僕はライトノベルの主人公
寺場糸/角川スニーカー文庫
プロローグ
これは、本編中における、とある一幕である。
プロローグといえば、読者へ《物語》の第一印象を提供する非常に重要なシーンだ。
いわば、入学式初日に行われる自己紹介。
または、短距離走におけるスタートダッシュ。
もしくは、映画におけるオープニング。
世界観、設定、キャラクター、その他諸々のファクターを漏らさず盛り込みつつ、冗長にならないよう圧縮してお届けする、最初からクライマックスな超重要場面。
そんなプロローグは、本作においては、次のような場面から始まる。
誰からも完璧美少女だと評される《メインヒロイン》、高嶺千尋が、学校の図書室にて夕焼けの光を浴びながら優雅に読書をしていた。
彼女は一冊の文庫本のページをぱらりとめくる。ほとんど結末に差し掛かっていた。
ああ、アオハルの予感を感じ取った読者へ向けて、勘違いしてほしくないから最初に言っておくけれど。
この作品のジャンルは甘酸っぱい青春ラブコメなんかじゃなくて、割となんでもありな、メタフィクション・コメディだ。
★
「やぁ、高嶺さん」
高嶺さんが本を閉じたタイミングを見計らい、僕は向かいの椅子から声をかけた。
さっきまで浸っていた《物語》の世界観から抜け出すように、彼女は一呼吸置いてから、僕に顔を向ける。
相変わらず美の粋を尽くしたみたいな綺麗な顔だったが、僕も随分と慣れたものだ。そこまで緊張を感じない。
「手塚くん。本当に来てくれたのね」
そう、僕の名前は手塚公人。
なんの因果か、このライトノベルの《主人公》に選ばれた、しがないダンゴムシ系高校生だ。
「そりゃあ来るさ。他でもない君の頼みだからね」
「それは、私が《メインヒロイン》だから?」
「いいや。肩書なんて関係ないよ。僕はただ、苦しそうにしてる君をなんとかしたくて、ここに来たんだ」
我ながら歯の浮くような台詞だとは思うが、本心なので仕方がない。
「それで、読んでみてどうだった?」
僕は、彼女が今しがた読み終えた本の感想を尋ねる。
すごく微妙な顔をされた。
「そうね。やっぱり、完璧からは程遠い作品だと思うわ。題材が独特だから、ニッチな需要はありそうだけれど」
「それはその通りだと僕も思う。自分で書いといてだけど、改善点は挙げたらキリがない。でも、」
僕はきっちり言葉を区切って、強調表現の場を整える。高嶺さんにも読者にも、僕の言いたいことが伝わるように。
「でも、今の僕にできる精一杯が、これなんだ。決して完璧ではないけれど、最善は尽くせたと思うよ」
「そう、かもね」
名残惜しそうではある。けれども高嶺さんは顔を上げて、僕を見る。目が合う。よかったと思った。口元にはいつものアルカイックスマイルが浮かんでいたからだ。
決して、押し付けられた作り笑いなんかではなかった。
「それにさ。やりたいことがあるんなら、これから実行していけばいいんだよ。僕らの《物語》はまだ始まったばかりなんだ」
作品が打ち切られる時の常套句ではあるけれど、今の僕の立場からすればこれは心からの決意表明だ。そう簡単には終わらせてやるものか。
「だから、プロローグはこのくらいにして、読者に本編を読んでもらおうよ。帰ろう。高嶺さん」
僕は彼女に手を差し伸べる。
「うん」
天使のような高嶺さんが、僕の手を取る。
僕らは決して離れてしまわないように互いの手をしっかりと握りながら、図書室を後にした。
☆
彼らの《物語》は、ここから始まる。
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