第5話 侯爵令嬢、追放される
「何ということだ。こともあろうに妹に呪いをかけるとは!」
耳をつんざくような怒号が部屋にこだまする。
パーティーの後、レゼフィーヌは父親の部屋に呼びつけら説教をされていた。
「別に私が呪いをかけたわけじゃないわ」
レゼフィーヌは慌てて弁解をした。
「でも赤ちゃんは本当に何かに憑かれてるの。黒いモヤみたいなのが『赤ちゃんは死ぬ』って。早く何とかしないと」
全く悪びれる様子のないレゼフィーヌの言葉に、アリシア侯爵は頭を抱える。
「くだらない魔女ごっこはやめるんだ、レゼ。ゼンも赤ちゃんに異常はなかったと言っているぞ」
アリシア侯爵の言葉に、横にいた白いローブの男も神妙な顔でうなずく。
侯爵家お抱え魔導士のゼンだ。
「はい。あの後私もポーラ姫様を調べてみましたが、特に異常はありませんでした」
「それは私が精霊の加護を与えたおかげよ。もっとちゃんと調べれば――」
だがアリシア侯爵はレゼフィーヌの言葉を聞くことなく、逆に鋭い目つきで睨みつけた。
あのパーティーには国王陛下や政府要人、貴族たちをたくさん招いていた。
余計なことをして自分の顔に泥を塗ったと、アリシア侯爵は怒り心頭だった。
「今のところ姫の体調には変わりはなく子供のいたずらということで済まされたが、祝いの場を踏みにじった罪は重いぞ。よってレゼ」
「はい」
「お前にはしばらくの間、謹慎してもらう。
「いばらのもり?」
レゼフィーヌは首を傾げた。
それがどこだかは分からなかったけど、森の中で暮らせと言っているのだけは分かった。
「そして――お前には後々シルム王太子殿下に嫁ぐ婚約者にと考えていたが、その役目は妹のリリイにさせるとする。妹に呪いをかけようとするお前のような魔女を王太子殿下と婚約させるわけにはいかん」
自分の権威を傷つけた出来損ないの娘に、自分の決定を冷たく言い渡すアリシア侯爵。
一方のレゼフィーヌは王妃なんて堅苦しいことは最初から望んでいなかったので、一切落ちこむことなくすました顔で頭を下げた。
「分かりましたわ、お父様。私、森の中で暮らします」
父親の決定には納得はできなかったが、これから森の中で暮らせるのだと考えると胸が高鳴った。
「そ、そうか。分かったならそれでよい」
アリシア侯爵は、てっきりレゼフィーヌが泣いて許しを請うと思っていた。
もしそうなら許してやらんでもないと思っていたところ、本人があっさり承諾したので拍子抜けしてしまう。
「それでは私は荷造りがありますのでこれで失礼いたします」
レゼフィーヌはオホホと笑うと颯爽と部屋を出た。
ニマニマ笑うレゼフィーヌ。
――ああ、なんて素敵なんだろう。
森の中に住むだなんてまるで魔女みたいよ!
