第16話
体育祭は順調に進んでいった。
午前の部が終わり、昼食を挟んで午後の部が始まる。
配られた今日の体育祭のプログラムを見ると、午後は借り物競走と騎馬戦、そしてリレーとなっている。
午後の部が始まり、借り物競走が始まる。
うちのクラスは誰が出るのかなと思っていたら、
パーンという空砲が鳴り響き、一斉に生徒が走り出す。
莉央は朝練の成果なのか1番だ。
網をくぐったり、ケンケンパをして、借り物のが書かれた紙にたどり着く。
その瞬間、莉央は戸惑った顔をして、オロオロしている。
(どないしたんやろ)
他の人もどんどん借り物を探しに駆け出している。
莉央とばっちり目が合う。
すると莉央が奏汰に向かって走ってくる。
「えぇ!?なんや!?」
「…ついてきて」
小さな恥ずかしそうな声が聞こえる。
莉央に腕を掴まれ、ゴールに向かって走り出す。
2人でトラックを走り出すと、会場がどよめく。
雪女と呼ばれたクールな学校1の美女とクラスで目立たない男が手を繋いで(正確には腕を掴まれて)走っているのだから、当然なのかもしれない。
あっという間にゴールテープを切る。
ゴールした後、借り物が何だったのか莉央に尋ねたが、「そ、それはその…なんだったかな」とはぐらかされ、詳しく聞き出そうとしたが、席に戻るように教師に促されてしまった。
(俺はなんやったんや?)
答えが見つからぬまま、時間は過ぎ、騎馬戦が終わると、いよいよ次はリレーである。
出場者の集合場所に行くと、莉央ももちろん集まっている。
「大久保さん、結局借り物競走は何て書いてあったん?」
輪から少し離れて小さな声で話しかけると、「あ、えーっと、何だったかなぁ?」と莉央は誤魔化して答えてくれない。
「気になるんやけど」
「いや、そんな別に…」
そんな会話を莉央としていると、「ちょっと!」と
「何してんの。このリレーで勝敗が決まるんやで。気合い入れてや!」
そういえばそもそも体育祭で活躍しなければ、世界の崩壊に繋がる、つまり勝てば莉央との距離が近づくのだということを奏汰は思い出した。
(やるしかない…)
パーンと再び空砲が轟き、第一走者が一斉に走り始める。
全クラス横並びだ。
そして第二走者にバトンが渡る。
小春が走り始める。
小春も運動神経が抜群なので、一気に追い抜いて先頭で走り続ける。
そのまま第三走者へバトンが渡る。
第三走者も必死に順位をキープし続けて、莉央のところにバトンが渡る。
奏汰が教えた通りにフォームをキープしながら走っていく。
順位はもちろん1位のままだ。
奏汰まで、
3m…2m…
奏汰もゆるく走り始める。
その瞬間、バタンと音がして振り返ると、莉央がこけている。
どんどん後ろから他のクラスが抜いてくる。
莉央が痛そうにしながら立ちあがろうとしている。
助けに行こうとして、足を止めた。
莉央は自分でここまで来たいのだと感じた。
起き上がって足を引き摺るようにして、バトンを奏汰に渡す。
「ごめん…」
莉央の弱々しい小さな声が聞こえた。
「任せろ」
奏汰はバトンを受け取ると、思いっきり加速して走り出した。
「さすが、足が速いのだけが取り柄なだけはあるなぁ」
「藤沢、俺とは何かいらんことを言わないと話せんのか?」
体育祭の片付けをしながら、小春と話していると満面の笑みで誠がやってきた。
「俺がいちばーん」とはオリジナルソングを口ずさんでいる。
「篠田、あんた嫌味やな。うちだって優勝してもおかしなかったやからな」
小春が怒ってもどこ吹く風という感じで、ニタニタしている。
「あんたのクラスが一位とったかて、篠田がモテるわけないやろ。あのピンチの場面で2位まで追い上げた市川の方がよっぽどカッコいいわ!」
小春はそこまで言うと、顔を赤らめて、「べ、別に大久保さんがコケるまでは1位やったんやし」と言ってぷいっと顔を背けた。
「あ…」
小春の視線の先には、莉央が立っていた。
足の怪我が痛々しい。
「私の、私のせいで、ごめんなさい」
莉央は深々と頭を下げると、そのまま走って去ってしまった。
奏汰が走って追いかけてようとすると、「私、そんなつもりじゃ…」と小春の落ち込んだ声が聞こえた。
「わざとじゃないのはわかってる」
奏汰はそういうと、莉央を追いかけた。
莉央は校舎裏の花壇に腰掛けていた。
「大久保さん」
「市川くん…」
「気にすることないで。コケるくらい誰だってあるんやから」
「でも私のせいで優勝できなかったし…朝あんなに教えてもらったのに」
よほど悔しいのか目に涙が浮かんでいる。
「別に大したことじゃない。優勝なんてしなくても、俺は楽しかった。今日走れたのもやけど、朝練一緒にしたのも楽しかった。大久保さんは?」
「…楽しかったよ」
「ならいいやん。体育祭で勝つより楽しむ方が勝ちやと思わん?」
「うん…」
「あと藤沢の言ったことなんやけど」
「…わかってる。わざとじゃないよね」
「良かった。あいつも反省しとったから許したってくれ」
「うん」
パラパラと雨が降り出した。
「うわ、雨や」
校舎へ走ろうとして、莉央が足を痛めてるのを思い出し、莉央の前にしゃがんだ。
「早く乗って」と奏汰言うと莉央は躊躇いがちに乗っかった。
小走りで校舎に向かう。
じんわりと背中が温かくなる。
莉央の温もりを背中に感じる。
「あのさ、借り物競争って結局なんやったん?」
「…な人」
「え?」
「学校で1番仲良い人…」
莉央の小さな声が耳元で聞こえる。
耳が熱い…
校舎に入って莉央を下ろすと、「ありがとう」という莉央に背を向けたまま、「こちらこそありがとう」と奏汰がつぶやいた。
雨音が激しくなり、聞こえるかわからないほどの声の大きさだったが、莉央の顔はピンクに色づいていた。
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