人喰村伝説殺人事件

立花 優

第1話 『人喰村伝説考』

 ここは、北陸地方にある、某超僻地の話である。

 知る人ぞ、知る、ある恐ろしい噂話では、超有名な村なのだ。

 で、真冬には、多い時は、積雪4メートルを超える事もあると言う。


 その中を、籐製の籠に、高価な漢方薬を積んで、歩いている旅人がいる。


 既に、夕方近くなっており、周囲はもう薄暗いのだ。

 皚々(がいがい)たる大雪原は、その豪雪の非常な過酷さを知らない人達にとっては、あるいはもしかしたら、美しく見えるかも知れないだろう……。

 だが、そこに、影のように音も無く現れた村人らは数人を率いて、この旅人を集団で襲うのだ。


 やがて、この旅人は、村人らに撲殺されて、一番近くにある、茅葺き作りの大きな家の中に、運び込まれるのだ……。


「さあ、さあ、さあ、さあ、久々の、人肉料理なんやぜ。


 今から、近所の家の人らも、皆、呼んで来るさかえ、お互いに箸を出すのは、もう、ちょこっと(注:少し)待っててや、頼むちゃねえ……。


 その間、みんなは「おついくばい」(注:コチラの方言で、「正座する」事)して、待っとんがいぜ。分かったわねえ……」


 と言って、猛吹雪の中を、多分、その家の母親らしき人物が、近くの家の住民達を呼びに行ったのだった。


「うわー、久々の、人肉料理やんか。待っとった甲斐ががあったもんじゃのう」


「お、お兄ちゃん、あ、あたいが、人肉のこの肝(きも)を、ちょっこ(注:少し)食べるからね」


 大きな里芋イモ鍋を見ると、その中に、いかにも人肉らしき物体が、肉汁の中に混ざっているのが良く分かるのだ。

 こってりとした濃厚な、肉汁だ。


 まるで、現在で言う、猪や鹿のジビエ料理のようにも見えない事も無い。


 肉汁の色は、若干の血液も混ざって煮込まれていたためか、味付け用の味噌の為なのか、薄黒い濃い茶色をしている。

 だが、明らかに人間の物と思われる筈の太い骨は、何処にも見当たらない事からしても、綺麗に死体から剥離されて、先程から煮込まれていたのだろう。


 この独特の匂いからして、味付けは、ニンニクと赤味噌味らしいのだが……。


「陀羅(ダラ)(注:馬鹿の事)、何、言うとんがや。

 小さな子供が人肉の肝を食べたら、鼻血が出るやろうが……。肝は、この兄ちゃんが先に食べるんやぞ。

 こ、こりゃ、昔から、年齢(とし)の大きい順じゃと、決まっとるやろうが……」


 さて、ずらりと並んだ皆の前には、グツグツに煮込こまれた、大きな鍋が、大きな囲炉裏の上から「自在鉤」で釣ってある。


 皆、全員が揃うまで、静かに、囲炉裏の前で「おつくばい」をして待っている。


 それでいて、鍋を見る皆の目は、異常に炯々として、隙あらば、一番先に、肝を食べるつもり満満の様子だった。


 これは、しかし、今から、数百年前のある村での、ある一場面の「再現状態の記述」なのだ。


 そして、この記述こそが、後に出て来る『人喰村伝説考』の中の、一番有名な記述でもあったのである……。後に、この記述が、SNSで拡散され、日本中の人々への一種キチ○イじみた異常なる関心を呼ぶ一大原因ともなる理由にもなったのだが。


 勿論、あくまで、「過去の時代の想像上の記述」である事は、著者自身も、ハッキリと明記はしていたのだけれどもねえ……。


◆   ◆   ◆


 さて、これからの話は、今の現代の時代の事である。混同されてはいけないのだ。


「ウワー、一体、何なんだ!これは!」


 鄙(ひな)びた温泉旅館の部屋の扉を開けた、慶早大学のミステリー研究会の会員らが、全員、大声を上げた。勿論、主人公のこの私もだ。


 ここは、北陸の某県N市の、一番、西側の端っこにある、天然の硫黄泉やラジウム泉が万病に効くと、古くから言われてきた温泉旅館『万能荘』の3階の事である。

 3階部分が洋風で、4階部分が和室での客室の、全部で24室あった温泉旅館の事だ。


 この温泉旅館では、朝食はバイキング方式で、各自がセルフサービスで食べる事になっているのだが、朝8時過ぎても三人の女性が2階のラウンジ兼食堂に降りて来ないので、慶早大学のミステリー研究会の会員らが様子を見に行ったのである。


 この旅館は戦後の昭和30年代後半に建てられたかなり古い建物とは言え、一応は鉄筋コンクリート造りで、窓枠はガチガチの鉄製であり、ちょっとした高級ホテルなみの外観を保っていたのだ。


 しかし、主たるお客とは、ほとんど湯治治療目的の中高年が多かったため、部屋の扉は内側のドアノブ側から鍵をかけるだけの簡単な造りで、チェーンロック機能等の二重の侵入防止装置等も、最初から付いてはいなかった。


 当然、廊下や非常階段に防犯カメラも全く設置されていなかった。


 つまり、内側から鍵が賭けられた場合、開けようとする時は、当の本人の持参する鍵か、あるいは、守衛さんが保管しているマスターキーで外側から開けるしか方法が無かったのである。で、守衛さんに来てもらい、顔を出さない三人の部屋のドアを開けた。


 おお、しかし、何と言う事だろう。


 こ、こ、これは一体何なんだ!!!