***
城の石壁に昇ったばかりの朝日が差しこむ。
質素なワンピースを着こんだ腕に吹く風はまだ冷たく、レゼフィーヌは思わず身を震わせた。
旅立ちの朝。
レゼフィーヌは最小限の荷物だけをまとめた小さな鞄ひとつで、お城の入り口に立っていた。
まだ朝の早い時間だからだろう。門の前には門兵の他に、レゼフィーヌを見送るためにアリシア侯爵と侯爵夫人、リリア、そしてお世話になった侍女たちしか立っていない。
御者が馬車の装具を点検する音が響く中、アリシア侯爵が眉ひとつ動かさずに言った。
「荷物はそれだけか?」
「はい」
レゼフィーヌは静かにうなずくと微笑んだ。
それを見た侯爵夫人が眉をひそめる。
「まあ、生まれ育った城を追い出されるというのに、悲しい顔一つもしないのね。なんて薄情な子なのかしら」
レゼフィーヌはポリポリと頭をかいた。
そんなことを言われても、城を出るのはレゼフィーヌの長年の夢だった。
まさかこんなに早くその妄想が実現するとは思ってもみなかったけれど。
「それでは行ってまいります」
レゼフィーヌが馬車に乗り込み出発しようとすると、メイドのハンナが駆け寄って来た。
「お嬢様、森は危険も多いかと存じますが、くれぐれもお体にお気を付けくださいね。」
目に浮かんだ涙をぬぐいながら言うハンナに、レゼフィーヌは胸を張った。
「ありがとう、ハンナ。でも私なら大丈夫。例え森の中で熊が出ても私なら魔法で倒せるもの」
胸を張るレゼフィーヌを見て、リリアが嘲るように笑う。
「まあ、熊を倒す魔法ですって。なんて野蛮なの。そんな田舎に行かされるなんて可哀想」
リリアの言葉に、侯爵夫人もクスリと口の端を上げて笑った。
「あら、こんな子の心配をするなんてリリアは優しいのね。でも当然の報いよ、わたくしの可愛い娘に呪いの言葉をかけるなんて、死刑にならないだけでもありがたいと思わなくちゃ」
「そうね、でもなんて馬鹿なんでしょう。おおかたお父様やお母様に愛されている赤ちゃんに嫉妬したのでしょうけど、本当に愚かだわ」
「でも魔女に憧れていたようだし、これでよかったんじゃないの? エマ婦人は高名な魔女ですから」
侯爵夫人の言葉に、レゼフィーヌは驚いて目を見開いた。
「エマ婦人は魔女なんですか!?」
「ええ、そうよ。知らなかったの?」
侯爵夫人が眉を顰めながら答える。
「まあ、可哀想。お姉様はきっと魔女に食べられてしまうわ」
リリアはわざとらしく身を震わせた。
クスクス笑う二人を尻目に、レゼフィーヌは荷物と共に馬車に乗りこんだ。
「それでは行ってまいります」
バタンとドアが閉まり、馬車が出発する。
それと同時に、レゼフィーヌは両手のこぶしを握り締めてニヤニヤ笑った。
「フフ……フフフ」
自分の遠縁にあたるエマ婦人が魔女。
ということは、自分は魔女の血を引いていたのだということになる。
ああ、なんてことなの。
レゼフィーヌは踊り出したいほど嬉しかった。
魔法の才能はほぼ遺伝で決まる。
親類に魔女がいる。しかも高名な魔女だなんて、自分も魔女の器確定ではないか。
こうなるのはきっと運命だったに違いない。
これからは森の中でエマ婦人に魔法を教わって、自分も魔女になって――そしてゆくゆくはこの王国一の大魔女になるんだ。
「ふっふっふっふ……イヒヒ」
レゼフィーヌが妄想を膨らませニヤニヤほくそ笑んでいると、馬を操っていた
「どうしたのかい?」
「い、いえ、なんでもありませんわ」
レゼフィーヌは慌てて侯爵令嬢らしい笑みを浮かべ、オホホホと愛想笑いを浮かべて見せた。
「そ、そうかい。変わったお嬢様だな」
ブツブツ言う御者を横目に、レゼフィーヌは額の汗をぬぐった。
ふう、危ない危ない。
レゼフィーヌ余計なことを言わないようにと、窓の外に視線を移した。
生まれ育った城の高い塔がどんどん小さくなっていく。
にぎやかな王都も城下町ももう足を踏み入れることはないだろう。
そう思うとほんの少しだけ胸が痛んだ。
なんだか不思議な気分。
あんなにお城での暮らしが嫌だったのに。
レゼフィーヌは、これで最後だとお城と王都の風景を目に焼き付けた。
さようなら、私の暮らした都とお城。
さようなら、私の短かった侯爵令嬢としての暮らし
そして――ようこそ魔女としての暮らし!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます