第19話 修行はつづく
大口のJOBは電力会社のシステム再構築のための事前調査であった。システム構成図の作成、課題一覧の作成と構想立案に向けた外部調査で2か月間。正人にとって難易度はさほど高くなかったが、札幌はあまりにも遠い。
北海道の2月は冬真っただ中。正人は週に一回一泊のJOBとなった。森田から適当にあてがわれたシニコンと毎週、札幌まで飛んでいくことになった。
幸いクライアントのオフィスは地下道の出口からすぐのビルのため、雪で転ぶこともなくまた、寒い外を歩くことなくホテルからの往復は簡単だった。
ランチぐらいうまいものを食べに行こうとスープカレーや味噌ラーメンをシニコンと食べに行くぐらいが楽しみだった。
大口パートナーはキックオフ、中間報告、最終報告の3回出席するということで札幌に来たが、ミーティングは必ず夕方、クライアントの堺社長との会食がセットされていた。
キックオフの時は、先方の予約でメッツラー(食通の雑誌)の3つ星寿司屋で会食。正人も同席させられたが、堺社長のお酌係だった。こんなことをするためにコンサルになったんじゃない。というほど正人も若くはなかったが、いつまで阿保を相手にしなければならないのか。シニコンは用なしとして放免されたがホテルでコンビニ弁当だったそうだ。どちらが良かったかは人の価値観による。
中間報告の時は、札幌で有名なひげ面広告のビルでキャバクラ遊び。2次会は高級割烹でアフター。コンビニであれを買ってこい、これを買ってこいと使い走りをさせられた。” コンサルも大変ねー " と年端もいかないおねーちゃんに気を遣われるのも余計にいらだたされた。
最終報告ではキャバクラのお姉さんを含めたジンギスカンで同伴そして、キャバクラへ。これが最後と腹をくくって飲んでやった。
どこがエリートの会計士だ。そんな片鱗一切見られなかった。まあ、昔は物覚えが得意だっただけだな。堺社長も会社の金で社会人留学、英語こそしゃべれるがそれ以外は?留学時に大口と知り合った。今回は会社の金で遊びまくるだけのために仕事をでっち上げたんだろう。あほらし、正人は心の中で吐き捨てた。
経費は飲み代だけで総額2百万円なり。旅費、交通費も嵩んだため、稼働率をどう舐めても大赤字。EP(エンゲージメントパートナー)は大口なので、経費自体は承認されるがJOBをクローズするとき間違いなく、セクター長報告案件になる。面倒だな。
最終報告が終わって大阪に戻った正人は大阪オフィスで森田に呼び止められた。 " 北海道のJOBだが、なんや、あの経費。あれじゃ遊びに行っているようなもんやろ。お前どれだけ呑んで喰ったんや。"
正人はひるむことなく、 " それ、私に言いますか。大口さんに言ってください。飲食の経費はすべて大口さんがセットしたもので私は同席させられましたが。 "
" お前、それでもコンサルか、EM(エンゲージメントマネージャ)やろ。領収書のサインもお前してるよな。ていうことは責任はすべてお前にあるんだよ。EMである以上エンゲージメントの責任はお前がとるんだよ。そんな他人事は俺は許さん。 "
数か月ぶりに森田に怒鳴られた。昔は毎日怒鳴られてたが、久々だ。
" 大口さんに対して意見なんてできません。 " 正人は抵抗してみた。むだとは思ったが。
すかさず森田は " 大口さんに意見したんか。してないやろ。相手がパートナーか、なんか知らんがEMである以上おかしいことはおかしいといわなきゃ、責任は全部自分に返ってくるんや。お前いつからそんなあほになったんや。”
至極ごもっとも。事業会社のサラリーマンのように上の顔色を窺っているようではコンサルは勤まらないとさんざん叩きこまれたのを正人は思いだした。ちょっと偉くなって最近は誰からも意見されずなあなあになっていたと反省した。
セクター長報告でも散々であった。大口も参加者リストには入っていたが、出席せず正人は集中砲火を浴びた。収益率のみならず経費の使い方についても質問が止まらず日を改めてセクター長へEPともども直接報告するようにとのことだった。
数日後、正人は大口とセクター長の部屋に行った。大口は口を開かず正人の方を見ている。セクター長も正人の方を見ている。
" 前回のClosed Job報告会の件です北方開拓電力のJOBについて本日、改めて報告に参りました。 " と正人は始めた。どうせ大口は一言もしゃべらないだろう。
セクター長は、" ああ、あの経費の件な。あの浪費はさすがに見逃せないな。顛末を聞かせてもらおう。 "
" 北方開拓電力はTCPにとって初めての顧客であり、大口パートナーのお知り合いが社長をされています。今回のJOBが初回ということで、少々接待が過ぎました。申し訳ありません。 "
セクター長は " 堺社長は私もよく知っている。関東電力にいたときに何度かお会いした。大口さんともお知り合いのようだね。”
大口はやっと口を開いた。 " はい。留学時代に一緒になったことがあり、仲良くなりました。今回のJOBを持ってきてくれたのも堺さんでした。 " それは自慢か。と正人は思った。
" なるほど。鈴木さん、接待で次の仕事も取ろうとしていたのかな。接待の使い方を間違えているようだ。確かにビジネスにつなげる目的もなくはないが、クライアントとの距離を縮めて困りごとを聞き出すツールなんだよ。接待に金をかければいいというものじゃない。経費の使い方には注意しなさい。経費で飛んで行ったパートナーを何人も見ているだろ。 " と大口の方をセクター長は睨んでいた。
セクター長はすべてお見通しだ。
続けて
" 鈴木さん、今回は私のところでとどめておくが、EMとして経費を含めたコスト管理はリスク管理、進捗管理、課題管理と並んだ優先対応事項だ。心にとめておいてください。 "
さらに、” 大口さん、監査とコンサルで流儀が違うかもしれませんが、コンサルにお見えになった以上、コンサルの流儀に合わせていただきたいと思います。これからもよろしく。 "
さすがのエリートもセクター長の一言でうなだれた。
やれやれ、結局、大口に振り回されて森田にもセクター長にもお灸をすえられた正人であったが、大事に至ることなく済ませたようだった。
偉くなったつもりだった正人はまだまだだと実感した。
第19話 了
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