2-6 戦争が起こる理由に『相手は自分を被害者と思っている』という恐怖もある

将軍フォルザは叫んだ。


「ラジーナ様! 我々ラウルド共和国民にとって、聖ジャルダン国は憎き仇! ビクトリア様こそ失いましたが、我らの士気はいまだ失っておりませんぞ!」



それに呼応するように、彼の周りの兵士たちも口々に叫んだ。



「そうです! ……早く、息子の仇を討たせてください!」

「あの『笑わない軍』を壊滅させたら……私の弟を学校に行かせるだけの報奨金を得られるんですよね?」



そんな風にいうものもいた。

だが一番多かったのは、寧ろ下記に挙げるような意見だった。



「噂では、聖ジャルダン国の国力はどんどん上がっている様子! 奴ら、不眠不休で仕事をしているんですよ? ……今叩かないと、いつか我々の国に攻めてくるはずです!」


「そうです! しかも、あの『笑わない軍』は、我々の捕虜を大量に抱えています! 早く救出しないと、どんな条約を突きつけられるか……」


「私は、戦場にいた若い女兵士を殺しました! きっと遺族は私を憎んでいます! 明日にでも息子を殺しにかたき討ちに来るに違いありません……!」



(これは……止められるわけないわよね……)



未夏はその言葉を聞いて、戦争がなくならない理由が分かったような気がした。


あるものは、親や子どもを失った兵士たちが、その仇を討つために戦場に行く。


またある者は、戦争で武功を立てることで得られる社会的地位……これは『我が子や親族』についても含まれるが……を得るために戦を行う。


そして、またある者は……恐らくこれが一番の多数派だろうが……『相手の国が恐ろしいという理由』で戦争を始めようとするのだ。



(そもそも、戦争が好きな奴なんて、よっぽどイカれた奴だけよね……。私も、恨まれるどころか怖がられていたしなあ……)



……未夏も、先の戦争では薬師として敵兵の治療も行っていた。

当初、未夏は彼らからは当然感謝、あるいは憎しみの眼を向けられると思っていた。



……だが彼らから一番感じたものは『恐怖』だった。



薬師である自身のことを『治療にかこつけて殺すのではないか』『ケガを治した後、改めて処刑するのではないか』という眼で見ており、ずっとおびえていた。


実際、彼らは治療する未夏に感謝の言葉を述べていたが、それは明らかに『媚びていた』ようにも感じられていた。



(そして、その国民の感情のうねりは……フォルザ将軍のような力あるものを戦争という『降りれないゲーム』に乗せてしまうのね……)



ゲーム本編でフォルザ将軍は『単なるこちらに立ちはだかるだけの、戦争大好き人間』だと思わせる描写が行われていた。


だがフォルザ将軍は、本人の意思とは関係なく、戦争を望む彼ら兵士の期待を背負わされているのを未夏は感じ取った。




……なるほど、確かに彼自身が戦争を望むというより、このラウルド共和国そのものが戦争を望んでいるのだ。




「それとも……ラジーナ様は、そこの男に何か吹き込まれたのですか?」

「エイドのことを言っているのかしら?」



そういいながらエイドのことを指さした兵士をラジーナは睨みつけた。

だが、彼はその手をおろさずに続ける。



「はい。……はっきり言います。私はその男を歓迎できません。……彼は聖ジャルダン国のスパイと疑っています」

「彼は、我が国に災いをもたらすもの……。離婚するべきというのが我々の意見です」



エイドは『そんなこと、当然言われると思っていた』と言わんばかりに、黙って兵士を見据える。



「……そうですか……」



一方のラジーナは寂しそうな表情を向けた。

確かにゲーム本編では彼はラウルド共和国を滅ぼすためにスパイとして招かれていた。


だが、転生者ばかりの聖ジャルダン国内のムードは反戦一色だ。そもそも前世でスパイ活動をした結果戦争を早めた反省もあり、彼にそんなことをさせるわけがない。


ラジーナはエイドに申し訳なさそうな表情を見せた後、その兵たちに答える。


「あなたのいうことは、もっとも。……ですが、私が戦争を再開させない理由はほかにあります」

「ほかに……とは?」

「戦争の時代が変わりつつあるから、ですわ?」

「ほう……時代が、ですかな?」



そう今まで黙っていたフォルザ将軍は答えた。



「ええ。確かに、ビクトリアを失ったとはいえ、まだ国力差は歴然。何より聖ジャルダン国は兵士を先の戦いで多く失いました」


……これは間違いないと未夏は思った。

実際、あれだけイカれた転生者を集めたにもかかわらず、竜族ビクトリア一人を始末するために、聖ジャルダン国は1個師団分の兵力を使い切ってしまっている。


残存兵力は転生者である国民の能力を加味しても、せいぜい2個師団程度だ。……フォルザ将軍はじめ全軍が総がかりで攻めてこられたら、流石に勝てるかは難しい。


兵士たちは更に続ける。


「我が国が誇る4英雄の一人フォルザ将軍殿の前には、敵兵1個師団など物の数ではありません! 4英傑たるあなたの夫……エイド殿ごときにだって、負けはしないはずです!」