 さて、この話は、その年の4月に遡る。


 ここは、慶早大学にあるミステリー研究会の部室である。


 今日の会議は、週に1~2回程度開催される恒例の会議であったものの、今日の議題は、重要な、もっと言うならば、ミステリー研究会の1年中で最大の会議かもしれなかったのである。


 何故って?


 それは毎年恒例の、夏休み終わり頃の、「ミステリー探検ツアー」の行き先と、参加者を決める大事な会合だったからである。


慶早大学のミステリー研究会とは、主に、ミステリー研究を中心としながらも、超常現象やUFO(未確認飛行物体)やUMA(未確認生物)等々も含め、ありとあらゆる分野の、不可思議な分野の研究や視察を行ってきた実績があった、由緒ある大学の研究会だったからだ。


 かっては、古代恐竜の生き残りを探して、南アフリカの奥地まで探検旅行に行った事があったのである。

 その時、古代恐竜が川を渡っていると見せかけて、恐竜に似た流木に縄をかけてボートで引っ張り、そのインチキ写真をマスコミに公表したところ、本当に古代恐竜が生き残っていたとして、この日本全体を大騒ぎさせた事もあったのだ。


 勿論、このインチキ写真は、即、バレて、後に、マスコミから徹底的に叩かれたのだが……。


 だが、まあ、過去からのそんな伝統があるだけに、いくら部員数が減ったとは言えども、毎年の恒例となっている「ミステリー探検ツアー」だけは、この研究会にとっては、一番大事な行事でもあったのである。


 その会議の司会は、副会長の高木竜一が仕切っていた。

 会長は4年生でキチンといたのだし、他にも4年生の部員は数名いたのだが、全員、学業成績が芳しくなく就職活動に力を注ぐため、会長自身が今年の一年間は3年生で副会長の高木竜一に会長の職を任すと言って、つまり高木竜一は会長代理に格上げになっていて、会議にはその年の4月から、一切顔を出していなかったのだ。


「さて、今年の行き先なんだがね……」と、高木副会長(会長代理)が口火を切ったのだが、即、猛反論が、ある女性会員から出た。


 その女性は、私と同学年の2年生で、昨年の新入生の時、一緒に、このミステリー研究会に入会していたのだ。


 驚くべきは、彼女は、私学の雄:慶早大学の理学部の他に、何と国立の東京大学医学部にトップで合格していたと言う噂の持ち主の超秀才女性なのである。

 ただ、彼女の父親がIT会社の社長をしており、彼女の兄が既に同じ東大医学部に現役進学して既に医者になっていたため、彼女に会社を継がせる為と、また、彼女自身も慶早大学に魅力を感じていた為、この大学にやって来たのであったと言う。


 何故、私が、彼女についてそれだけ詳しいかと言うと、実はもう既に、彼女こと白石明菜ちゃんと相当に肉体的にも深い関係になっていたからだ。


「私は、この研究会の「ミステリー探検ツアー」は、もう止めるべき時期に来ていると思います。

 何故と言うに、昨年行った廃墟村の幽霊探検ツアーで、現在4年生の先輩女性会員が、足を滑らして大怪我をしたじゃないですか!


 そんな事よりも、もっと原則的に本来に戻って、新たなミステリー研究論文や小説等を発表して、研究誌か同人誌を出したほうが、よほど建設的だと思いますがねえ?」


「しかし、もう数十年も続いている恒例の行事だし、また、会員同士の親睦を図ると言う意味もある。そう簡単に止めるのは難しいんだよなあ……」と、高木副会長は言う。


 そこで、彼女には悪いが、私が、横から口を挟んだのだ。

「それだったら、行き先をよくよく研究して、よほど魅力のある場所なら「ミステリー探検ツアー」を今年も行く事にし、くだらない場所だったら今年は中止する。


 もっと言うなら、必ず、毎年行くというのではなく、行くに値する場所であれば、その年は「ミステリー探検ツアー」を実施すると言うのは、どうでしょう?」


「確かに、三井君の言う事は一理はあるなあ。と言って、先程の白石さんの説にも、最もな点もある。まあ、今回は、三井君の説を私自身は支持するが、ともかく、三井君の説が良いか、白石さんの説を採るか、ここでみんなの意見を聞いてみようじゃないか?」


