霧に獣がひそむ
犬森ぬも
一、霧の別荘にて①
一
薄暗い朝、病と死の匂いが漂う部屋で妹が眠っている。
繊細な彫刻をあしらわれた漆喰の天井、淡い小花柄の壁紙、上品な象牙色のカーテン、優美な造りのウォールナットの家具たち。古びた別荘の中でもっとも明るい雰囲気のここを、彼女が療養する部屋にしたのだ。
セオドアは音を立てないように窓辺のベッドに近づき、天蓋を覗いた。
双子の妹のエレナはもちろんセオドアと同い年だが、病に冒された体は目を背けたくなるほどに痩せ細り、肌も唇も蒼白く透きとおっている。ひどく年老いたようにも、飢餓状態の子供のようにも見えた。ほんの少し前まで彼女の物憂げで神秘的な容姿は、求婚者と信奉者が絶えなかったというのに。
耳を澄ますと小さな寝息が聞こえてくる。胸がかすかに上下しているのを見て安堵した。痛みや苦しさを感じている様子はなく、よく眠れているのに起こすわけにはいかない。部屋を出ていこうとしたが、ふとシーツの端についた血に気がついた。
ぽたりぽたりと滴り落ちた痕だ。昨夜、様子を見に来た時にはなかった。エレナの手足を確認しても怪我をしている様子はない。まさか血を吐いたのかと、思わず息を呑んだが血がついているのはシーツの端だった。体を起こす体力がない彼女が吐血したなら、血は枕元についているはずだ。口元も汚れていない。
部屋の扉がノックされる。その音は小さく、眠っているエレナに配慮しているものだった。セオドアが扉を開けるとメイドが立っている。
「旦那様、よろしいでしょうか……」
「ああ。私も聞きたいことがある。昨夜、エレナを看ていたのは誰だろうか?」
血痕について聞きたいのだ。
「それが、その子が……」
そこでようやく気づいた。メイドの唇が凍えているかのように震えている。
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