第16話 タキヒコ達、新たな家族ファビリアと共に【うどん屋】オープンに向けて……

「――それでですね! 領主様って、よく視察に来る割には対応が遅いし、その内容も後手後手っていうか……」

「こら、そんなことばかり言っていると、不敬罪で捕まっちゃうわよ?」

「けどお姉ちゃん、リアお姉ちゃん、本当のことしか言っていないよ?」

「そうだよー。お姉ちゃんもたまに言っていたじゃない。」

「ほら! レイチェルもそう思っていたんじゃない!」

「それはそうだけど……」



 帰路の途中、ファビリアに街の近況を聞いておると、その内容は次第に領主への不満溢れるものになっていった。

 どうやら、この街の領主はあまり良い印象を持たれてはおらんようじゃな。

 レイチェルがたしなめてはおるが、アイリもカイリもまったくその通りだと言わんばかりに頷いておる。



「ふむ……復興政策も、賊への対応も進んでおらんのじゃな」

「そうなんです! しかも、ここだけの話、領主様とドンダー一味が繋がってるなんて噂もあって……」

「ほう?」

「正直、信用できないのよねぇ」



 領主が信用ならない、それはワシも感じていたことじゃった。

 瓦礫の撤去すらままならん現状に、そこで幅を利かせているドンダー達のような輩……。

 正直なところ、街に住む人間からは手が出せないところでの繋がり、癒着なんかはあると思っておった。

 住人に噂されるまでになっておるのであれば、否応なしに領主の胡散臭さが増してくるのう。



「……まぁ、そっちの件については手も出せんことじゃし、今は後回しじゃ。ファビリアよ、店で働くにあたって何か得意なことはあるかのう?」

「得意なこと……文字の読み書きと計算なら、一通りできるわ。あとは……」

「「すっごく元気だよ!」」

「ほっほ、確かにのう。元気があるのはよい事じゃし、計算の出来る者は雇いたかったから助かるわい」

「私もレイチェルも、商家の生まれですからね! お店に関わる知識や、最低限の教養は身に着けていたんです! あのスタンピードさえなければ、今頃は……」

「ファビリア……」



 話途中でうなだれてしまったファビリアを慰めるレイチェルたち。

 きっと、昔から仲のいい友達同士だったのじゃろう。

 それが、こんな若い身空で、この荒れ果てた瓦礫の街で……。

 必死に命を繋いできたのだと思うと、涙が溢れそうになるのじゃった。



「タキヒコさんや……その顔を見れば言うまでもないと思うが、この子らはあたしたちが護ってやらんとですばい」

「ああ、そうやな。ワシらがしっかりせんといけんですばい」



 頷き合うワシとヒサコさん。

 改めて娘たちの方に目を向けると、ワシらが話しておった間にファビリアも気を持ち直したようじゃった。

 いつの間にか、四人の間で話に花が咲いておる。



「――ということがあったの。私たちは運がよかったわ。こうしてタキヒコさんご夫妻に助けて貰えてるんだもの」

「お父さんもお母さんも、すっごく優しいんだよ!」

「その、お父さんお母さんって……?」

「アイリもカイリもまだ小さいから……お二人には親代わりになってもらっているの」

「ふーん……レイチェルも『お父さん』とか呼んじゃっていたり?」

「それは! ……たまに……」

「へえー……あのレイチェルがねぇ……私もそう呼んじゃおうかしら?」



 少し頬が赤くなっておるレイチェルに、ファビリアが微笑ましそうな顔を向けておる。

 ……おや、いつの間にかヒサコさんがおらん。



「だめという理由はないぞ? スライムが母親ということで良ければ、呼べばよかばい?」

「おか……ヒサコさん!?」

「え! いいんですか!? やった、宜しくお願いしますね、『お母さん』、『お父さん』!」

「もう! ファビリアったら……!」



 ……いつの間にか、娘がもう一人増えたようじゃ。

 これで男が一人に女が五人。


(皆、自慢できる家族と言えるのじゃが、なんだかだんだんと肩身が狭くなってくるのじゃ……)


