第24話

 沖常紺が勝手にライバル視しているプレイヤーがいる。その名は伊周、イシュウと読むのではなくコレチカと読むと知ったのは伊周にタイマンを挑まれ、一撃で敗れた後だった。

 辻斬り伊周、高ランク帯のプレイヤーに誰から構わず決闘を挑みほぼ一撃で殺している。そして、一度戦った相手とは自分からは戦わず、戦うのは向こうから再戦のために決闘を挑んだ時だけである。

 そして、沖常紺もその敗戦から何度も戦いを挑み負けたプレイヤーの1人であった。


「まさか、こんな所でまた剣を交えれるとはねぇ!」


 そんな因縁な相手が、モリゾウ班に居たのだ。


「何だ?

 ジェーンの知り合い?」

「コレチカだっつーの。

 知らないよ。私に挑んで負けた1人でしょ?」

「へー

 お前のファンかと思ったわ。同じ色だし」


 モリゾウが沖常紺のトレードカラーたる白い和装を指さした。そう、沖常紺が伊周に執着するのもこの色にある。

 お互いのトレードカラーが被っており、何なら伊周よりも先に白をモチーフにして活動していたのだが、後発の伊周が目立ってしまったが故に沖常紺よりも伊周の方がこのウルトゥルでは有名なのだ。

 白といえば辻斬り伊周、そんなイメージが強くまた、Vtuberにあまり興味がない者が沖常紺を見ると“その格好は辞めた方がいい。高名が高い奴が全身君と同じ色だ”と忠告してくれる程だ。


「僕は沖常紺!

 一応Vtuber界で知らない人は殆どいないと思うんだけどなぁ!?」


 沖常紺の言葉にモリゾウは首を傾げ、それから背後に居たショットガンを持ったネクロマンサー、アンダースリーを見た。


「知ってる?」

「し、知ってる!!

 沖常紺!めっちゃ有名!」


 大興奮だった。


「沖常さんの相手、我々でやらせて下さい」


 そして、アンダースリーのさらに背後にいたVtuber達が前に出て来た。彼等の目的でもあるのだ。沖常紺は一瞬ムッとした表情を出しそうになって堪える。


「私は良いよー

 本来は君達がメインだし」

「俺もー

 つーか、俺の相手どー見てもそっちの劣化版ジェーンじゃなくてクアトロとマガトでしょ」


 BARを腰に構えたクアトロ・セブンとHK45を握ったマガトは律儀に待っていた。彼等としても脱出組が逃げれば良いので向こうからわざわざ足止めしてくれるなら何の依存もない。

 テンチョーやトドマンならこうは行かない。初手戦闘になる。他の所でも既に戦闘が始まっており剣戟や爆発音、喚声、銃声が聞こえる。


「んじゃ、ジェーンと俺はアンマテフリークと慇懃クソメイドやるから、お前等そこの劣化版ジェーン任せたぞ。

 やったれ下剋上!」

「「「イザ本能寺!!」」」

「何その掛け声?

 あと、こっちでは伊周だって!!」


 モリゾウの掛け声に謎の返しをしたマイナーVtuber達が武器を抜いて沖常紺の前に展開する。沖常紺はマガトとクアトロ・セブンを見た。2人はそっちは任せたよと告げる。


「早く来て下さいまし。

 我々が2人を倒してしまうので」

「ふざけんな。

 色物2人に俺が負けるわけねーだろ!アンダースリーはこいつ等の援護してやれ。ぶっ殺してネクロマンシーして他の仲間と戦わせるんだよ」


 凄まじく外道な発言をサラッとしながらモリゾウ達はあっちでやるからと去って行った。


「沖常紺、後でサインとスクショお願いします!」


 アンダースリーのその謎の開始合図と共に他のVtuber達が切り掛かって来る。ある程度の連携は取れている。しかし、基本的なレベルが低いのか動きの緩慢さが目立つ。

 沖常紺の職種は武士であり、サブにサムライを取っている近中遠全てにバランス良くかつ高位に信頼出来るアタッカー枠だ。

 武士は刀、槍、弓矢、薙刀、乗馬等に高い適性がある職種で騎士系と違って魔術や呪術の適性が低い。サムライは刀特化で居合に始まり上段、中段、下段、八相等の様々な刀の技を習得しつつ、何故か魔術の適性が高い。

