2-4 尽くせば相手が喜ぶとは限らない

「ここがラウルド共和国ね……」



翌月、未夏はラウルド共和国に到着した。

ラウルド共和国には潜入で行く場合や両国間の関係が小康状態になったときに使者として行く場合などがあるが、基本的に行動に自由はない。


そのため、聖ジャルダン国程地理に明るくはない。

それでも前回留学に行ったときに比べると見慣れた街並みを見て、未夏は少しだけ安心するような気持ちになれた。



馬車から降りるなり、未夏は数人の兵士たち……一種の儀仗兵であり、整った容姿と服装のものばかりだが……が整列しているところに出くわした。



「長旅、お疲れ様です。未夏様」



そう彼らは恭しく礼をすると、彼らの後ろから二人の男女が現れた。

冷血の淑女と言われるラジーナ、そして夫のエイドだ。エイドは豪奢なタキシード、そしてラジーナはいつものゴスロリ服である。


(今思うと……ラジーナ様って、いつも同じ服を着ているわね……)


最初は『イラストレーターの作業量を減らすため、乙女ゲームの世界のキャラはそうそう着替えない』という仕様のせいだと思っていた。


しかし、ウノーやエイド、そしてオルティーナは会うたびに異なる服を来ていることから考えても、彼女は純粋に『余所行きは1着しかない』ことが伺えた。



「ごきげんよう、未夏さん」

「久しぶりだな、未夏」


そういって二人は笑顔を向けてきた。

だが、エイドのその笑顔はゲーム本編でもしばしば見せてきた『作り笑い』なのはすぐに分かった。


(相変わらず、いつ死んでもいいって顔ね……エイド様は……)


その様子を見て未夏は心配になりながらも、ラジーナに挨拶を返す。



「ええ、お久しぶりです、ラジーナ様」

「この国に来ていただいて嬉しく思いますわ? 積もる話もありますから、とりあえず私の宮殿に来てください。案内しますわ?」

「わかりました。御者さん、ありがとうございました」

「ええ、お気をつけて」


因みに立場上はただの薬師である未夏にはお付きのものはいない。


未夏は、隻眼の御者……以前エイドたちを護衛したものだ……にお礼をいうと、ラジーナの馬車に乗り換えた。




そしてしばらくして、未夏は応接室に案内された。



「エイド。すみませんが私、ちょっと女同士で話したいことがありますの。少し席を外してくださいませんこと?」

「え? 別にエイド様は知り合いだから、別に……」



エイド視点では未夏はせいぜい『やや親しい関係の顔見知り』程度のものだが、未夏にとってはゲーム本編で何度も深い会話をしてきている相手だ。


そのためエイドの人となりはよく知っているつもりだ。

この世界の4英傑はゲーム本編とだいぶ性格が異なるが、それはあくまでも過去の体験に起因するものであり、気質的な部分は変わっていないことは未夏も分かっている。


そのため、そう伝えるがエイドは反論せず、


「は……わかりました……」


そう答えて、席を外した。



「あの……なんでエイド様に席を外させたのですか? 女性同士の話……というのは建前でしょう?」


未夏はその様子に、ラジーナは申し訳なさそうに答える。



「ええ。……本当は、これからする話にエイドが関与していたとなると、彼の聖ジャルダン国での立場が悪くなるからです。……彼は大事な人質。ただこの国で幸せに過ごすこと、それだけが私の希望……いえ、彼の仕事ですから」

「……そうですね……」

「彼には、何の責任も負わせたくありません。無論、私の食事すら、作らせませんわ?」

「どうしてですか? 夫の手料理なんて、素敵じゃないですか?」

「……万一それで体調を崩したら、エイドの責任になりますでしょ? それに、料理人のメンツを彼につぶさせるわけにはいきませんから」



確かに、前者の『彼を国政に関わらせたくない』というのは事実だろう。

彼を大事に扱う限り、聖ジャルダン国側から喧嘩を吹っ掛けることは難しい。また、彼を国政に関わせない方が当然ラウルド共和国にとっても都合がいい。


だが、ラジーナの表情としては寧ろ後者の『彼に幸せに過ごしてほしい』という方が本音であるように感じられた。



「ラジーナ様は、エイド様を本当は大切に思ってらっしゃいますね」



そういわれ、ラジーナは顔を赤くする。



「な……。勘違いしないでくださる? 私は『冷血の淑女』。ただ、彼が私を愛し、この国を好きになってくれれば、裏切って他国と密通するようなこともないと思ったからですもの」

