第3話 タキヒコ夫婦、レアスキルに困惑する
ワシが貰ったレアなスキルは全部で5つ。
【ネットスーパー】【空間収納】【拠点】【車両選び】そして【汁の生成】じゃ。
【汁の生成】はその名の通り、手を翳して念じればうどんの汁が生成されるというものらしい。
「入れ物もない時に試してみるのは、なんだかもったいないのう……」
さすれば、これは後で試すとして、まずは【ネットスーパー】で買い物じゃろうな。
実のところ、ワシとヒサコさんはネットスーパーをよく利用しておった。
足が悪くなったせいで長時間の歩行は難しかったからの。
移動用の車も、年寄りの運転で事故が起きたという話をよく聞いていたこともあって、免許を返納するのと一緒に売ってしもうた。
もし自分たちの運転で失われるべきではない命……幼い命を奪う事があっては、死んでも死に切れんのじゃ。
多少苦労をしたとしても返納すべきじゃと……ヒサコさんと話し合って決めたのは、今でも間違いではないと思っておる。
その後は近所の人に使い方を聞いたり、勉強会を開いて貰ったりと、最初こそ慣れん事が多くて大変じゃったが、何とかネットスーパーを扱う事が出来るようになった。
今回ワシがこのスキルを頂いたのはその努力の賜物じゃろう――そう思いつつ詳しく調べていくと……。
「……この世界であっちの世界の銀行通帳なんぞ持っておっても、だーれも使わんわい」
ワシの口から零れた呟きに、ヒサコさんが不思議そうな顔をした。
一人で文字と睨めっこするのも億劫じゃし、わかったことから伝えていこうかの。
「どうやら、【ネットスーパー】ではこの世界の通貨でも、元いた世界から持ち込んだ物や通帳からでも、支払いができるとの事じゃ。先に入金だけしておけば後は欲しいものを選ぶだけというのも、わかりやすくていいのう」
「じゃったら、通帳の中身も半分くらい【ネットスーパー】に入れておけばええ」
「そうじゃな、そうするとしよう」
そう言って二人分の通帳の中身を半分ずつネットスーパーに入れ込み、まずは飲み物と、あんぱんを購入した。
座れそうな場所を探して、久しぶりの――ヒサコさんと二人での食事を始めた。
「ヒサコさんのその体でも、あんぱんが食べられて良かったのう」
「あたしゃ大の甘いもの好きやからねぇ……。また病院食じゃなくて甘い物が食べられるとは……これもタキヒコさんのお陰じゃ」
「ワシは何もしておらんよ? ただただ、ヒサコさんを死ぬまで愛し通しただけじゃ」
「あらまぁ、嘘でも本当でも、そんなに誉な事はありませんばい」
「ははははは!」
そう言って照れながら笑うヒサコさんは可愛い。
――本当に可愛くて、ワシは目が潤むのを悟られないように遠くを見つめ、手に持っていたあんぱんを入れ歯じゃない、本物の歯で深く噛みしめた。
「……ヒサコさんと一緒に食べる料理が、何よりのご馳走じゃな」
彼女に聞こえないようにして呟いた後、飲んだ牛乳から少しだけ塩味を感じたのはきっと気のせいじゃ。
「さて、この家に暫く住むにしても、何に金ば使うか分からんけんの。残りは節約して様子を見たい。寝床なんかは防災用の寝袋使えばよかばってん……どげんしようかねぇ?」
「【車両選び】は、どげんかとば使えるとな?」
そう言われたワシは、担当をしてくれたお嬢さんの言葉を思い出す。
手押しの屋台から、行商しよった時に使かとったトラックに、大きいモノじゃとバスまで出せるらしいという話をしていたのじゃが……。
「辺りの様子がわからんと何を出せばいいのか、見当もつかんのう……」
この一帯は廃墟しかないし、これまでに人の影すら見なかった。
一体ここはどういう場所なんやろうか……。
「ご近所さんでもおれば、聞いてみて色々わかるんじゃけどなぁ……」
「ご近所さん……。あたしが少し見てこようかね?」
「一人でか!? のう……今日だけはワシと過ごさんか……?」
「これから長い年月一緒におるんやけん、今くらいできそう事をしてこな! それにあたしゃ新しい世界ってのが気になるからね! タキヒコさんは危なかけん家におんしゃい!」
そう言い放つやいなや、すごい勢いで拠点を飛び出していったヒサコさん……。
「ヒサコさ――ん!」
本当にもう、こういう思い切りの良さはもう!
それで最後いつも問題起こして、ワシが対応するまでがセットじゃろうが!