 なので、武士とサムライを取ると武士なのに魔術のみ扱えると言う不思議な現象が起こる。また、両方の職種に共通するのが“気”の概念があり、これは自分のみに掛けられるバフだ。

 他にモンクや拳法家と言った中華系和風系の職種なら基本的に持っている物であり、この気とサムライの魔術、武士の汎用性の高さを持って武者系アタッカーの基本的な構成となる。

 沖常紺は後輩含めたVtuber達の攻撃を素早くいなし、避け、弾きつつ気の操作で自己にバフをかけていく。


「筋力強化!敏捷強化!痛覚無効!感覚鋭敏!」

「やっぱり、そのバフですよね!

 混沌に迷いし眷属よ、汝の欲する者は其処!」


 アンダースリーがデバフを唱え始めたので、沖常紺は素早く後輩のVtuberと鍔迫り合う。


「チッ!

 離れて!」


 アンダースリーは放つ直前で待機し、Vtuberに叫んだ。


「構まいません!私ごときつね先輩を!」


 沖常紺と鍔迫り合いをしていたVtuberは武器を捨てると沖常紺に抱き付いた。


「またコラボしましょうね先輩!」


 そして、キャハっとポーズを決めて共にデバフを受ける。沖常紺は半ば驚愕しつつも呆れた顔でその後輩を一刀両断した。


「凄い体張るねぇー

 またコラボ誘ってよ」


 上半身と下半身が分離した後輩に沖常紺はそう言って自身のデバフを確認する。

 痛覚鋭敏だった。つまり、痛みが2倍増えるというものでゲーム内でも結構嫌われるタイプのデバフの一つとして有名だ。

 ダメージ倍率等に比例しないのだが、痛いという感覚だけ強くなるので一昔前のゲームで言えばノックバックが大きくなると言った相手の隙を沢山作る為の技の一つに類する。

 感覚が強くなるだけなのでぶっちゃけ気合いで耐えることも可能だ。


「この程度!」


 なので沖常紺は気合いで耐える事にした。


「耐えるのね!

 囲んで連携!」


 アンダースリーが指揮を取る。この短期間で即席下士官教育を叩き込まれたのだ。故にアンダースリーは一歩引いた位置で指揮を取りつつバフデバフを掛けたりする。


「槍と弓!剣持ちは槍の支援!

 ジャイアントキリングよ!」


 アンダースリーの言葉に全員が応と答え沖常紺を取り囲む。遠くではBARの銃声やPTRS1941の銃声が轟いている。

 沖常紺が後輩Vtuber達とやり合っている場所から少し離れた場所、モリゾウ達が銃を撃ちながら話し合っていた。


「で、どーする?」


 モリゾウが木に隠れながらAKS-74Uを撃ちながら尋ねた。


「僕的には君等がはいどーぞと通してくれば何でも良いんだけど?」


 それに対してマガトはモリゾウの隠れる木に対してPTRS1941の14.5×114mm弾を撃ち込む。モリゾウは狙いが定まる前に木を飛び出し、そのあと直ぐに弾は弾着する。木は倒れる事はなかったが盛大に抉れてポリゴンと化した。


「あっぶねぇ!!