「む……」



そう言われたラジーナは一瞬不機嫌そうな表情になるが、エイドに尋ねる。



「……エイド。あなたが、フォルザ将軍と真っ向勝負を挑んだらどうなります?」

「……あなたの前でこれを言うのは恥と思いますが……絶対に勝てません」



エイドは正直に答えた。

フォルザ将軍はゲーム本編でも『勝てない相手』ではないが、ゲームバランスの都合上、こちらの4人パーティを相手に一人で立ち向かってくるような実力者だ。


当然タイマンでの勝利は難しい。

だが、それに続けてラジーナは答える。



「あなたがそういうなら……『真っ向勝負なら』勝てないのでしょうね?」


そう認めたが、ラジーナはフォルザ将軍の方を見て、こう答える。



「ですが、フォルザ。今聖ジャルダン国で行われている『軍政改革』の目覚ましさは恐るべきもの。彼らのやり方ならあなたでも、一握りの雑兵にすら勝てないでしょう」

「この私が……雑兵にすら、と?」



普通なら、こんな発言をされたら激昂してもおかしくないが、彼は冷静だった。

恐らくフォルザ将軍は、本音では反戦派なのだろう。だが、他の部下の手前そんなことは言えないというのは今の発言で分かった。


ええ、とラジーナはうなづく。


「そんな状況で、今攻め込んでも勝ち目はありません。仮に勝利しても、他国にその隙を狙われるのが落ちですわ? だから、わが軍でも軍政改革が終わるまで、英雄の仕事はお預けということです」

「む……そういうことであれば……」


そういわれて引き下がろうとしたフォルザ将軍だったが、それを周囲の兵たちが納得するかは別問題だった。


「何仰るんですか、ラジーナ様! ……フォルザ将軍が雑兵に負ける? そんなことあるわけありません!」

「そうですよ! そんな風にいうなら、証拠はあるんですよね?」

「まったくです! ……彼らの軍政改革がどんなものか、教えてくださいよ!」


彼らは口々に叫んだ。

ラジーナは落ち着いた口調で答える。



「……分かりました。では、一週間後ここでその結果をお見せしましょう。……フォルザ将軍。当然お相手いただけますよね?」

「ええ。……すみませんが、手は抜きませぬぞ?」


そう彼はいうと、兵士たちを引き連れて去っていった。





彼らが去ったあと、未夏は心配そうに尋ねる。


「あ、あの……大丈夫なんですか。ラジーナ様?」

「え? ……ええ、すみません、エイド。……あなたの名誉を傷つけてしまいましたわね」

「いえ……。私は別に……」


そうエイドは答えた。

転生者である彼には今更そんなことはどうでもいいのだろう。


「それより、あのフォルザ将軍を倒す策なんて……あるんですか?」

「あら、未夏はフォルザ将軍の強さはご存じなのかしら?」

「……え、ええ。まあ、諸事情があって……」

「彼の一番の必殺技の名前は?」

「え? 確か『斧震激』ですよね? あれを喰らったらエイド様でも持たないはずです……」



ゲーム本編でも彼は強敵だったので、よく覚えている。

エイドはどちらかというと魔法よりの能力なので、彼の必殺技を補助魔法なしに喰らったらワンパンのはずだ。


ラジーナはそれを聞いて、嬉しそうな表情を見せた。



「ほら、未夏。あなたはやっぱり、私が知らないことを知っている。……そんなあなたがいれば、きっといいアイデアが浮かぶと思ったのです」

「え? ……ってことは、まさか……」

「ええ。フォルザ将軍を倒す方法は、これからあなたが考えていただけます?」



うわお、と思わず未夏は口から言葉がもれそうになった。

まさか聡明なラジーナが、そこまで何も考えずに突っ走るとは思わなかったからだ。


「エイドの名誉を傷つけたあの者たちには、相応の報いを与えねばなりませんからね」


だがラジーナはそういったことで、気が付いた。

……なるほど、彼女はエイドに疑いの眼を向けられ、バカにされたことに腹を立てて、このような無茶を行ったという側面もあるのだろう。


そう思うと、未夏はラジーナに少し好意を持った。

と同時に、エイドの顔を見て、未夏はある作戦が思いついた。



(そうだ、ここがゲームの世界なら『どんな敵を出せばプレイヤーがコントローラーを投げるか』を考えればいいんだ……。けど、そのためには実験台が必要よね……。何をされても文句を言わず、そして能力値の高いキャラ……)


そこまで考えると、未夏は隣にいたエイドに声を賭けた。



「エイド様? ……いくつか思いついたことがあるのですが……実験体になっていただけませんか? ……無論、強い苦痛をうけるものなのですが……」

「ええ、構いません。ラジーナ様のためにも、全力を尽くします」


こういうと思った、と未夏は思いながらうなづいた。

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