人間が嫌で自殺したんだが異世界で人間を矯正しろと言われました
だせーせー
第1章 僕の苦しみ
第1話 クラスメイト
ここだと、沈みかけた夕陽がよく見える。
生ぬるい風が前髪を揺らし目をくすぐるが、俺はそんなことなど気にせずにただぼーっと立って目の前に広がる光景を見続けていた。
眼下には、サッカーゴールを片付けているサッカー部らしき生徒や、大きなバッグを背負い帽子を被った野球部らしき生徒、忘れ物でもしたのか校門から校舎に向かって走ってくる女生徒などの姿があった。
あの一員になれていたのなら、結末は変わっていたのだろうか。
頭上に広がる薄暗い空に浮かぶ雲は速く流れていて、遠くから真っ黒な雲が迫ってきていた。
吹く風に、冷たい空気が混じった。
――あぁ。疲れた。ただ、疲れた。
俺はおもむろに手を、吸い込まれてしまいそうな地面に伸ばす。
まるで手首を掴まれて引かれたかのように、体が前のめりになる。
そのまま上半身が屋上の淵から飛び出して。
――バタンと扉が勢いよく開かれる音と。
「た、太助君!」
俺を呼ぶ声を聞きながら。
――屋上から両足を離した。
1年3組のドアの前に立つ。
ガヤガヤと、教室内の喧騒が廊下まで響いている。
隣のクラスのも混じって、僕の頭の中をかき混ぜていくような感覚。
鼓動がばくばくと鳴り響き、その音で喧騒を消してくれればいいのに、クラスの喧騒と混ざりあって僕の心の中を急き立ててくる。
心臓が振動するたびに、身体中に響いて苦しい。
俺はため息のように深呼吸をするとガラガラと教室のドアを開く。
教室内の喧騒は一気に静まった。
誰もがこちらを見ていた。遅刻をして、授業中に教室に入ったときのような、居心地の悪さ。
いや、それならまだいいほうだろう。
教室の真ん中。学生にしては派手なメイクに、着崩した制服を着た女子高生のグループは、手で口を隠しながら、こちらを見てこそこそと話しては笑っていた。
そのグループの近くにはもうひとつの、髪を茶色に染めている男子高校生のグループがあった。そのリーダー格の一人の男は、何かの企みを思い付いたようにニヤリと笑っていた。
僕の机の隣。勉強をしているのかノートを出していた女子高生は、僕を一瞥すると、椅子を引いて僕の机から距離を取る。
いつだったか。その視線に恐れ逃げたことがあった。
だが、運悪く後ろの生徒にぶつかって……
…………そのあとは…………そのあとは…………
まあ、思い出さなくても構わないか……
何かに諦めさせられるように思考は終了され、僕は後ろ手にドアを閉めると、生徒と視線を合わせないようにうつむいた。目の前の障害物の輪郭が分かる程度に瞳を閉じ、僕の机へと歩いていく。
椅子に座ると、丁度教室の前のドアが開き担任が入ってくる。
「座れー」
気だるげに発せられた担任の声に、皆自身の席についていく。
ひとつの集団、先ほどこちらを見てニヤリと笑っていた男子生徒たちはこちらに向かってきていたが、担任の声に「ちっ」と嫌そうに顔をしかめ、席についていく。
僕はそれを尻目に、ボーッと前を見て担任の話を聞き流した。
チャイムが4時限目の終了を告げる。
「きりーつ」
と、緊張感のない声に全員が立ち上がり、体に染み付いた礼をすると、教室は一気に違う色を見せる。
近くの席が勢いよく音をたてて、食堂にでもいくのかあわだたしく教室を出ていった。
「はぁ」
小さくため息をつくと共に、薄くあちこちがほつれているバッグに手を入れる。
取り出したのは弁当などではなく、図書館から借りた小説。
小説とは、今とは違う世界にいくことができるものだ。逃避には一番のものと言っても良い。
読んでいる間だけは外界のすべてを忘れられる。まるでその世界に入っているように感じる。
擬似的な体験を通して、喜びを、怒りを、哀しみを楽しみを感じられる。
僕はそれが好きだ。
「おい……なに読んでんだ?」
「ちょっと見せろ」
が、何者かによって、僕の読んでいた小説は取り上げられる。
取り上げた張本人は、パラパラとめくり中身を形だけ見ているようだった。
「ふーん」
つまらなさそうに唸ると、僕に小説を渡してくる。それを受け取ろうと手を伸ばすが、その瞬間に本を上げられて手は空を掴む。
顔をあげると、その男はニヤリと口角をあげ、小説を肩たたきがわりにしていた。
確か名前は……
「佐藤くーん。その小説どうしたの?」
「いや。こいつなんかが、難しいもの、読んでんだなって。ほら、見てみろよ」
難しいものを強調してぽいっと投げられた小説は、途中でばさりと開き、開いたページに勢いを殺されて地面に落ちていった。
「おい、なにボーッと見てんだよ。拾えよ。お前のだろ?」
