ハロウィン・トレインの不思議な夜(全2話)

天野橋立

(前編)淋しい町に、ハロウィン・トレインがやって来た

 十月になると血が騒ぐ。私はハロウィンが大好きだ。


 小さい時に、隣の県にある小さな遊園地に連れて行ってもらって、開催されていたハロウィンイベントに衝撃を受けた、その思い出が高校生になった今でも忘れられない。

 ものすごく素朴なイベントで、スタッフの人たちが色紙を切って手作りしたっぽいカボチャやコウモリが、豆電球と一緒に園内の至るところに飾られていただけだった。でも、そこには非日常感が強烈に漂っていた。


 だって、黒と紫とオレンジの組み合わせなんて、普通に暮らしていたらまずお目にかかることはない。善い子のイベントっぽいクリスマスに比べて、圧倒的にワルっぽい大人の夜の雰囲気に私はものすごくワクワクして、その夜は熱を出したほどだった。

 夢の中で私は大人の魔女になって、ゾンビなどの闇の住人たちとともに、逃げ惑う子どもたちを夜の国へとさらって行くのだった。なんかちょっとハロウィンとは違う気がするが。


 残念ながら、その遊園地は間もなく閉園してしまって、二度とハロウィンイベントを見に行くことはできなかった。

 特別なイベントでなくても、町なかで普通にハロウィンの雰囲気が味わえるだけでもいい。でも、私の住む町の商店街にはもう商店なんかほとんどなくて、駅前のスーパーはずいぶん前から廃墟みたいになっていた。イベントどころではない。


 駅を越えた向こう側のバス通りまで行けば、百均コーナーの入っているドラッグストアがあって、ここならちょっとした飾りくらいのハロウィングッズは手に入った。買うものはそんなにないのだけど、ハロウィンカラーに彩られた特設コーナーの雰囲気を味わうだけでも嬉しいので、学校の帰りにわざわざ回り道して自転車を走らせるのだった。


 友人たちに呆れられながら、今日も百均コーナーに立ち寄って、「ただいま」と家に帰ってくると、台所からお母さんの声がした。

「理恵、こんなのが来るみたいよ。ハロウィン・トレインだって」


 なにそれ、と台所に向かうとお母さんの姿はなくて、テーブルの上には役場の広報誌が置かれていた。その表面には、「十月三十一日の夜18時、ハロウィン・トレインが鎌切川駅にやって来ます! 乞うご期待」という文字と、SLっぽい下手な手書きのカットイラストが掲載されている。

 ハロウィン・トレイン? そんなの聞いたことがない。スマホで検索をかけてみても、何も出てこなかった。イベント列車みたいなやつだろうか。


 なんだか分からないけど、せっかく近くの駅にそんなのがやってくるのなら、これは見に行くしかない。都会のハロウィンみたいな陽キャ大騒ぎイベントだったら嫌だけど、こんな淋しい町でそんなものが開催されるとも思えないから、そこは心配いらないだろう。


 三十一日、ハロウィン当日の夕方、私はJRの駅へと出かけた。せっかくだから、お気に入りの古いデジカメも持っていく。父が昔使っていたものだそうだ。

 今どき、広報誌に載せたくらいではあんまり宣伝にはならなかったのか、駅に集まった人影の数はまばらだった。

 無人駅だから、改札口は元々いつだってオープンで事実上出入り自由なのだけど、今日はわざわざ「ハロウィン・トレインご見学の方は、自由にホームにお入りください JR鎌切川駅」という張り紙がしてある。お言葉に甘えて、古い木造の屋根がかかったプラットホームに上がらせてもらう。列車に乗ることなど滅多にないから、ここに入るのも久しぶりだ。


 上りの方面から来るのか、それとも下りなのかなと、線路の彼方に交互に目を遣るうちに、上りの側の踏切が鳴り始めた。この駅に列車が着くのは一日にたったの五回ほどで、この時刻にやって来る列車はないはずだから、これが例のトレインに違いない。

 近づいてきたのは、いつもと変わらないクリーム色の電車、あるいはディーゼルカーというのかも知れないけれど、要するには見慣れた車両だった。さすがに、イラストにあったようなSLが来るとは思っていなかったが、私のテンションは下がる。せめて、それらしいラッピングくらいはしてあるのかと思っていたのだ。


 普通の列車と違っていたのは、向かいのホームに入ってきたその車両には灯りが点いていなくて、車内が真っ暗だったことだ。不気味といえば不気味だけど、回送列車なら当たり前のことだから、特別なことだとも言えない。などと思ううちに、車内にぼんやりとした光がいくつか浮かび上がった。ブラックライトというのか、紫色の照明の下に、カボチャのジャックやコウモリ、ガイコツなどのハロウィンオールスターズが蛍光を放っている。


 なるほど、こういう感じなんだと私は嬉しくなって、持ってきたデジカメのレンズを向けた。地味で渋い、だけど良い。

 チャイムの音が鳴って、車両のドアが開いた。周りの人影たちが、駅の中の踏切を渡って、上りのホームへと向かう。車内を見学できるみたいだ。私も早足で、線路の上を横切った。


 ドアのそばには、魔女コスっぽい尖った帽子をかぶった車掌のお姉さんが立っていて、愛想の良い笑顔を浮かべていた。のだとは思うけれど、紫色の光を浴びる様子が不気味なので、お姉さんの笑顔もひどく怪しげに見える。


「あの、車内に入って撮影しても大丈夫ですか?」

 とペンタックスのデジカメを見せた私に、魔女車掌さんはさらにすごい怪しげな笑顔になってこくこくとうなずき、どうぞお乗りくださいというように、手のひらで車内を指し示した。

 ヒヒヒ、と声が漏れた気がするけど、そんな声を出すJRの人なんかいないから、これは錯覚だろう。

 紫色の暗い光に染まる車内には、四人で向かい合って座るシートがいくつも並んでいて、ああ電車ってこんなだったなあと思う。それぞれのシートには、ハロウィンオールスターズが一人ずつぼんやり光りながらお客さんを待ち構えていて、乗り込んだ人たちはその隣に座ったりしている。私も足のないオバケの横に座ってみた。


 チャイムの音がした。ドアが閉まる。そしてエンジンがガーガー鳴り響いて、なんと列車が動き始めた。うそ、と私は慌てた。まさか走り出すとは思っていなかった。ホームに停まっていた列車が発車するのは当たり前かもしれないけれど、そういうことじゃないと思いこんでいた。周りのお客さんたちは落ち着いていて、勘違いしてたのはどうやら私だけらしかった。


(後編「車窓を覆う闇、打ち払う閃光」へ続く)

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