第14話
三好春が森野十三郎重蔵と出会ったのは入学式だった。リクルートスーツを少しおしゃれにすべく薄ピンクのブラウスを着て学校長の挨拶とか学部長の挨拶かを聞いた。
何の話をしてるのかすら余り覚えていないが卒ない祝辞だったように思う。それから学部毎に簡単なガイダンスを受けて昼休みになった時、三好春は囲まれた。
新歓コンパの誘いに始まり各サークル勧誘だ。また、三好春の外見は普通に目を引く。濡鴉の艶やかな美しい髪は腰辺りまで伸びており、鼻筋はスッと通っていて目はぱったりと大きい。
10人が10人とも美人と評するに相応しい美人な三好春はそれ故に目立った。男のみであろう男子ラグビー部とか野球部も“マネージャーに!
”と言う言葉と共にチラシを押し付けてくる。
そんな押しの強い勧誘に最早恐怖を覚えかけていたその時、背後から勧誘してきた連中をタックルで吹っ飛ばしたのが他でも無い十三郎であった。
「勝手に先行くなって言ったろーが!
お前美人なんだからこーゆー股間と脳みそ直結してる連中に絡まれるって言ったろー?
あっちに先輩と史華居るから」
十三郎が何すんだと睨み付けてくるマチヅモの権化共に対して、臆する事なく“ウルセェ!テメェ等は勧誘しに行け!ドアホ”と真っ向から喧嘩を売りつつ、三好春にアッチだと指さす。その先にはパーカー姿の男と春と同じ様なリクルートスーツの女子、部長と史華が大きく手を振っていたので其方に逃げる様に走って行く。
春が離脱したのを見た十三郎はそんなんだからマネージャー居ねーんだバーカと煽り倒して逃げ出した。
4人は文化部サークル棟と書いてある建物まで逃げ、流れでゲーム文化研究会と書かれた部屋に入る。
「いやー危なかったなー」
「本当ね。大丈夫だった?」
「気を付けろよ新入生」
3人がそれぞれ見ず知らずの春を気遣う様に接してくれた。
「あの、何故私を?」
「あーシゲくんが貴女の事見つけてね」
「ありゃ助けないとめんどい事なるぞーって駆け出しやがったんだ」
史華と部長が言うと十三郎は備え付けの冷蔵庫を勝手に開けて中のコーラを飲む。
「そら、あんな脳筋共の馬鹿が余分な事してサークル活動自粛せよ何て来たら溜まったもんじゃねーからね。
それに、早いとこ後1人見付けないと我がサークルは廃部っすよーぶちょー」
十三郎が春の前にオレンジジュースを置き、史華の前にコーラ、部長の前には缶コーヒーを置いた。
「そうなんだよなー
でも、声掛けるの苦手だ」
部長が困ったもんだと腕を組むと十三郎は知らねーよと呆れ返った様に告げる。
「そーそー
あ、貴女は落ち着いたら帰っても良いよ。そのジュース飲んでも良いし」
「ありがとうございます」
史華もコーラを飲みながら春に告げる。春は改めて部屋を見回すと壁の棚にはゲーム雑誌が置かれた、古い、ゲーム画面をディスプレイに写すタイプのゲーム機とそのソフトと思われるパッケージ大量に置かれていた。
「あの、此処って何のサークルなんですか?」
「んー?ゲーム、なんだっけ?」
「あのねー
ゲーム研究サークルでしょー」
春の質問に十三郎が史華を見て史華は呆れた様に答える。
「ちっげーよ馬鹿2人!
ゲーム文化研究部、だ!」
「あーそーそーそんな感じの名前」
「そーでしたっけ?」
十三郎と史華は惚けた顔で首を傾げ、部長はお前等は……と頭を抱えている。そんなやりとりを見て春は思わず笑ってしまった。
「御免なさい、その、楽しそうだなって」
「あーたのしーすっねー
部長揶揄うのは」
「森野!貴様!」
「嘘嘘!じょーだんっすよーパイセーン」
十三郎の言葉に部長が待てと追いかけて、十三郎は慌てて反省の色が見えない謝罪をする。
「ちょっと2人とも!
埃立つじゃん!」
そしてそんな2人のやりとりを迷惑そうな顔で史華が咎める。ドタバタコント、そんな雰囲気だ。
春が生きて来て今まで接して来なかった空気が其処にはあった。
「全く!
ほら、シゲくん今日はバイトなんでしょ!」
「そーだった。
店長が入学祝いくれるって言ってたんだ!
史華の帰るぞ!」
「わっ!足はや!
それじゃ部長また明日!」
「あー帰れ帰れ!」
慌ただしく去って行く2人に春はまだ礼をちゃんと述べていない事に気がついた。
「あ、待って!」
「悪いな美人さん!