 そこで、約二十数名程度出席していた会員の多数決を取る事になった。


 結果は、私の意見に賛成する会員が多かったので、では、問題は、今年は何処に行くかと言う事が、次なる大きな話題となっていった。


 すると、高木副会長が、妙に自信ありげに、この会議を、仕切り始めたのである。


「そこなんだがねえ。今年は、例年のような、行ってみて初めてどんな場所なのか分かるような場所では、実は、全く無いのだよ」


「とすると、そこは、一体、何処なのです?」と、明菜ちゃんが怪訝な顔をして聞く。


「それはなあ、実はこの本の中にあるんだよ」と、高木副会長が、勿体を付けてある本を鞄の中から取り出して、皆に見せた。


 本の題名は『人喰村(ひとくいむら)伝説考』とあった。


「あっ!」と、大きな声を上げたのは、何とこの私、三井純一であった。


「そ、そ、その本は、私の高校の生物の担任の故:林道夫先生が、30年以上もかけて研究した後、自費出版された本なのです。

 しかも、その本の出版直後、その故:林先生は、通い慣れた山道で、ハンドルを切り損なって交通事故死されています。

 私の同級生らの中には、その村「人喰村」の住民に故意的に殺されたなどと言う者もいた程ですから、良く知ってますよ。


 しかし、副会長は、どうしてその本を手に入れたのですか?」


「三井君は、北陸の某県でも、超優秀な進学校にいたのだろう。

 実は、私の友人に、君の高校の一年先輩がいてね。私がこの大学のミステリー研究会の副会長だと知って、前に買っていたこの本を私に送って来てくれていたのだ。

 ところでこの本の中身なのだが……」と、高木副会長が言わんとした所、


「その本の中身は、この私がほとんど暗記してますし、私の住んでいた某県内の某村の話です。私が代わって説明してもいいですか?」と、言ったら、高木副会長は、


「そんな事情なら、三井君の方の説明が良いかもなあ」と、あっさり認めてくれた。


 私は、水を得た魚のように、交通事故死した故:林先生からの受け売りも含めて、『人喰村伝説考』の話を、し始めたのである。


「そもそも、その本の題名は、「人を喰らう村」の伝説となっていますが、実際の村の名前は、「人を喰らう村」ではなく、人の杭の村、つまり「人杭村(ひとくいむら)」が正式な呼び名なのです。

 最も人口の多かった時は江戸時代で、当時の住民の人口が千人超え程で、現在は、八百人前後の村です。要するに、あの戦国時代の中頃、一向一揆で破れた農民が、数多く逃げ込んで来て、出来上がった村なのだと聞いています。

 なお、現在は、平成の大合併で、既にN市に編入されていますがね。


 私の高校の故:林先生は、それこそ何度も何度もその村に足を運び、村の古老達に接触し、なぜ「人杭村」と言う奇妙な名前になったのか、先ず、その理由を尋ねて回ったそうです。


 この時、分かったのは、かっては、その村のど真ん中を、巾約3メートルもある大きな川が上流にあるカルデラ湖から流れ出ていたそうです。

 そこで、そうですね今から数百年前、村人達総出で大きな木製の橋をその川に掛けたのですが、ある時、大雨が降って橋が流されてしまった。

 そこで、再度、橋を作り直した時に、今度は流されないようにと、敢えて生け贄用に人柱を立てた。つまり、村人の一人を、生きたまま、杭のように埋めた事がきっかけだったそうなのです。


 ただ、現在の研究では、西暦1500年代半ばに起きた大地震で、この一本の川が、上流の土砂崩れにより、この村を3等分するようになったと聞いています。


 これが、更に、この村を周囲の村から孤立させる事になったと聞いています。


 この本『人喰村伝説考』の最終ページに、「人杭村」の現在の簡単な見取り図が載ってますが、この村全体を険しい峰が囲い、更にその峰に沿って村の両側に2本の川が流れています。西側に矢野川、東側に東野川、そして村の中心を中野川が流れています。


「人杭村」の上流には、相当に大きなカルデラ湖があり、こちら側からは「人杭村」に入るのは、結構、難しいのですよ。で、「人杭村」に入るには、村の下側から、見取り図上で言えば南側から入るしかありません。


 この村を3等分していた川は、後に下流で一本の大きな川に合流し、最終的には、村から更に北側にある日本海へと流れて行きます。


 「人杭村」は、こうして他人を寄せ付けないような盆地構造になっているだけでなく、このカルデラ湖の更に奥には、標高1,800メートルを超える硫黄山があります。


 この硫黄山が、冬、日本海側から吹き寄せる冷たい風の影響を受け止め、多い時には「人杭村」に積雪4メートルを超える雪の雪原を作る。これが、この村の原型が出来始めた多分、千年以上も前からの毎年の状況でもあったのです。


 つまり、真冬の時で、かつ、大雪の場合、数ヶ月に及ぶ完全なる孤立村となったのです。


 で、明治時代後期になって、国と県の大事業で、太い林道だったか、農道だったかが整備されたそうです。これがキッカケで完全なる孤立村からは脱出できたそうですがね……」


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