第19話
30分前―
頼まれた買い物は、醤油や牛乳など重たい物ばかりだ。
「ったく、いつも重いものは押し付けてくんねんよなぁ」
ぼやきながら歩いていると、向こうの通りで私服姿の
ただ買い物に来ただけかな?と思い、通り過ぎようとしたが前回のことがあったので、見守ることにした。
向こうの通りに渡す横断歩道がこの先にあるので、そこで渡って声かけるかとか思っていたら、見たくもない男が梨央に手を振っている。
待ち合わせ場所で梨央がぺこりと頭を下げている。
どうやら待ち合わせをしていることは間違いないようだ。
動揺してバクバクする心臓を押さえつつ、奏汰は二人の後をついていった。
何を話しているかはわからないが、会話はしているようだ。
笑顔は見せていないものの、梨央の対応が教室でのやり取りのような冷たいものではない。
“あれだけ毎日イケメンに言い寄られたら気持ちも変わることがあるかもしれんなぁって思ただけや”
誠が言っていた言葉が頭の中で再生される。
(そんなのありえない・・・はず)
でも目の前で二人がデートをしているのは間違いない。
2人はファミレスに入っていく。
奏汰もバレないようにそっとファミレスへ向かった。
ファミレスでは、参考書を広げ、何やら藤志朗が梨央に教えてもらっているようだ。
(あの席は俺の席やのに・・・!)
そんな思いも届かない。
やがてわからない問題も解決したのか、2人でランチを食べている。
会話が弾んでいるようには見えないが、何か話しているのはわかる。
その内に食事を終え、ファミレスを出ていく。
奏汰はコソコソ隠れながら、さらに二人の後を追った。
次はカフェに入っていく。
食後のコーヒーでも飲む気だろうか。
奏汰は財布とにらめっこしながら、カフェに入ると店で一番安いオレンジジュースを頼んだ。
そこでも先ほどと同様に藤志朗が梨央に話しかけ続け、梨央は少し返事をしている様だ。
梨央が楽しんでいる様子はない。
それならばどうして?という気持ちになるが、今出ていくのは違う気がする。
梨央が誰と会おうが自由だ。
奏汰に何を言う権利はないのだ。
オレンジジュースを飲み終え、8杯目の水を飲み切ったところで、また二人が動き出した。
2人は店をでると、藤志朗がタクシーを呼び止め、そのまま去っていった。
財布の中をみて、これ以上追いかけるのは無理だとわかった。
(どういうことやねん・・・)
家に帰って、牛乳がぬるくなっていると母親に激怒されている間も、モヤモヤしてずっと二人の歩く姿が脳裏から離れなかった。
翌日は土曜日で学校はない。
梨央の様子を知りたいが、学校がない以上は知りようがない。
奏汰は、ベッドで横になりながら天井をみる。
ぼんやりしていると、2人が並んで歩く姿を思い出してきて、イライラしてくる。
「あぁぁあ」と声を出すと、「うるさいわ!」と母親に怒られた。
試験も近いし、勉強でもするかと、机に向かってみても落ち着かない。
(散歩でもするか・・・)
愛犬のきなこをリードにつなぐと、外に出る。
夏も近づいてきて、動くと暑い。
きなこは嬉しそうに尻尾を振りながら、いつもの散歩コースを歩く。
外の空気を思いっきり吸うと少し気持ちが晴れるような気がする。
「市川?」
振り返ると、小春が立っていた。
「きなこ~久しぶりやなぁ」
「なんか浮かない顔してるなぁ」
「・・・別に」
小春は、「あっそ」と言って、しゃがんできなこに撫でながら「じゃあきなこ、今から私の散歩に付き合ってくれん?」と声をかけると、「ワン」ときなこが嬉しそうに返事をする。
「ってことやから、ついでに市川もきたら?」
「ついでに、ってきなこだけ行かるわけにいかんやろ」
小春はきなこのリードをひょいっと奏汰から取り上げると、「さっさと行くで」と歩き始めた。
ついたのは近所の山だ。
子供の頃、何度か遊びに来たことがある。
登山道と書いてあるが舗装されていて、大した高さもないので、昔は子供たちの遊び場だった。
「この時期、蚊がおるんが困るんやけどな」と言いながら、小春は奥へ入っていく。
「どこいくねん」
2人の後をついていくと、神社にでた。
「懐かしいなぁ」
思わず、奏汰がいうと、「せやろ」と嬉しそうに小春が答えた。
昔ここでドロケイとかかくれんぼをした。
なぜかいつも鬼だったなぁとかほろ苦い思い出も思い出してしまった。
「で、この先なんやけど」
神社の裏を少し行ったところに川が流れている。
透明度の高い澄んだ水が流れている。
流れもカーブがあるせいか穏やかだ。
小春は川の近くにある大きな石に腰をかけると、靴を抜き始めた。
「なにすんねん?」
「足、つけてみ。気持ちいいから」
小春に促されて、奏汰も足をつけてみる。
「ひっ・・・」
山からの湧き水だからだろうか、少し冷たいが慣れてくると気持ちいい。
神社の大きな木が影になっていい感じだ。
きなこは川に足先をつけたり、出したりしている。
「この場所、最高やろ?」
「あぁ。よく知ってたな」
「子供の頃から知ってたんやけど、親に絶対川には近づくなって言われてたから誰にも言わんかってん」
そう言いながら、小春はばしゃばしゃと足をばたつかせた。
「こうやってのんびりしてたら、気持ちも晴れるやろ?」
息を吸うと、綺麗な空気が身体中に入っていく感覚がする。
静かでただ風の音や遠くに鳥の鳴き声が聞こえるだけだ。
「・・・ほんまやな。なんか落ち着いてきた」
奏汰がそういうと、「良かった」そう言って小春が笑った。
かわいい八重歯がちらっと見える笑顔に、奏汰は不覚にも少しドキッとしてしまった。
「今日はありがとな」
「ええよ、別に。私はきなこと遊びたかっただけやもん。なぁ、きなこ?」
きなこはタイミングよく「ワン」と吠えた。
「じゃあまた学校でな」
「うん、じゃあね~きなこ」
「お前なぁ~・・・」と言おうとすると「じゃあね!」と小春は小走りで去っていった。
「きなこ、帰えるか」
きなこに声をかけると、きなこは「くーん」と草むらの方を見たが、「さ、いくで」と奏汰は引っ張っていった。
草むらの奥には、梨央がしゃがんで隠れていた。
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