気を付けて帰れよ!」
「じゃあ、さようなら!」
十三郎と史華は急げ!と去って行く。部室には春と部長だけが残された。
「やれやれ、とんでもねぇ奴だな全く。
君も、気を付けて帰りなよ。まだあのマチヅモノ共がウロウロしているから」
それから数日後、春はゲーム文化研究部に入部した。
時は今に戻り、春は今や良き相談相手であり十三郎に振り回される苦労人たる部長を家に招いていた。
「難攻不落だぞ、森野は」
部長は出されたコーヒーで口を湿らせてから絞り出す様に告げる。正面には春が座っている。
「わかってます……分かってますけど、木下さんは余りに強いですよ」
「木下は、漫画とかにいる負けヒロインには絶対ならんぞ。
彼奴等との関わりは高校からだが、木下のアプローチは高校の時と比べ物にならん」
部長は眉を顰めて告げる。
彼が春の恋路を応援するのは単に彼がお人よしであるからと、自身が諦めた恋愛と言うものにこうして真っ向からぶつかって行く春に対しての羨望にも似た嫉妬と言う感情に従ったいるからだ。
故に、彼は春の恋路に下心も無く、そして、自身が恋愛経験もない童貞野郎であると言う笑われても仕方ない様な情けないが変えようの無い事実を曝け出し、協力している。
「そんなに、ですか?」
「ああ、三好。お前は昨日、いや、もう今日か?まぁ、いい。森野のアパートに行ったな?」
「は、はい」
「あれ、もう半分同棲してるみたいなもんだろ。
俺は経験無いが、トイレに行ってその、あれだ。せ、生理用品がお、置いてあったり洗面所に歯ブラシがあったり、化粧品?なんかそう言うのがあったんだぞ?」
生理用品のあたりで声が上擦っている辺り、部長の童貞具合や女慣れしていないのを察するに余りあるが、それでもしっかりと悩みに対して真摯に答えようとしてくれる部長の態度に春は非常に好感を持っている。誠実な人、それが春の部長に抱いた感想だ。
「それは、そうですね……
昨日も、その、何時も木下さんが使ってるって言うグラスにコーラ注がれて出されました」
「あのアホは……」
部長は絶句しかけたが、何とか絞り出した。
十三郎は唐変木ではない。唐変木では無いが気が回らないと言うか、変なところで抜けている。きっと史華のコップを使ったのも“女の子はこーゆーグラスの方が好きなんだろーな”と言う思考の下で行ったので悪気は無い。
また、史華のコットとマットに毛布を渡したのも“女の子を自分の使ってるベッドに寝かすのも、床に寝かすのも何だし、まー史華しか使ってないから良いか”と言う考えであるのは部長にはありありと分かった。
「何と言うか、その、すまん」
そして、部長は何故か十三郎の代わりに頭を下げていた。
「いえ、部長は何も悪く無いですし、これは、もう誰が悪いとかの話でも無いですし……」
春は少し泣きそうな、それでいて困った様な顔で首を振る。
「その、なんだ。
勝ち目は高く無いが、その、無いわけでも無い。前にも言ったが、あの2人は付き合ってない。付き合う前の段階が長過ぎて、その、多分だが、付き合うと言う段階に踏み切る、踏ん切り?覚悟?なんか、そう言う感じの奴が付かないんだ」
部長は自信が無い為に段々と語尾が弱くなる。しかし、それを責めれる者は居ない。
「はい」
「だから、お前はそこを突くしか無い」
部長は春の方をチラチラと見るが、視線をすぐに下に落としてしまう。
部長としては、決して史華の恋を邪魔したいわけでも無い。しかし、数年の恋路を見て来た部長としてはさっさとくっつけよと思っていた処に突如として湧いた真っ直ぐな青春。
自身が、尻込みした結果と自己正当の果てに手放した羨望が現れたのだ。目の前の少女は決して自分と同じ道に行かないのは分かっている。何なら本来ならば自分達の様な存在に関わることもなかったのだろう。
だが、関わってしまった。自分の代で無くなりかけた部も春の下心を込にしても防げた。そんな一方的な恩義を返すべく、後悔のない全力の、輝かしい青春を送って欲しいと数年ばかり人生の先輩として協力したいのだ。
自身が諦めた夢に挑む者が居れば、其方に協力したくなるのが人の性だろう。
「分かってます……分かってるんですけど、ね」
春が困った様に笑う。
「お前は良い人過ぎるんだ。
もう少し、自己中に考えてもバチは当たらない、と思うぞ」
部長は少しぬるくなったコーヒーを飲む。
「此処でお前が森野と付き合っても俺はお前を非難することは決してない。もし、それで木下がお前を責めるならその責任の一端は俺にもある。
だから、お前だけが責任を感じる必要も無い」
部長は残ったコーヒーを一気に飲み干すと、春をしっかりと見据える。
「も、もし、それで木下に文句を言われたら、“6年以上もいて付き合えなかったお前が悪いのだ”と言ってやれば、良い!」
部長がムフーと鼻の穴を膨らませて告げると、春は呆気に取られた様な顔をする。それから、プッと笑い出した。
「わ、笑うなよ!