 なんつー威力だ!」


 モリゾウは手榴弾を投げるとまた木の裏に隠れる。


「お前等通したら俺がテンチョーに殺されるだろうが。

 お前が選べるのは此処で死ぬか、お前が連れて来た奴等が死ぬかのどっちかだ」


 手榴弾の爆発に合わせてモリゾウは更に移動する。マガトは既に移動した後である。お互いの戦闘距離が違い過ぎる。マガトは離れたいしモリゾウは近付きたい。

 故に2人の追いかけっこが始まったのだ。

 そして、2人が追いかけっこをしている場所から更に少し離れた位置。そこでは伊周とクアトロ・セブンが至近距離での格闘をしている。


「クッソ強いなぁ!このクソメイド!」

「ええ、メイドですので」


 伊周の袈裟斬りをBARの銃床で軌道を逸らせ、右足による回し蹴りでカウンターを狙う。しかし、伊周は間合いを取ってそれを避けた。

 お互いにお互いの技を熟知している。故に決着の付かない激しい近接戦闘が展開された。

 メイド、クアトロ・セブンの身長はブーツの厚みを含めても178センチ、抜いても175はある。股下は80cm近くあり、腕の長さも75センチ近くある。

 そして、筋力と俊敏を中心に上げた結果、UTSで言うところの重騎士や聖騎士と言った重量級戦士が可能なレベルの重戦車に仕上げているのだ。

 魔力には一切振っていないのでその分を銃を扱う最低限に振って残りを腕力と俊敏に振るので速いし一撃が重いし、硬いと言うとんでもないメイドが出来たのだった。


「CoOとは違い、彼方よりもだいぶ無茶が出来ます故に」


 クアトロ・セブンはBARを槍のように繰り出す。銃剣は無くともクアトロ・セブンの腕力ならば伊周の鎧でも易々と凹ませるし、鎧の無い場所に当たれば骨は砕けるだろう。

 寧ろ、銃剣が付いていないのでより柔軟に扱える。


「BARの癖に!」


 繰り出されるクアトロ・セブンのBARを伊周は刀を使って軌道を逸らせ銃口先を捌いて行く。


「ええ、BARです」


 クアトロ・セブンがそう告げた瞬間、引き金を引かれた。銃口は跳ね上がり逸らせたと思った矢先、その銃口が伊周の横面を引っ叩く。また、銃声が伊周の鼓膜を襲う。


「クソメイドォ!!」

「はい、メイドです」


 伊周が僅かな隙を出した瞬間、クアトロ・セブンの砲弾顔負けの左パンチが伊周を確実に捉えられようとしたその瞬間。

 何処からとも無く飛んできた弾丸がクアトロ・セブンの頭部が吹き飛んだ。


「うぉお!?」

「ふぅぃ……危ない危ない。

 お前が死んだら我の勝ち目は無くなるからな」


 左腕と左足が無くなったモリゾウが木にもたれ掛かりながら答える。時間を見れば既に1時間は過ぎていた。


「うぉお、凄い格好」


 伊周は回復用のポーションを飲みながら頭が吹き飛んだクアトロ・セブンを見る。至近距離から5.45とはいえアサルトライフルの弾を喰らったのだ。ゲームでなければ大変グロテスクな映像だろう。


「おう。

 流石のマガトも森の中では俺には勝てないって訳よ」


 死にたいのモリゾウが格好を付けたその瞬間、首筋に刀が当てられた。


「動くなって言うべきかな?」

「おぉ、誰だお前?」


 モリゾウが首を後ろに向ければ、沖常紺がいた。格好はボロボロでHPも全快ではない。


「あージェーンのファンの」

「沖常紺、だよ」


 沖常紺は左手で狐を作る。


「お前が此処にいるって事は」

「ネクロマンサーちゃんと後輩達は全滅だよ。

 僕によって、ね」


 沖常紺が格好を付けるが、モリゾウははぁーと溜息を吐いた。


「1時間かぁー

 テンチョーに怒られるぅー」

「諦めてくれたまえ。

 僕等の勝ちだ」

「いや、お前が此処で無事にいるってことはテンチョーとトドさんがお前の逃した連中からに行ってるわ」


 モリゾウがケラケラと楽しそうに笑って答えた。


「何!?