ガタリと椅子を引き、しゃがみこみ拾い上げると。また本を取り上げられる。
「見せろよ。……なんだこれ? 佐藤くんは分かる?」
「……まあ」
そうどこか不満げに呟く佐藤と呼ばれた人物は、僕の小説を受けとると机にバンバンと叩きながら。
「っ……なあ、なんでこんなもの読んでんだ?」
「いえ……」
「いえ、じゃわかんねーだろ? それともなんだ。僕は勉強できますってアピールか? そんなにテストの出来を自慢したいのか?」
「いえ……あれは偶然で――」
「偶然で満点がとれるかっ!」
バン! と、勢いよく叩きつけると、佐藤は窓へと足音をバタバタと鳴らしながら歩いていき。
「あ……」
「そんなに大事なんだったら、取ってこいよっ!」
佐藤は小説を持った手で振りかぶると、窓の外へと投げ捨てる。
「ほら、どうした? 取ってこいよ」
「いえ…………あ。そうですね」
一度椅子に座ったが、思い出し立ち上がる。
あれは図書館から借りたものだ。返さなければいけないし、そのためには取りに行かなければ。
「はぁ……」
下駄箱に入っているボロボロの靴に手を伸ばすと、かさりと、何かが手に触れる感触があった。
たいした疑問も持たずに、ボーッとしたままそれを取り出すと。
「……」
メモのような真っ白な紙に、3つの文字が。
その文字を見た瞬間、その情報が目を通して脳内に入り込んでくる。
そしてその情報を理解すると、不意に視界がぼやけた。
「え……なんだ…………ううっ……!」
視界をぼやけさせた白いもやは、頭全体を覆い締め付けてくる。ぐわんぐわんと、まるで脳が揺れるような気持ち悪さを感じた。
全身は宙に浮いているのかと思うほどに不安定で、しかし足裏に確かに感じる床の感触が、それだけが、僕がここにいるのだと分からせてくれた。
「くっ…………うう…………」
頭は締め付けられ床に引き寄せられそうなのに、体は不安定に浮かんでいきそうな歪さ。ぼやけた視界は晴れることはなく、今の僕とこの世界との接点を切るように迫り来る。それを硬質な床を頼りに追い払おうとする。
が、無意識に遠ざけようとする自分に、何をやっているのかと疑問に思う。
抗おうとするから苦しいのではないか? そもそも、僕には抗う理由もない。ただ、無意識に抗ってしまっただけ。
ならば、抗う必要もない。僕は目の前に広がる白いもやに身を任せる。
体の力を抜いた瞬間、不安定に浮いているような錯覚を感じていた体が、ガクッと膝が折れて地面へと引っ張られる。顔から地面に転がり、鼻をうちツーンとした痛みが襲いかかった。
と、手からこぼれ落ちたのか、眼前にかさりと一枚の紙切れが舞い降りてくる。そこには、先程も読んだ三つの文字が。
読んではいけないと頭のどこかが呼び掛けてくるなか、目に入った情報は無視できなかった。
ふと、視覚からの情報は脳に入りやすいのだと、どこかの本で読んだなと思い出すと同時に、意識を失――
「だっ……大丈夫!?」
焦ったような声に引き戻される。
失いかけていた聴覚が、パタパタという足音をとらえる。
「……大丈夫? あの……立てる?」
半開きになった手をおずおずと伸ばし声をかけてくる人に、僕はこくんと頷きその人物を見る。
陽光に照らされて艶やかに光る黒色の髪は、しゃがみ込んだため床についてしまっている。どこか申し訳なさそうに、垂れた目尻を瞬かせた。
「えっと……ありがとうございます……」
僕は差し出された手を取らずに立ち上がる。不思議なことに、先程感じた目眩のような歪な感覚は消えていた。
彼女は「そうよね……」と小さく呟くと、手を引っ込めようとして。
「ん? なにこの紙切れ――」
その手が、床に落ちていた一枚の紙切れをつかむと。
「……っ」
クシャッと握りつぶすと、スタスタと近くのゴミ箱に歩いていき、投げ捨てた。
「どうしたんですか?」
「ううん。読んでないならいいわ。それよりも大丈夫? 保健室いく?」
「……いえ。大丈夫です。…………本を……探しているので、僕はこれで」
「そうよね。あの……私も手伝うわ」
「え……いえ、いいですよ。見ず知らずの人に……」
「見ず知らず……一応私、クラスメイトなんだけどな。それに……中学も同じよ?」
「そうですか……」
なら、一層なぜだろうという気持ちが浮かぶ。いじめられている僕のそばにいると、彼女までいじめられるのに。
「じゃあ、改めて。私は
ふと、黒猫の髪止めが目に留まる。まお、は中国語で猫だからだろうか。
「よろしくお願いします。僕は――」
「知っているからいいわ。さ、早く探しにいきましょう?」
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