 そんなことを考えている間に拠点に帰り着き、レイチェルたちに家の案内を任せたワシらは身の回りの品を用意しておくことにした。

 ファビリアは部屋を見て歓声を上げ、用意した新しい服を受け取ると舞い上がって喜んでおった。

 その様子を見て、家の中が途端に賑やかになったと感じるのじゃった……。



「さて、それじゃあ『うどん屋神在』の制服を決めんといかんの」

「そうじゃな。何かしら統一感があった方が良いじゃろう」



 案内が終わるまでの間、ワシらはうどん屋の制服を決めることにした。

 調理場に立つワシは調理用の白衣でいいとして、皆の服は……せめて前掛けだけでも統一しておきたいのう。

 ヒサコさんとも相談して、彼女の好きな橙色の前掛けと頭巾を採用することにした。

 アイリとカイリ用の小さなものは、それとわかりやすいように黄色にし、前ポケットに熊のワッペンがついておる物を選んでおいた。

 


 そうして準備を整えておると、案内を終えた娘たちが戻ってきた。

 【ネットスーパー】で購入した制服を皆に渡すと、それぞれが喜びの表情を浮かべておる。

 そんな中で、ファビリアは少々困惑しておる様子じゃな。



「お父さん、お母さん、これは何? 服ならさっきも貰ったわよ?」

「これは店で手伝う用の制服じゃな」

「「「制服?」」」



 ワシの返答に、ファビリアだけではなくアイリとカイリも不思議そうな表情を浮かべた。

 制服、というものにあまりなじみがないのかもしれんのう。

 そう思ったところで、ヒサコさんが言葉を繋いでくれた。



「よかじゃろう? うどん屋はこういうので、みんな揃った格好をするのがよかとたい」

「「「へ~~!」」」

「皆で一緒の服を着て働くというのも、想像するだけで楽しそうです」

「そうね! ところで、お父さんだけ服が違うみたいだけど?」

「それはワシが厨房に立つからじゃな。お客さんの対応をする皆とは少しばかり違うのじゃよ。」

「そうさね。白いと汚れがすぐわかるじゃろ? いつでも清潔にして料理をするために、あたしたちとは違う服になっておるんよ」



 ヒサコさんの説明に、娘たちは感心した様子で頷いておった。

 その後、皆で制服に着替えてくるというので、ワシとヒサコさんの二人で待つことにしたのじゃが……。

 ワイワイ騒ぎながら歩いていく後ろ姿を見つめるヒサコさんは、どこか遠い目をしておった。



「幸せじゃな、タキヒコさん……。あの子達が幸せに大きくなってくれるなら、ワシらはどれだけ幸せ者じゃろうか」



 それはきっと、かつての世界で子を成すことができなかったヒサコさんにとって、何よりも幸せな光景で……。

 ワシはヒサコさんをそっと抱き寄せると、静かにその頭をなでるのじゃった――。


(――娘たちも、いつかは恋をして、愛を知って、この家を巣立っていくじゃろう。

 その時は寂しいと思うかもしれんが、それでええのじゃと納得もしよう。

 子供たちも、いつまでも子供ということはない。

 いつかは自分で羽ばたいていく鳥と同じく、巣立ったあとは、その後ろ姿を見守るのみ。

 それでも、親の持つ唯一の我儘として、心配くらいはさせて欲しいのう。

 でも、なんぞあったら戻ってくればよいとも思う。

 そのためにワシらが、親という者がおるんじゃからのう――)


「ただいまー! どうよ、お父さん! 可愛い娘たちのお出ましよ!」

「「おでましよー!」」

「もう、アイリとカイリまで。嬉しいのはわかるけど、ちょっとはしゃぎすぎよ?」



 賑やかな声と共に戻ってきた娘四人を笑顔で迎えた後は、ファビリアが家族になったことを記念して特大のホットケーキを焼くことになった。

 美味しいものを食べ、皆が笑うというこの幸せな時間が、いつまでも続けばいい。

 そう願ってしまうことは、きっと、罪でもなんでもなかったじゃろう。

 ――その幸せを壊そうとするものが、刻一刻と近づいている事に気づくことができなかったこの時のワシは、なんと愚かだったのじゃろう――。





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