プロローグ4 乙女ゲームのヒロインは画面内でも生きています
「きゃあ!」
しばらく死体漁りをしながら走り回っていたオルティーナが、死体の一つ……彼はドラゴンから振り落とされた兵士の一人だ……に躓きそうになるのを見て、フォスター将軍は手を伸ばす。
「危ないな、ケガはないか? オルティーナ?」
彼は先ほどの事務的な表情とは違う、不自然なほどの明るい笑みで聖女オルティーナに呼びかける。
「あ、ありがと……。ここは死体が多くて歩きにくいね……」
「……そうだろうな……」
「それに、私たちが以前植えた花畑も……つぶされちゃったんだね……」
「ああ……また、植えなおさないとな」
足元で死体となっている命を落とした兵士たちに敬意を払うどころか、まるでオブジェのような感覚でつぶやくオルティーナ。
そして彼女はフォスター将軍に対して、抱き着く。
「けど、フォスター……良かったよ……あなたが無事で……!」
「ああ……オルティーナ、この勝利をあんたに捧げられて良かったよ」
「フフフ……嬉しい、フォスター! 私、ずっとあなたが返ってこないから、心配したんだよ?」
(……なに、この不快感は……)
本編でこのようなシーンは当然なかったのだが、似たようなシーンはあった。
仲間の無事に安堵し、抱き着くその場面はスチルにもなっていたからよく覚えている。
先ほどまでの死体漁りは、ゲーム本編にもあった仕様だから、まだ許せる。
だが許せないのは、この戦争で落命した幾多の将兵に対する敬意の無さに対してだった。
……彼女の目にはフォスター将軍しか映っていないのが明らかであり、その様子を見ていてあまり気持ちのいいものじゃなかった。
更にオルティーナは続けざまにこう言い放つ。
「はあ……なんか、安心したらおなか空いちゃった……私、あなたが心配で朝から何も食べてなかったからさ……」
こちらは朝から死に物狂いで働いていて、それどころじゃなかったんだ。それに、まだまだ追討戦で血を流す機会が控えているのだ、とも未夏は思った。
それなのにそんな能天気な発言をするオルティーナの言動に、未夏はますます不快感を感じた。
だが、フォスターはそんな様子をものとも見せずに、明るい表情を見せる。
「ふふふ、そうか! ま、俺も腹減ってきたな」
「ねえ、せっかくだしご飯にしない? あたし、お弁当作ってきたんだ!」
そういいながら、彼女は包みに入ったサンドイッチを取り出した。
「ちょ、ま……!」
だが、全身に返り血がべっとりついたフォスター将軍がそれを食べるのは無理があるだろう。
思わず、未夏は声を挙げると、彼女はこちらを見て嬉しそうに笑ってきた。
「あれ、あなた……確か、最近天才薬師って言われている『未夏』ちゃんだよね!?」
「え? あ、うん……」
未夏は、初対面でいきなり「ちゃん」付けされるのはあまり気持ちが良くないタイプだ。
だが、聖女オルティーナは作中、他の同性キャラにも「ちゃん」付けをしていたことを思い出し、未夏はうなづいた。
「そうだ、未夏ちゃん? あなたも一緒にご飯にしない? お友達が出来たら嬉しいし!」
「え? う……」
その発言に周囲は氷のようなまなざしをこちらに向けてきた。
だが、その意図は嫉妬ではないのは明らかだ。『彼女を悲しませるな』という意志だというのは、すぐに分かった。
「うん。そうね……ご飯にしようか? そうだ、あっちで手を洗ってからのほうがいいと思うわよ?」
「え? ……あ、そっか。ごめん、フォスターの手、血がついて汚いもんね……」
その血は敵とはいえ、こちらと同様に命をかけて国のために戦った兵士たちの血だ。
それを目の当たりにした今では、未夏にとって彼女の発言は不快にしか感じられなかった。
(汚い、か……彼女にとって、血は『汚れ』でしかないんだな……)
そう想いながらも、彼女のデリカシーのない発言にまたしても腹を立てた。
(なんだろう、この子……プレイしていた時には不快感がなかったけど……それは『非日常』ばかりを切り取った『ゲーム画面越し』だったからなのかな……)
未夏はそう思い始めていた。
この乙女ゲームの世界は、単に「二次元であこがれていたキャラクターとリアルに会える世界」というだけでなく、「画面上では語られていなかったキャラの一面」を見ることにもつながっていた。
だが「プレイヤーの分身」として見ていた未夏を客観的な目線で見ると、彼女は不愉快な存在に感じると同時に違和感も覚えていた。
(……けど、気になるのは……フォスター様やテルソス様……他の兵士たちが、前世の記憶があるからと言って、あそこまで尽くすなんておかしいわよね……? ……なんだろう、この違和感……)
その様子に、未夏はそう感じ始めていると、聖女オルティーナがサンドイッチを食べながら語りかけてきた。
「そういえばさ。未夏ちゃんて、今回はたまたま助っ人で呼ばれただけなのよね?」
「え? はい……」
「なら、良かったら私たちの専属の薬師になるのはどうかな? 給料、弾むから!」
もとよりこの国は「バッドエンドルート」に入っていた。
そのため未夏は、当初は折を見て国を脱出し、どこかの土地でひっそりと生活をするつもりだった。
だが、仮にも「推し」として愛を注いでいたフォスター達、そして何より死力を賭して必敗イベントに勝利した兵士たちを思うと、ここで逃げ出すのは忍びないと思った。
「ええ。よかったら、これから一緒に戦わせて貰うわね?」
「そりゃいいや! あんたの薬師の力があったら千人力だからな! 頼むぜ、未夏さん?」
「は、はい……が、頑張りますね!」
そういって笑顔で語りかけるフォスター将軍は、ゲーム中で自身が知っている彼の姿そのものだった。
(ゲーム中で見せていたフォスター様の、この明るい笑顔は……オルティーナにだけ見せていたのかな……)
そうは思ったが、彼に期待をかけられること自体は、悪い気持ちはしなかった。
(私の原作知識がどこまで役に立つか分からないけど……。フォスター様やテルソス様、ほかの人たちのためにも頑張らなきゃ!)
そう未夏は心に近い、拳をぐっと握った。
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