まあ……その苦労も今思えば懐かしいモノばかりで……。
ヒサコさんは人の為に出来る事をする女性やけん……困ってる人がおったら見捨てておけんのじゃよなぁ。
思わず眉を寄せつつも、そんな妻を得たからこその人生やったんじゃと思い至り、ヒサコさんが帰ってくるのをおとなしく待つことにした。
「とりあえず、前の家にあったような家具をそろえておくかのう……」
――そして、家を片付けつつ待つこと1時間。
時計は腕時計があるくらいで、それが本当に正しい時間かもわからないのじゃから不安が募ってくる。
流石にそろそろ帰ってくるじゃろうと思ってソワソワしていると、戸を叩く音が聞こえた。
「ほいほい、ヒサコさん帰ってきたか?」
「うむ、ちと色々あってのう……」
「じゃろうなぁ……」
ヒサコさんが言いよどんでいるという事は、緊急事態、もしくはそれに近しい何かが起きたという事じゃ。
いつものことじゃが、本当に心臓に悪い……。
ドアを開けた時にワシの心臓が止まらぬよう覚悟を決め、改めて話を聞くことにする。
「色々には、どういうのがあるのか教えてくれるかの?」
「怒らんで聞いて欲しいんやけど……」
「うん? 言うてみ?」
「この子ら……お腹空いてるらしくてのう……放っておけんで連れ帰ってきてしまったんじゃが……」
「腹をすかせた子供を拾ってきたんか?」
「すまんタキヒコさん! でも放っておけん! 親もおらん言うんで、この街で生きていくのは無理じゃと思ったんよ!」
その言葉に小さく息を吐いたワシは戸を開け、怒られると思ってプルプルと震えておるヒサコさんを抱き上げるとその後ろに目を向ける。
そこにいたのは5歳と6歳くらいの姉妹で、不安そうな顔をしてワシを見上げている。
怖がらせてしまわぬよう、彼女らの目を見て優しく微笑み、2人に手招きして家に入れた。
「どれどれ、こりゃヒサコさん。ワシとヒサコさんで旨いもんを作ってやらにゃいかんぞ?」
「そ、そやね!」
「ヒサコさんが外へ行っておる間に、うどんを湯掻く道具と丼ぶりは用意してあるんじゃ。後はヒサコさんにうどんを用意して貰うだけじゃよ」
「分かった! まかしとき!」
ワシらが話を進めていると、大きな腹の音と同時に少女が声を上げた。
「あの!」
少し赤らんだ顔で何かを言いたそうにしておるが、まずはその空きっ腹をいっぱいにしてからじゃよ。
「ええからええから、ちょっと待っときぃ」
そう言うとヒサコさんを抱き上げて鍋のそばに連れていき、うどん生成の準備をしてもらう。
直ぐお湯が沸騰する程度にしておいた鍋に火をつけ、ボコボコとお湯が沸いてからヒサコさんにうどんを生成してもらうと――。
鍋に翳した手からドバっと、大体人数分であろう量のうどん麺が出てお湯の中に入っていった。
てっきり口からうどんが出るかと思っていたのじゃがのう……。
「良かったばい。口からうどんが出たらどうしようかと」
「そんなことはなかばい!?」
「いやいや、初めての事やけん覚悟しておかんと!」
そう言い合いながらもヒサコさんは子供達に手を洗う様に伝え、二人を連れて流し場に向かう。
既に泡石鹸も用意しておいた流し台で手を洗わせていたが――。
「このお家どうなってるの!?」
「この変なのひねったら水が出た!」
「ふぁっふぁっふぁ! 秘密のお家なんだよ~?」
「「すごーい!」」
姉妹の驚く声とヒサコさんの楽しげな声。
この様子なら怪我なんかの心配もなさそうじゃな。
「ほれほれ、手を洗ったなら座っておりなさい。もう直ぐうどんが湯掻き終わるからのう」
そう言ってちゃぶ台の前に座らせた2人とヒサコさんに、ワシは笑顔で頷くと丼ぶりを並べる。
頭の中で「出汁生成、出汁生成……」と念仏のように必死に唱えると、丼ぶりを囲むように魔法陣が現れ、中に熱々の汁が注がれた。
量はどうやら器によって自動調整されるらしく、ちょうどいい塩梅になったところで魔法陣が消える。
不思議じゃが、なんともありがたいのう。
そう思いつつ同じものを人数分用意すると、茹であがった麺をザルに流して湯切りをし、そのまま一人ずつにうどんを分けて素うどんを作りあげた。
「子供らはこのままじゃ熱くて食べれんじゃろうから、お椀に温めのお出汁を生成……。よし、次にフォークが必要じゃな」
各人の前にうどんの入った丼と、子供たちには温めの汁の入ったお椀も並べる。
丼からお椀にうどんを取り分けてやり、姉妹にフォークを手渡すと、二人はキラキラした目でお椀を見つめておる。
きっと、ここは子供が飢えるような世界なんじゃろうな……。
ヒサコさんが二人を放っておけなかったというのも頷ける。
「では二人とも、ワシ等の真似をしてくれんかな? 手と手を合わせて?」
「「はい」」
「頂きます」
「「「いただきます」」」
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