 マガト君の話ではお前が此処で我々の足止めをする間に背後2方向からの挟み撃ちをするって……」


 沖常紺がマガトの説明した、モリゾウが金床となりテンチョーとトドマンによる挟撃を行うと作戦を思い出す。


「うん。

 マガトならそれを容易に想像するだろうって事でテンチョーは更に捻って……いや、あの人は想定内も想定内か。

 まーお前等がやりそうなことはお見通しだよ。だから、今頃俺より強くて、怖い2人が逃げ惑うあんた等を追い立てて狩ってるんじゃねぇかな?」

「まさか!」

「その通りだ。

 私は計画の細部まで聞いてないが、モリゾウの言ったことをやっててもなん等おかしく無いし、むしろそう言われたらそっちの方が正しいまである」


 伊周が頷き、それから切先を沖常紺に向ける。


「それで?

 貴女は私と戦うの?」


 伊周が笑う。


「そうだよ。

 僕はそのために此処に来たんだ」


 沖常紺がモリゾウを背後から蹴飛ばす。


「うお!?

 お前!怪我人を労われ!」


 モリゾウが抗議するが沖常紺は無視して前に出る。コメント欄は沖常紺と伊周の決着に盛り上がっていた。

 伊周は回復用のポーションを沖常紺投げる。


「ほら、これ使いなよ。

 解毒は?」

「施しは受けないよ」


 伊周の行動に沖常紺は睨み付けるが、伊周は笑うだけだ。


「別に、私は満身創痍の貴女と戦ってもいぃーけどさぁー

 それで勝てるのぉ?私にぃー」


 伊周の言葉に沖常紺は睨み付けつつも足元のポーションを拾って飲む。HPは全快し、沖常紺は刀を構えた。


「おいおい、HPだけ回復で良いのかー?

 魔力とかも回復しとけよーお前、ジェーンに殺されまくってんだろぉ?」


 モリゾウがだらけて寝転がりながらテレビを見るような姿勢でアドバイスをする。

 伊周は苦笑しながら沖常紺の方に魔力回復用のポーションを投げた。


「序でに解毒剤も渡すよ。

 全力で戦いなよ」


 伊周は沖常紺の準備が整うのをしっかりと待つ。脇に倒れているクアトロ・セブンの遺品を漁り回復薬等を回収したりし、モリゾウはそんな2人を寝転がって眺めている。


「負けんなよー白いのー

 ジェーンの奴クッソ強いからなー」

「そんな事分かってるよ。

 だからこそ、こうやって、屈辱を甘んじてるんだ」

「そーそー

 ラスボス前に最後の準備は整えるもんなー」


 モリゾウはRPGあんまりやらねーけどと笑いながら沖常紺を眺めている。


「準備完了ぉ?」

「ああ、お待たせ」


 沖常紺の言葉に伊周はニンマリと笑った。


「ラスボス戦、胸が熱くなるよなぁ?」


 そんな様子にモリゾウが話しかけてくる。


「ラスボス、まぁ、そうだね。

 彼女はラスボスに相応しい」

「失礼ね。

 私的にはテンチョーの方がラスボスにしか見えないわよ」


 2人の物言いに伊周が不満を漏らすとモリゾウは違いないと大笑いし、それから沖常紺の頭を後ろから撃ち抜いた。


「なっ!?」

「ラスボス前に普通は側近と戦うだろーが!

 それが俺だよ」


 コメント欄は大ブーイングだし、公式のコメント欄も大変に荒れまくっていた。


「それに、俺言ったよなぁ?

 テンチョーに怒られるって」


 モリゾウは手にした拳銃をホルスターに仕舞いながら沖常紺に語る。身体は死んだが幽体がいるのだ。


「お前等の相手に1時間掛けてるから、テンチョーに“遊び過ぎ”ってさぁー

 何なら、“サボるな”とも言われてるかもなぁー

 テンチョー、怒ると怖いんだよ?知らねーだろうけど。

 だからさー」


 モリゾウはよっこいしょと木を支えに立ち上がる。


「お前の個人的ななんか俺にゃどーでも良いんだわ」


 悪いね、とモリゾウが笑う。

 こうして、下剋上企画は形としては成功した。後日ネットでプチ炎上したのは当然の帰結と言えるだろう。

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