ひょっとして眼が悪いのですか?」
「ええ、少し……」
そう未夏はラジーナに答える。
実は未夏は近眼で、あまり眼が良くない。
残念ながら異世界転移した際にも視力は変わらなかったため、ものを見るときには難儀している。
「そうなのですね……。なら、私が代わりに読んであげましょうか?」
「あ、いえ……そこまでする必要はないです」
「それにしても、天才薬師の未夏も、視力だけは雑兵にも勝てないってことなのね」
「そりゃ、そうですよ……」
このゲーム本編のモブ兵に眼鏡をかけたキャラはいない。
そのことを揶揄しているように感じて未夏は苦笑した。
「アハハ……まあ、そうです……ね……?」
「どうしたの、未夏?」
「そうだ、それです!」
だが、そのラジーナの発言を聴いて、未夏は手を叩いた。
「フォルザ将軍が無敵で、普通の状態異常が効かなくても……『雑兵と大差ない部分』はたくさんあるじゃない! そこを攻めればいいのよ!」
「大差ない部分?」
「詳しい説明は後でするから、今からいう材料を集めてきてくれない?」
そういうと未夏は眼を輝かせて兵士たちに必要な物品について説明した。
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