下げ坂の上り首

タハノア

下げ坂の上り首

あれを見たのは、小学生の夏休みのことです。


毎日のように、僕は従兄弟の家に自転車で遊びに行っていました。道中には「下げ坂」という坂があり、そこを通る度に、ひんやりした空気と湿った森の匂いが漂い、どこか不気味な場所でした。地元の大人たちからは、この坂の上にはかつて処刑場があり、そこから転がり落ちた首の話をよく聞かされました。坂を登る度、その話を思い出して少し足を速めていたのを覚えています。


その日は夕方遅くなり、日が沈んでいました。僕はいつものように自転車を押して下げ坂を登ろうとしていました。途中、道の真ん中で潰れたカブトムシを見つけ、少しだけ立ち止まりました。その姿に不快なものを感じながらも、再び自転車を押し始めました。


その時でした。背後から低いうめき声が聞こえてきたのです。


「ううう……

 ううう……」


最初は耳を疑いました。風の音かとも思いましたが、声は確実に僕の後ろから近づいてきていました。慌てて急ぎ足で坂を登ろうとした瞬間、足がもつれて転んでしまい、自転車ごと地面に倒れ込んでしまいました。


その時――


「ううう……」


うめき声が、僕の横をゆっくりと通り過ぎていったのです。

その声の主を目で追うと、そこには血に染まった男の生首がありました。


生首は、不自然なほどゆっくりと回転しながら、坂を登っていきます。


ゴロ……ゴロ……


「ううう……」


転がる度に、首の髪が地面を擦り、小石を巻き込みながら進んでいきます。

口が地面に触れる瞬間だけ、うめき声が途切れ、離れるとまた、


「ううう……」


と苦しげな声が響き始めます。

その奇妙で一定のリズムが、薄暗い森の中で反響し、首はまるで何かに導かれるように、ひたすら坂の上を目指していました。


僕はその場に立ち尽くし、恐怖で体が硬直してしまいました。首は、一体どこへ向かおうとしているのか。坂の上には今は何もないはずだが、かつて処刑場があったと聞かされていたことを思い出し、全身が震えました。


やがて、生首は坂の上に消えていきました。


その夜、僕は従兄弟の家に駆け戻り、一言も話せないまま、そのまま泊まることになりました。




それ以来、僕は下げ坂に近づかなくなった。


夜になると時折、あの坂の方から遠く聞こえてくるような気がする――あの、うめき声が。

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