プロローグ3 冷静に考えると、勝利後の掛け合いって無礼なものだ
「これは……」
竜族ビクトリアが落ちたところに行くなり、未夏は絶句した。
彼女は確かに首の骨が折れ、絶命しているのは明らかだった。
そして彼女の周囲には、おびただしい数の兵士の死体が転がっていた。
落下して命を落とした兵士や、ドラゴンブレスを受けて命を落とした女兵士、そしてその前の戦いで敵を蹴散らしていた兵士たち。
その惨状と彼らの死体が織りなす凄まじい悪臭も気にせず、彼女は周囲を見渡した。……だが、生きている兵士は敵兵すらいなかった。
その様子に対して、テルソスはつぶやく。
「……やはり、将兵達の生存は絶望的です」
「うん……それに……地上で戦っていた女兵士の方々も……」
「はい。あのブレスを受けて生存するものはおりません」
「そう……なのね……ん?」
すると、遠くのほうから大きな声が聞こえてきた。
「あれは……?」
「ビクトリアが倒されて、敵が敗走を始めたようですね」
「そう、なのね……まさか……勝つなんて予想外だったものね……」
こちらの兵士は、背を向けて逃げる相手に剣を向けず、なおも向かってくる敵兵だけをただ機械的に斬り続けていた。
だが、未夏はその異常な光景を見ながら思わずつぶやく。
「……ドラゴンに勝ったのに、一言も声をあげないなんて……なんて静かな軍隊なの……?」
「ええ。……私たちは『笑わない軍』と言われていますので」
テルソスはそうぽつりとつぶやいた。
そんな単語は原作には登場しなかった。
そう思った未夏は不思議そうに尋ねる。
「笑わない軍?」
「ええ。……我々は、前世では敵兵を殺す時、笑っていたものが多くいました」
「え?」
そういわれて、未夏は元の世界でやったこのゲームの内容を思い出した。
このゲームの戦闘の勝利ボイスは基本的には、
「楽勝だぜ!」
「まだまだだな、雑魚が!」
「俺たちに敵はない!」
と、楽しそうな声色で行われていたのだ。条件を満たすと、
「腹減った~!」「おいおい、飯の時間はまだだぜ?」
なんて軽口まで叩き合う。
……だが、冷静になって考えると、これはフィクションだから許されることだ。
戦争とは、残酷なものだ。
あるものは刃物によって斬られ、またあるものは殴打により首の骨を折られ、またあるものは頭が変形するほど殴られて死んでいく。
ゲームの世界で自身も同じ真似をしてきたのだと、未夏は思い出した。
(確かに……私の親を殺した奴が……『ふん、楽勝だな!』とか言って勝ち誇ってたり……冗談を言って笑いあっていたら……絶対に許せない……)
そう未夏が思っていると、テルソスは彼ら……これは敵兵も含まれるのだろう……を悼むような口調でつぶやいた。
「いつだってそうです。……『殺す側』つまり加害者はいつだって笑顔ですが……『殺される側』である被害者は決まって苦痛の表情なんですよ……我々は『殺される側』になって、初めて知りました」
「そう、ね……」
「笑いながら相手を殺すのは生命への冒涜です。……我々はみな、敵兵を殺す時には決して笑わない。逆に殺されるときに笑うように決めたんです」
見ると、敵兵たちはみな、苦悶の表情で命を落としていた。
……だが逆に、味方たちはみな笑顔を見せていたのを見て、未夏は少し疑問に感じたようだ。
「……どうして彼らは笑っているの?」
「自分を殺した相手が……罪悪感に苦しまないためです。前世で殺し、今世でも殺した相手への、せめてもの罪滅ぼしです……」
「…………」
そういわれた未夏は何も答えられずに、その様子を見ていた。
そうしていると、一人の男が後ろから声をかけてきた。
「ここにいたのか、テルソス……それに、未夏殿だったな」
「え? ……フォ、フォスター様!」
精悍な顔つきをした細身の男で、豪奢なマントに身を包んだ男「フォスター」はその長い髪をたなびかせながら未夏たちの方にやってきた。
ともにいる十数名の近衛兵たちは皆ボロボロで、目や腕を失ったものも少なからずいる。
だが、未夏は彼らの姿を見て、異常な雰囲気を感じ取った。
(なんで……ここの近衛兵はみんな、4英傑の人たちと似た顔なんだろう……まさか、親子? ……にしては人数が多すぎる……なんか、ものすごい嫌な予感がするけど……)
だが、その彼女の疑問をかき消すようにテルソスはフォスター将軍に声をかけた。
「あれ、フォスター? どうしてここに……?」
「竜族『ビクトリア』の死を確認するために来たんだ。おかしいことはないだろう?」
「フォ、フォスター様!?」
未夏にとってこのゲームの中ではこのフォスター将軍は最推しであった。
クールだが、率直で裏表のないこの男のグッズを彼女は山ほど買い集めていたのを思い出しながら、ドギマギしたように答える。
「……ケガはないか、未夏殿? テルソスも」
「え? あ、は、はい!」
「ならば、良かった」
この世界の人たちは、何かにつけて「転生者」ではない未夏を気にかけてくれている。
自分の名前を覚えていてくれたこと、そして※名前を読んでくれたことに未夏はやや感激したように答える。
(※未夏がやっていたこのゲームは、ヒロインの名前は「オルティーナ」で固定であり、変更できないタイプです)
「そうだな……もう二人の出番はしばらくないから、帰り支度をしてくれ」
「あ、はい。フォスター様は?」
「俺は……もう少ししたら追撃に出る。嫌な仕事だけどな……」
そういいながらフォスター将軍は倒れた兵士たちの剣を地面に突き立て、そして跪いて祈りを捧げた。
夕日に照らされながら真摯な表情で祈りを捧げるその姿に、未夏は少しドギマギするような気持ちになりながらも思った。
(フォスター将軍……やっぱり、原作とキャラが違うんだな……)
その様子を未夏は少し不思議そうに感じた。
元の世界では、彼は信心深いタイプではなく、誰かに何かを祈るような真似は絶対にしなかったためだ。
そう考えていると、にわかに後ろが騒がしくなるのを感じた。
「聖女様!」
「オルティーナ様だ!」
そんな彼らの声から、聖女オルティーナがやってきたことは分かった。
「フォスター将軍! よかった、無事だったのね!」
未夏も振り向くと、そこには美しく神聖な装いをした少女『オルティーナ』の姿があった。
本来のゲームの中では彼女が主人公となって、攻略対象となる4英傑と愛をはぐくんでいく物語だ。
彼女の内面はあまり本編では描かれなかったが、公式では「優しく、正しいと思ったことには己を曲げない少女」とされているのを未夏は思い出した。
「あ、オルティーナ様?」
だが、未夏が声を駆けようとした瞬間、オルティーナはフォスター将軍に向けて駆けだしていく。
「うわ!」
「いて!」
……彼女はその道すがら、苦痛に顔をゆがませ、傷に苦しむ近衛兵を突き飛ばしていたが、それに対しては謝罪する様子も見せなかった。
まるで、彼らをただの障害物のように認識しているのだろう。
それだけじゃない。
「あら、これは……100ゴールドもあるわね! それに、この剣……売ればお金になりそう!」
そんな風に言いながら、死体から金や装備品を巻き上げていた。
(うわ……何やってんのよ、こいつ……)
原作でも確かに、死体からアイテムを回収することは可能だったが、改めて見ていると彼女のその言動は、不愉快極まりなかった。
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