第六章 侯爵令嬢の帰還

第28話 城への馬車

 ユジと別れたレゼフィーヌたちは王都へと向かう馬車を借りることにした。

 乗合馬車もあるけれど、再び襲われる心配を考えたらやはり貸し切りのほうが都合が良い。

 二人は御者に前払い金を渡すと、古びた馬車に乗りこんだ。


「それにしても、ユジを魔法で操った人物は誰なのかしら」


 レゼフィーヌが額に手を当て考えこむ。


「心当たりはない?」


「私に恨みを持つ人物……とするとお継母様とリリイかしら。私が妹のポーラに魔法をかけて呪ったと思ってるから恨んでいるのかもしれないわ」


 レゼフィーヌが言うと、シルムはうーんと上を向いて考えだした。


「そうかもしれないね」


 少し煮え切らない返事をするシルム。


「どうしたの。何か気になることでもあるの?」


 レゼフィーヌが尋ねると、シルムは口を引き結んでうなずいた。


「気になることと言うか、そもそもポーラ姫様に呪いをかけたのは誰なんだい?」


「それは分からないわ。産まれたばかりの赤ん坊に恨みを持つ人なんて思いつかないもの」


「侯爵が誰かに恨みを買っていたということはない?」


「さあ……国家の中枢にいるし、お父様には敵はたくさんいると思うけれど……。あとは、あの日祝福を授けた魔女の中にお父様の愛人がいたとか?」


「それはありそうかもね」


「それから気になるのはお抱え魔導士のゼンかしら」


「侯爵家のお抱え魔導士が怪しいのかい?」


「ええ。思えばあの時、ポーラが呪われているのは明らかだったのにゼンはそれを認めず、結果的に私は追放されたわ」


 それにポーラの治療もゼンに任されているはずなのに全然進んでいない。


「そうか。でもユジが出会ったのは女性だったんだよね?」


「そうなのよね。ゼンが魔女を雇ったりグルになっている可能性もあるけれど」


 ポーラが産まれた時に祝福の魔女を手配したのは侯爵家お抱え魔導士のゼンのはず。


 だとするとゼンと魔女のあいだにコネクションがあってもおかしくない。


「その辺りを調べてみないとね」


 レゼフィーヌとシルムが色々と考えを巡らせているうちに、馬車は侯爵家の城に到着した。

 笑顔で出迎えてくれたのはレゼフィーヌの父親、アリシア侯爵だった。


「よくぞ戻ってきたな。お前が居なくなって大変だったぞ」


 (いや、追放したのはあなたでしょうが)


 レゼフィーヌはそう言いたいのをぐっとこらえて笑顔を作った。


 七年も会っていなかったからだろうか。アリシア侯爵の頭には白髪がぐっと増えている。

 頬はげっそりとやつれて顔色も悪い。体調でも悪いのだろうか。


「お久しぶりですお父様」

 

 てっきりなぜ城に戻ってきたのかと怒られるものかと思っていた。

 けれどアリシア侯爵はレゼフィーヌが思っていたよりも上機嫌に見えた。

 あらかじめシルムや国王陛下が上手いこと手紙を書いてくれたからだろうか。


 恐らく侯爵にとっては、婚約するのがレゼフィーヌだろうとリリアだろうと王家とのつながりができることには違いないので喜ばしいことなのだろう。

 となると、レゼフィーヌとシルムとの婚約に反対しているのは侯爵夫人とリリアの二人と言うことになる。


 レゼフィーヌは辺りを見まわした。

 二人が城に来ることはあらかじめ伝えているはずなのに、侯爵夫人とリリアの姿はどこにもなかった。外出中なのだろうか。


「それでは、疲れただろうから今日はゆっくり休みなさい。部屋にはハンナに案内してもらうといい」


 アリシア侯爵がくるりと踵を返す。

 その瞬間、レゼフィーヌは思わず「あっ」と声を上げた。

 アリシア侯爵の背中に、見覚えのある黒いモヤのようなものが見えたからだ。


「どうした?」


 アリシア侯爵が不思議そうに振り返る。


「いえ。お父様、体調がすぐれないようですので、疲労回復の魔法を授けてあげますわ」


 レゼフィーヌはアリシア侯爵の背中に小さく魔法陣を書くと、呪文スペルを唱えた。


「――散」


 オレンジ色に光と共に、アリシア侯爵の背中に憑いていた黒い瘴気が消えた。

 良かった。そんなに強い魔法じゃなかったみたい。


「おお、なんだか肩が軽くなったようだ。ありがとう」


 侯爵が肩をぐるぐると動かす。


「いえ、エマ婦人の家でたくさん魔法を教えていただけましたので」


「おおそうか。その話もあとでじっくり聞かせてもらうよ」


「ええ、ではまた後ほど」


 レゼフィーヌは去って行く父親の後ろ姿を見送った。


 侯爵が去ったのを見届けると、そばに控えていたメイドのハンナが口を開いた。


「お嬢様、久しぶりにございます」


「久しぶりね、ハンナ」


 レゼフィーヌは見知ったメイドの姿にほっと一息ついた。


 ハンナは涙ぐみながら頭を下げた。


「まあ、本当に立派なご令嬢に成長なされて、感激にございます。今、お部屋にご案内しますね」


 レゼフィーヌたちは、ハンナに案内されて来客用の部屋に向かった。


「それにしても、ずいぶん見慣れない使用人が多いわね」


 レゼフィーヌは辺りを見回しポツリと言った。

 レゼフィーヌが子供のころにいた使用人がハンナ以外はほとんどいない。


 ハンナは苦笑する。


「奥様とリリアお嬢様が気に入らない使用人をどんどん首にしていくので……。こちらとしてもベテランや中堅の使用人をあんなに首にされては大変なんですけれど」


「ええ、大丈夫よ」


 どうやら城に残ったハンナも相当苦労しているらしい。


「レゼ様はこちらの部屋に、シルム様はこちらへどうぞ」


 ハンナが客室の鍵を開ける。


「隣同士の部屋なのね。近いほうが色々話もできるし助かるわ」


 私とシルムが目線を合わせてうなずき合うと、ハンナは心なしか頬を染めて笑った。


「そうですわよね。お二人の話、聞いております。早くお二人の婚約が認められてゼフィーヌお嬢様が幸せになられると良いですね」


「ありがとう」


「それではごゆっくり」


 オホホホホと笑いながらドアを閉めるハンナ。

 どうやらレゼフィーヌたちの話は使用人たちにも伝わっているらしかった。


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