「……フフフ。まあ、そういうことにしておきますね」



ラジーナとの話し合いでわかったが、彼女は『冷血の淑女』と言われるが、実際には徹底した合理主義者というだけだ。ゲーム本編で戦争を再開させたのも、本当は彼女の感情ではなく、国益……あるいは国民感情を鑑みたものだったのだろう。


だが、その合理的な判断の裏には彼女なりの愛情が見え隠れしていると感じ、未夏はそこに好意を持った。


顔を少し赤らめながら否定する彼女を見ながら、ラジーナに本題について尋ねる。



「それで、エイド様にもお話しできないこととは、なんでしょう?」

「ええ。……実はあなたに来ていただいたのは『講師として』ではないのです。私が秘密裏に持っている『研究班』の顧問として力を貸してほしいのですわ?」

「研究班、ですか?」

「そうですの。……詳しくは明日お話をさせていただきますが……要するに私たちの国で軍政改革を行おうと思っておりますの」



え、と未夏は思った。

ゲーム本編ではこのようなイベントは発生しなかったためだ。



(そうか、竜族ビクトリアが死んだから……それが影響しているのね?)


あのゲームの世界では、竜族ビクトリアは単騎で2個師団並みの実力を持つ、文字通りの化け物だった。


本編でバッドエンドになる理由としては、彼女には『絶対に勝利できない』というところも大きい。


そんな彼女が戦場で命を落としたとあれば、当然軍政改革は必然だ。



「それで、なんでただの薬師の私が選ばれるのですか?」


「勿論薬師としての能力を買ったのもありますが……。未夏、あなたには、他人とは違う別のものが見えていると感じたのです。なので、招聘したのですわ?」

「特別なもの、ですか?」

「たとえば……そこに、美少年の道化師が見えませんか?」

『は~い! 今日は挨拶だけだよ! また会おうね!』



そういうと、その道化師……以前未夏のもとにも現れたプログリオだ……は、憎たらしいほどにこやかな表情で挨拶するなり、姿を消した。



(そうか。あいつが、そそのかしたのね……)



奴が見えるのは、ゲーム本編では聖女オルティーナと、ラジーナだけだったのを未夏は覚えている。……寧ろ自分が見えたのが意外なほどだった。


「……やっぱり、あの道化師が見えていましたのね?」

「ええ……」

「なら、あなたを呼んでよかったわ。……けど、今日はもう遅いですし、詳しくは明日お話ししましょう?」


そういうと、ラジーナは席を立った。






その夜。


「お疲れ様です、ラジーナ様」

「ええ、いつもありがとう、エイド。……ああ、そこ気持ちいですわ?」


ラジーナはベッドにうつぶせに横たわり、エイドから献身的なマッサージを受けていた。

無論これも、ラジーナを喜ばせるために必死で覚えた技術だ。そこらのマッサージ師よりも、エイドははるかに上手に行えるという自信があった。



「ラジーナ様、だいぶ肩が凝ってますね。座り仕事が多いのでは?」

「ええ。……あと、腰もよろしいですか?」

「わかりました」



そういいながら、エイドは彼女の腰をゆっくりと揉みほぐす。

これは『子作り』の前座として、常にエイドがやっていることだ。……というより、エイドが申し出て、ようやっと得た仕事の一つでもある。


「それで……未夏とはどんな話をされたのですか?」

「え? ……それは殿方にはちょっと言えない、デリケートな話ですわ? そこ、もうちょっと揉みほぐしてくださる?」

「ええ」



そういってラジーナはお茶を濁す。

女性にこのように言われたら、夫のエイドは引き下がるしかない。


無論これは建前であることはエイドにも分かっていたが、あえてそれ以上は突っ込まないようにした。


そしてようやく腰がほぐれたのが分かり、エイドは手を止めた。



「ふう。……良かったですわね。……それじゃあ、その……」

「ええ。……ラジーナ様、今度は仰向けになってください」



当然だが、夫婦の夜の生活がマッサージして終わりなわけがない。……寧ろ、これで終わらせたと知られたら、やはり家臣たちが嫌な顔をする。子作りはエイドにとって、権利ではなく義務だからだ。


エイドは本格的に前戯に入るべく未夏をそっと寝かせると、そっと指を彼女の首筋から背中にかけて、撫でる。



「ん……」


先ほどとは別の質の快感に、身をよじるラジーナ。

だが、彼女は少し荒く息を弾ませながらも、エイドに尋ねる。


「どうですか、ここが弱いと思いましたが……」

「ええ……すごい……気持ちいいですわ……」

「けど、その……」


そういうと、ラジーナは顔を赤らめて起き上がる。



「今日は私があなたに、してあげたいと思うのですが……」



だが、エイドは首を振りながら、そっと彼女を仰向けに寝かせる。



「それには及びません。ラジーナ様は今日もお仕事でお疲れでしょう? それに明日も早い身。ラジーナ様は、寝ていてください」

「エイドは嫌ではありませんの? 私ばかりいい思いをするのは不公平ですわ?」

「私にとって、ラジーナ様が気持ちよくなることが喜びなのです。ラジーナ様は、ただ眼を閉じ、快楽だけを感じていればいいのです。勿論、してほしいことがあれば、何なりとご命令ください」

「え、ええ……」



実はエイドは、以前ミモレを抱いたときに激しい自己嫌悪に陥った瞬間があった。



(俺は……ミモレの時のようには、絶対になってはいけないんだ……)



それは、名目上は『指導』であった彼女との性交だったが、その最中に一瞬だけ快楽に負け『自分が気持ちよくなるためだけ』に彼女の体を貪りつくしたい、と脳裏をよぎったことだった。



(理性を捨てるな……ラジーナ様を絶対に傷つけてはダメだ……自分本位な性交など認めない……)



元来実直な性格であるエイドは、女性をもの扱いすることを嫌っている。

そんな彼は『ラジーナが気持ちよくなってくれて嬉しい』と思うことすら『彼女を利用している』という悪徳であると考えるほど徹底している。


そのこともあり、自身がセックスの中で理性を失うことを酷く恐れているというのも、彼女からの奉仕を拒む理由の一つだ。



(俺は……ただ、ラジーナ様のために尽くせばいいんだ。彼女が、俺を愛してくれれば、聖ジャルダン国に手を出す確率は減る……我慢するんだ……)



加えて、エイドをはじめとした聖ジャルダン国側の視点では、ラジーナは『独裁者』だ。


そのため、彼女の機嫌を損ねれば戦争が起こる、裏を返せば彼女の機嫌を取れば戦争が起こらない、そうエイドが考えるのも無理はなかった。……エイドとラジーナが、互いに本心を話し合えていないと言ってしまえばそれまでだが。



(俺は、もう幸せになるべきじゃない。ミモレや、死んだ将兵のことを思い出せ……! あいつらの献身と犠牲を無駄にするな……)



必死でそう思うが、未夏が渡した惚れ薬の効果は、当然だが恋愛感情だけでなく相手に対する情欲も掻き立てる。



(ラジーナ様……もし来世がもう一度あるなら……俺は……今度は普通の夫婦として、生まれ変わりたいです……)



すでに彼は、彼女に対する前世での恨みなど薄らいでいた。

彼女のその細い身体を力の限りに抱きしめ、何も考えずに唇を重ね合わせたい。

この燃えあがる情欲に身をゆだねて彼女をほしいままにしたい。


……そんな欲望を必死で否定するように首を振ると、エイドは愛撫を続けた。

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