言った俺だって恥ずかしい」
照れ隠しにコーヒーを飲もうとし、先程飲み干したのに気が付いた。
「おかわり入れますね」
「いや、そろそろお暇するよ。
女子の家に長居するのもアレだし」
部長は立ち上がりながら告げる。耳は赤かった。
「分かりました。ありがとうございます」
「気にする。それに、少なくとも、お、俺はどんな結末になろうとお前の味方だ。
頼りにはならんだろうけど。じゃあ、またな。頑張れよ」
部長はそう言うと家を後にした。
そのまま自身の学生アパートに帰ると、金髪碧眼の少年が玄関先に立っている。
「ん、お前また学校サボったのか?」
「兄さん遅い」
少年、部長の弟で名をジョナサンと言う。
部長はやれやれと言った感じで鍵を開けて弟を入れてやると、スマホが震える。見れば母と表記されている。
出なくてもわかる。弟のジョナサンだろう。
「もしもし」
《ジョナサンがもしかしたらそっちに行ったかもしれないわ》
「来たら帰る様言っとくよ」
《頼むわよ。
あの子はアンタと違って優秀なの。あんなゲームなんかに時間を割いてる暇無いのよ》
「……分かったよ」
部長は通話を切ると靴を脱いで家に上がる。ジョナサンは冷蔵庫から作り置きの麦茶をグラスに移していた。
「母さん、帰れって?」
「ああ、お前が俺の家に来るかもしれないから追い返す様にって」
「俺は帰らないからな!」
部長の言葉にジョナサンは叫ぶ。
そんなジョナサンの様子に部長は苦笑した。
「ああ、そうだな。
それより、ファニーニキルカムズのリーダーと話を付けて来た。週末の夜なら都合が良いって話だから、お前を通じてギルド長達に連絡して調整してくれ」
「分かった兄さん!
ありがとう!」
ジョナサンはそのハリウッド俳優斯くやのイケメンスマイルを部長に向けた。
「ああ、お前昼は食ったのか?」
「うん。
美香さんと」
ジョナサンの言葉に部長は溜息を吐いた。ジョナサン、腹違いの弟だ。隔世遺伝のお陰で彼の曽祖父あたりにいるらしいイギリスだかスコットランドだかウェールズだかの血が彼の外見をそうたらしめているそうだ。
故にこの外見で一悶着あったそうな。
外見も違えば優秀さも違い、モデル事務所にスカウトされ、勉学も優秀、スポーツ万能。神は人に二物を当てずと言うのは嘘かと部長は絶望し掛けた。しかしながら、父親が再婚して新しく来た今の母親は部長やジョナサンからすれば中々に時代錯誤な教育ママと言った感じだった。
なまじ優秀過ぎる弟のせいで比べられ部長も中々肩身の狭い思いをしている。父親は優秀な会社員で海外出張も多いので家にほとんど居ない。
そこで気が付いたのはジョナサンは外面的評価がしやすい所は恵まれているが、内面的なつまり他人が踏み込みづらい所は恵まれていない。
そのことに気がついたのは両親の再婚から半年後の事だった。当時部長は高校生、ジョナサンに至っては中学生だ。
半ばグレかけていたジョナサンを何とか更生させつつ唯一無二の兄として部長が“尊敬出来る兄さん”の称号を手に入れれたのはこの発見があったからだ。
グレる事は防げたがヤリチンイケメンになる事は塞げなかったのは部長がまだ高校生だったからだろう。この件に関しては部長の方がグレそうなったがそれはまた別の話だ。
「お前、またあの美人さん達と会ってんのか!?」
「平気だって。向こうも俺の事なんか遊びとしか思ってない。
相手にされてないんだよ。勿論、俺も本気にはして無い。ただ本当に食事したり健全なデートしてるだけだって。
向こうもちょっとした刺激が欲しいだけだ。
ヤバくなりそうなら俺だって逃げてる」
ジョナサンが安心してくれよと告げるが、部長の経験では安心できる要素がない。部長の知識は昼ドラとかNTR系エロ漫画とかの非常に偏った情報しか無いのだ。
「お前、本当に、裁判沙汰とかは止めてくれよ?
お前と違って俺は金はないから費用とか絶対出さんからな」
「ヘーキだった。そもそも俺はまだ未成年だぜ?手を出したら向こうが負けさ」
ジョナサンの言葉にそうだな、と部長は自身を落ち着かせて向かいに座る。
「兎に角、お前、気を付けてくれよ?
裁判沙汰に成らなくても刺されて死にましたなんて洒落にならんからな?」
「分かってるって。
兄さんを悲しませる様な事は絶対しないって」
ジョナサンは其処だけは絶対に守ると言う硬い信念を持った目をして答えた。
それからジョナサンと他愛のない会話をしつつ各ギルド長にファニーニキルカムズとの会談予定を詰めて行った。
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