ギャルゲー転移 ~ヒロイン全員から嫌われているデータを遊びで作ったら怒った主人公にゲームの中に引きずり込まれました~

柿名栗

第一話 俺、引きずり込まれる

 「ふぅ……」


 明け方――。


 窓の外がゆっくりと白んでいく中、俺、義矢留芸夢ぎやるげいむ(二十歳男)は一人、自室で満足げなため息を漏らす。


 32インチのテレビ画面に映っているのは、とある美少女ゲームのエンディングシーン。

 誰とも結ばれることなく、悲しい青春を送ってしまった男の後悔を歌った、切ない曲が流れている。


 俺が今クリア……まあ、バッドエンドなのだが、クリアしたのは【どぎまぎマテリアル】(通称どぎマテ)である。少し古いゲームだが、お気に入りの作品だ。


 このゲームは主人公の学力や運動値などを上げつつ、七人のヒロインたちとデートを重ね、好感度を上げていき、卒業式に女の子から告白されることを目的とした美少女ゲーム、いわばギャルゲーである。


 俺はこのゲームをもう何度クリアしたかわからない程にやり込んでいる。

 電話縛りプレイや、ダイナマイト放置プレイなど、できることは大体やったつもりだった。


 しかし、一つやり残したことがあったのだ。それは、全ヒロインから嫌われる最低男エンド。


 デートはすっぽかし、傷ついた女の子もケアすることなく放置してダイナマイトを発生、爆発させ、デート中の選択肢も明らかな地雷を踏みぬいていくプレイ。

 普通の人なら良心がとがめてこのような遊び方はできないだろう。実際俺もそうだった。


 だが、こうした遊び方も網羅しておかないとマテラーを名乗れないと感じた俺は、心を鬼にして、鬼畜プレイを遂行したのだ。

 そして今。ようやく今。その物語が終わりを迎えたのである――。


 俺は床に仰向けに倒れ込み、バッドエンドの曲を聴きながら天井を眺める。

 もう明け方だというのに、不思議な高揚感に包まれた俺の体は、まだ眠りを求めていなかった。


「……でもま、寝ないとな」


 明日……いや、今日は夕方からバイトが入ってる。

 バイト仲間の【菱洋治びしようじ】君にこの偉業を報告したら、きっと讃えてくれるに違いない。会うのが楽しみだ。


 身を起こし、ゲーム機の電源を消そうとしたその時、異変は起こった。

 すでにエンディング曲を終え、タイトル画面に切り替わっているはずのゲーム画面が、止まっているのだ。

 画面の中では、薄暗い部屋の中で肩を落とし、こちらに背中を向けながら、小さなスポットライトを浴びた主人公の哀愁漂う姿が映っている。

 バグったか? と思ったのだが、スポットライトの明かりがチラついているのでそういうわけでもなさそうだ。


 まさか、隠しエンディングか?

 こんなプレイをするやつは他にいないだろうから、俺が世界で初めて特殊エンドを発掘してしまったのだろうか? と、そう思った瞬間。


「……よくも、俺の人生を台無しにしてくれたな」


 今までゲーム内で一度も聞いたことのない、恨みがましい声がテレビの中から聞こえてきた。

 全身に鳥肌が立ち、思わずテレビから後ずさる。


「この辛い気持ちを、お前にも味わわせてやる」


 テレビ画面の中の主人公がゆっくりとこちらを振り向く。

 そこには、鬼の形相で血の涙を流しながらこちらを睨みつける男の姿があった。


「コッチニ、コイ」


 画面いっぱいに男の手が広がっていく。そこで俺の意識は途絶えた――。


♢ ♢ ♢ ♢


「うっ……」


 目を開ける。俺は眠っていたのか?


 身を起こすと、俺はベッドの上で寝ていた。目を細め、周りを見回す。


「……どこだ? ここ」


 部屋の広さは似ているが、置いてある家具や机、ベッドや窓の位置、全てが俺の部屋と違っている。

 しかし、なぜだろう。一部にものすごい既視感を感じる部屋だ。


 その既視感の原因となっている窓をもう一度見る。すると、俺はあることに気づいた。


「ここは……主人公の……部屋?」


 そうだ。ここは、どぎマテの主人公の部屋だ。窓の手前に学習机が置かれ、電話の子機が置いてある。

 窓の外に見えるのは、幼馴染のヒロインが住んでいる家だ。窓の形状もカーテンの色もゲームと一致している。

 えーと、あれだな。これ、夢だな。そうだ、ちょっとここ最近はどぎマテの事ばかり考えていたからとうとう夢にまで出てきてしまったんだな。それ、ぎゅーっと。

 ほっぺたをつねってみるがとても痛い。


(そこは夢じゃない)


 どこからともなく聞こえてきた声に、体がビクンと弾ける。

 この声は、俺が意識を失う直前に聞いた、あの声だ。


「ど、ど、どういうことだ」


 どもりながら、謎の声に問いかけてみる。


(左の壁際に全身鏡が置いてあるだろう。見てみろ)


「か、鏡……?」


 言われたとおりに壁を見ると、縦長の全身鏡が置いてある。

 俺は慎重に立ち上がると、恐る恐るその鏡に近づいて行った。すると、そこには見知らぬ男の姿が映っていた。

 いや、俺は知っている。この男の着ている制服、そしてちょっとボサついた茶色い髪の毛を。


(そこは【どぎまぎマテリアル】の世界。お前をそこに引きずり込んだのさ)


「引きずり……込んだ?」


 改めて部屋を見回してみる。奥のドアと左右の壁は初めて見る感じだが、窓際の景色はやはりどう考えてもゲームで嫌というほど見た主人公の部屋の画面だった。


「どうして……そんな事を?」


(女の子達に嫌われる悲しみを、お前にも味わわせてやろうと思ってね。右側の壁にカレンダーがあるだろう。ちょっと確認してみろ)


 壁に目をやると、確かに日めくりカレンダーがかかっている。日付を見ると……え?二月二十二日? これ、卒業式の一週間前?

 

 どぎマテの卒業式は三月一日の月曜日。この日に女の子から告白されることを目標にゲームを進めていくのだが、どうやら今はその一週間前のようだ。


(一週間の間に、誰かを攻略してみせろ。それが出来なければお前は元の世界に戻ることはできない)


「は、はぁ!?」


 攻略、ということは、俺はどぎマテの主人公になっちゃったって事か? ちょっと待て、このデータってもしかして……。


「待ってくれ。このデータは、女の子の好感度はどうなってる?」


(もちろん全員最低だ。お前の作ったデータだからな)


「う、うそだろ!? この状態から一週間で告白されるなんて無理だ!」


 好感度最低の状態から告白される状態まで持っていくのにはそれなりの時間がかかる。

 それに、この時期にデートに誘おうと電話をかけても、誰も出ない。卒業式の前日は休日だが、その日は誰も自宅にいないという設定だからだ。こんな状態から何ができるっていうんだ。


(それじゃ、せいぜい頑張ってくれ。俺はもう消えるからな)


「ま、待ってくれ! 話し合おう。落ち着いて、話し合おうじゃないか!」


(次に俺たちが言葉を交わすのは誰かの告白を受けた後だ。自分が作った状況の責任を、自分で取ってみせろ。じゃあな)


「ちょっと! おい!」


 …………。


「おーい」


 …………。


 だめだ、どこかへ消えちまったらしい。あと一週間で誰かを攻略? そんな事できるわけないだろ。やっぱこれは夢だ。悪い夢なんだ。ほっぺたをもう一度つねってみるがとても痛い。


「今は……午後三時か」


 とりあえず、ここが本当にゲームの世界なのか確認してみよう。部屋を出て、階段を下りる。

 どうやら今、この家には俺だけしかいないようだ。

 そういえば主人公の家族は、ゲーム中に出てくることは一度もないんだよな。卒業まで俺、この家に一人きりなのか?


 玄関に揃えて置いてあった茶色いサンダルを履き、ドアを開け、外に出る。すると、目の前にゲームでよく見た風景が広がっていた。


「あれは……長菜おさなの家」


 【なじみ野長菜のおさな】。どぎマテヒロインの一人。

 主人公の幼馴染で、向かいの家に暮らしている。その長菜の家が、今、目の前にあることに俺は感動を覚えていた。


「マジか……」


 どうやら俺は、本当にどぎマテの世界に入り込んでしまったらしい。

 わずかに残っていた、ここが現実なのではないかという疑念は完全に消え去ってしまった。


 家の門を出て、左右を見渡す。

 ゲームでは出てこなかった見知らぬ道がずっと遠くまで続いている事に感動を覚える。


「……ちょっと散策してみようかな」


 せっかく死ぬほどやり倒したゲームの世界に入り込んだのだ。少しくらい楽しんでみてもバチは当たるまい。

 そう思い、右の方向に足を向けた時だった。道の先から、誰かがこちらに歩いてくる。


「あ……あ、あ、ああ……」


 赤色のショートヘアー。紺色のブレザーに胸元の赤いリボン。紫が主体のチェックのスカート。短めの白い靴下に茶色のローファー。間違いない。あれはなじみ野長菜だ。長菜が俺の方に向かって歩いてくる。

 すげえ、本物だ。めっちゃ可愛い。休日なのになんで制服を着ているんだろうか。俺もだけど。

 ……あ、そうか、部活だ。この世界では部活に引退なんてないからな。授業も卒業までみっちりあるし。


「……」


 俺のぶしつけな視線を無視し、無言で自宅の門をくぐり、玄関のドアノブに手をかける。


「あ、あの……」


 声をかけると一瞬動きが止まったが、すぐに荒っぽく玄関のドアを閉め、中へと入って行ってしまった。


「う……うはぁ……」


 気づくと、変な声が漏れていた。


 長菜はどぎマテのヒロインの中でも上位人気のキャラ。その長菜が今目の前を通ったのだ。感動しないはずがない。

 だが、やはり相当に嫌われてしまっているようだ。それに、一つ気づいたことがある。いや、気づいてしまった、と言うべきか。

 ……そう、俺は女の子にまともに話しかけることができない。

 大体、現実の女の子に相手にされないからギャルゲーなんてやってるわけだからな。ギャルゲーマーなんてみんなそんな感じだろう(偏見)。

 果たしてこんな調子で最低好感度から誰かを攻略するなんてできるのか?


 部屋に戻ると、俺は受話器を手に取った。机の上にはヒロインたちの連絡先が書いてある。

 今できることは、とにかく電話をかけるしかない。ゲームでは休日の朝にしかかけられない電話だが、ゲーム内を自由に動けるこの状況なら、もしかしたら繋がるかもしれない。

 俺は手始めに、長菜の番号を入力した。今帰ってきたばかりだし、家にいるはずだからな。


「トォルルル、トォルルル、トォルルル……ガチャッ。はい、なじみ野です」

「あ、あの、お、おれ……」

「ガチャッ。ツー、ツー、ツー」


 俺は床に倒れ込んだ。だめだ、取り付く島もない。ゲームでは、不機嫌ながらも一応会話を続けてくれるのだが、対応が現実寄りになっている。

 くそ、どうしろってんだ。そもそも、誰も攻略できずに卒業式を迎えたら、一体何が起こるんだ? なんかもう、適当に過ごしてればそのうち帰るんじゃないだろうか。頭の中であれこれ考えてみるが、うまくまとまらず、ダラダラしたままその日は過ぎて行った。

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