第10回
男は、紺のポロシャツにジーパンというラフな格好でもよく鍛えられた体だというのが一目で分かる、がっしりとした体つきをしていた。
上背もあり、憂喜より確実に頭1つ半は高い。薄い無精ひげ。岩を削ったような荒々しい印象を与える強面だ。スーツを着ていたら、さぞ見栄えがするに違いない。
おおよそ、憂喜が持つお坊さんのイメージからはかなり離れた外見の男だった。
歳は30半ばくらいか。40はいっていないように見える。
あの人ですかと問うと、大西は「そうだよ」と答えた。
「政秀さーーん!」
腰を浮かせた大西が、こっちと手を振る。
だが当の長谷川は、昼時で混んだ店内で大西から声がかかるよりも早く憂喜を見つけ、直視していた。
その猛禽類を思わせる眼光の鋭さに気圧された瞬間、またもや首がずきりと痛む。
「…………っ」
首に手をあて、声を殺して痛みをかみ殺している間に長谷川が席までやって来た。
「政秀さん、今ちょうど相談料について話していたところなんですよ」
大西が媚びるような声で言う。無理もない。長谷川のまとった重圧な雰囲気は他の者を圧伏する。そのため、そばにいる者は自然とこういった態度をとってしまうのだろう。
もしかしなくても今自分は、かなりやばい状況に陥ってるんじゃないだろうか?
少女の霊と真っ二つになった守札、それにあの不気味な夢とうなじのできもので、また何か怖いことが起きるんじゃないかと不安でたまらなくて、気持ちが落ち着かなくて。神主さんにも頼れず、それでつい、事情を理解してくれた大西の誘いに乗ってついて来てしまったのだが。
見知らぬ大人の男たちとテーブルについて、相談料だの50万だのを要求されているという今の状況がどんなものか、飲み込めた瞬間どっと背中に汗が噴き出す。
「きみ。えーと、憂喜くん。いくら持ってるの? なんだったら僕が貸してあげようか。あとでATMで下ろして返してくれればいいよ」
親切そうに提案してくる大西と無言で見下ろしてくる長谷川を交互に見て、金を出さないとこの場を切り抜けられそうにないと観念して、憂喜は財布に手を伸ばす。
憂喜がそっと2万をテーブルに出すのを見て、長谷川はがりがりっと頭をかいた。
「金はいい、今は」
「政秀さん?」
「これは厄介な縁を引き当てたな、和樹」
「え? ……って?」
眼力のある長谷川に無表情でじろりと見下ろされて、大西の顔から余裕の笑みが消える。まるで分かっていない大西に、長谷川ははーっと重い息を吐き出すと、大西に奥へ入れと顎で指示し、自分が憂喜の正面に座った。
そうして近距離で顔をつきあわせて、長谷川の頬にはうっすらと刃傷があるのが分かった。浅黒い肌で、そこだけ少し浮き上がって見える。
「あ、あのー……」
「一体何をした? 話してみろ」
俺、帰ります、と言いかけた憂喜の言葉にかぶさって、長谷川が訊いてきた。威圧的な体つきと低い声音に、命令されているように感じる。
憂喜はへどもどし、言葉を詰まらせながらも「俺は……、何もしてません」と言い置いて、それからこれまでの経緯を話した。その間中長谷川は無言で、憂喜が話し終えてから目をすがめて言った。
「3,000万だ」
(――は!?)
「3,000万。成功報酬でかまわないが、経費等実費は別だ」
「政秀さん、それはちょっと」
ぽかんとなっている憂喜と、口をへの字にした長谷川を交互に見ながら大西が間に入る。
「相手は子どもですよ。それはちょっと高すぎませんか。……もう少し抑えて」
「子どもだろうが大人だろうが、事の危険さは変わらない。
小僧、高いと思うか? きさまのために無関係な者が命を賭けて取り組む値段だぞ」
「命!? まさか政秀さん、そんなっ――」
ここに至り、初めて事の重大さに気付いたといった様子で大西がまごつきだす。
ついさっき詐欺を疑った憂喜だったが、大西のこの慌てぶりは本物に見えた。
長谷川は憂喜から視線をそらさず、大西に言う。
「どんなものであれ、失敗すればこちらが死ぬことは十分起こり得る。ましてやこの小僧の背後にいるやつらは大凶だ。今大きく出ているのは2人……いや、3人の巫女だが、もっと隠れているのは間違いない。
同業のやつらを相手にするとなればこちらも相応の準備と覚悟がいる。それをさせるのだから、報酬も相応のものを払ってもらうぞ」
「うそだ!!!」
それ以上聞いていられず、憂喜はテーブルに手のひらをたたきつけた。
「あんたはうそつきだ!! あんたは知らないだろうけど、俺も霊は視えるんだ!! 俺につきまとってるのは少女だ!! 幼い少女だよ!!
あんたたちは大うそつきで、ただの詐欺師だ!! そうやって俺をビビらせて金をだまし取ろうとしたんだろうけど、そうはいくか!!」
一息にまくし立て、勢いよく席を立ってそのまま店を出て行こうとする憂喜を長谷川が「小僧」と呼び止める。しかしそれは憂喜を席に戻らせるためではなかった。
憂喜がテーブルの上に残したままだった2万をひらりとさせ。
「持って帰れ。きさまと縁をつくりたくない」
「……っ!」
自分とは対照的に、どこまでも冷静沈着な長谷川の態度が癇に障る。そのまま無視して去れたらどんなに胸が空いたか。だが激怒している憂喜でも、2万は無視できる額ではなかった。
ひったくるように取り、代わりにジュース代をテーブルにたたきつけて、憂喜はドアへと向かう。
「憂喜くん!?」
大西が追いかけようとしたみたいだが、すぐに長谷川が
「ほうっておけ。どの道を選ぶかは本人だ」
と言うのが聞こえた。
店を出た後、もしやと思って振り返ったが、大西が追ってくる様子はなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます