134. Side 東春美:大人の事情
ゆすら事件の次の日。
秘書官に教えられた時間通りに長官の執務室に到着した私は、ドアをノックした。
「入れ」
すぐに長官の許可が降りて、私は長官執務室に入る。
攻城ヶ原長官に「座れ」とソファを指差されて従うと、攻城ヶ原長官は私の対面に座った。
「報告書は読んだ。
無事に解決できてよかったが……色々と災難だったな」
「いえ、全て綾様のご英断と裕太様のご人徳のおかげです」
「それに関しては否定せんよ。
あそこは息子も特殊なら、母親もなかなかに特殊だ。
寧ろ、母親が特殊だからこそ、息子が特殊に育った可能性が高い」
その検証も兼ねて小鳥遊「家」を観察対象に設定したわけだしな、と付け加える長官。
「それで、専門チームの設立の話だったか?」
今日の本題を口にする長官。
「悪いが、少し難航している」
「……原因をお尋ねしても?」
「政治だ」
もの凄く嫌そうな顔をしながら、長官は説明した。
「前に、裕太君のことを上のお歴々に知られたら不味い、という話をしただろう?」
「はい。
権力者に囲われるか政治利用される、というお話でした」
「ああ。
もともとは可能性としてありえる、という程度の話だったが……最近、色々ときな臭くなってきていてな。
裕太君の政治利用が、『ただの可能性』じゃなくて『実際の懸念』になりつつあるんだ」
これは一般にはあまり知られていないことだが、と前置きし、長官は続ける。
「実は、政界に婚姻制度を改定しようとしている一派がいてな。
そいつらの動きが、近頃になって活発化している」
「婚姻制度の改定、ですか?」
今の婚姻制度は、国中の専門家が熟考に熟考を重ねて定めたものだ。
その趣旨は、可能な限り成婚数を上げること。
男性に配慮しつつも、できるだけ多くの女性に結婚のチャンスが巡ってくるような作りになっている。
そのため、この法律に反対する人間は殆どいない。
それを改定しようとは、一体どういうことなのか?
「奴らが改定したがっているのは、『婚姻義務法』。
その中の『最低婚姻人数』という条項だ。
男性が義務として婚姻関係を結ぶべき最低人数を、今の『3人』から『10人』にまで引き上げようとしてやがる」
「そんなッ!?」
馬鹿な!
そんなの、完全に男性の人権を無視しているではないか!
「結婚適齢に達した男性は最低でも3人の女性と婚姻関係を結ぶ義務を負う」という今の「婚姻義務法」ですら、多くの男性が負担に感じているのに!
それを10人にまで引き上げるなんて、全男性を精神疾患に追い込む気か!
「今のところ、『男性が3人以上と結婚するのは精神的にも肉体的にも耐えられるものではない』という理由で、奴らの主張を退けることができている。
奴らも、男性の人権は軽視していても、男性の生命まで軽視しているわけじゃないから、主流派とは睨み合い程度で済ませている状態だ」
当たり前だろう。
無理やり法律を変えたところで、実現できなければただの空文だ。
「だが、奴らは諦めていない。
寧ろ、自分たちが主張する法改正は実現可能だと、実例をもって証明したがっている」
実例をもって証明……。
それって、まさかッ……!?
「そんな連中に、裕太君の存在を知られてみろ?
間違いなく10人くらい女を充てがわれて、無理やり結婚させられるぞ。
そして、その事実をもって『ほら見ろ、10人との結婚は実現可能だ』として、法改正を迫ってくるだろう」
私たちが望む形とは全く別の『モデルケース』の一丁上がりだ、と皮肉げに付け加える長官。
「そんな実例を提示されたら、もはやこれまでのように奴らの要求を突っぱねることはできなくなってしまう。
法改正待ったなしだ」
そんなの、滅茶苦茶にも程があるだろう!
裕太様は、特例中の特例だ!
特例が全体を代表しないことは、小学生でも分かることではないか!
裕太様が大丈夫だからと言って、他の男性も大丈夫とは限らないだろうに!
もしそれで法改正が強行されるようなことになれば、全日本の男性が精神を病むことになっていしまうぞ!
そもそもの話、いくら明るくて社交性の高い裕太様でも、10人との結婚は流石に不可能だろう。
特に、ご本人の意思とは無関係に充てがわれた相手ともなれば、寝所を共にするどころか、それこそ顔すら合わせたくなくても不思議ではない。
どう考えても実現不可能だし、何より裕太様への非道が過ぎる。
「……その一派は、何らかの手段で排除することはできないのでしょか?」
邪魔なものは排除するに限る。
政治に詳しくない私だが、こんな害悪を残しても良いことはない、ということくらいは分かる。
私の問に、長官は苦い顔で「それがな……」と言った。
「タチが悪いことに、その一派は、急進左派と反動右派……所謂『極左』と『極右』の人間で構成されていてな。
党を超えた連合な上に、なかなかの大物もいるから、排除が難しいんだ。
おまけに、暴力革命すら良しとしている過激派も所属しているから、下手に手出しできん」
「それは、もはや危険分子じゃないですか……?」
「文字通り、な」
そんな団体を、コントロールも排除もできないとは……。
この国は、存外に危ない状況なのかも知れないな……。
「もちろん、そんな危ない連中をいつまでも野放しにしておくつもりはない。
我々としても、排除する方向で各方面に働きかけている」
長官が口にした「我々」とは、恐らく穏健派のことだろう。
今の婚姻制度は、彼女たちの主導によって制定されたものだ。
おかげで、今の日本社会はそれなりに安定している。
「ただ、事を為すまでには、かなりの時間がかかる」
それはそうだろう。
危険分子は、一斉摘発で一網打尽にしなければ危険なことになる。
そのためには、各所への根回しが必須だし、リソースもかき集めなければならない。
党派を超えた連携とは、信じられないほど難しいもの。
十全な準備が整うまで、かなりの時間が必要だろう。
「だから、今は裕太君のことをなんとしてもひた隠しにせねばならん。
お前が申請している専門チームも、これが原因で設立が滞っているんだ」
恐らく長官は、男保省にも連中の目や耳は入りこんでいる、と考えているのだろう。
その場合、下手な動きをすれば、連中に感づかれる可能性が出てくる。
これまでも、一人の男性のために専門チームを立ち上げることは何度かあった。
が、そうした特別措置は、様々な部署からの許可と協力が必要だ。
腹を探られたくない我々としては、痛くないフリをする他ない。
「分かりました。
では、これまで通り、なんとか我が隊だけで対処いたします」
「すまんな。
私の方でもなんとかしてみるから、暫くはお前たちで頑張れ」
最後に他言無用を言い渡され、私は長官の執務室を後にした。
裕太様のネット活動に、政界の不穏な動き。
何事もないことを願いながら、私は待機所への帰路につくのだった。
◆◆◆◆◆ あとがき ◆◆◆◆◆
これにて第3章完結です。
(;-ω-)ゆすらちゃんに全部持っていかれた章だった……
第4章に関しましては、プロットすら出来ておりませんw
φ(・ω・`)意味深なラストにしてみたけど、プランとか全然ないんだよね……
というわけで、暫くお時間をいただければと思います。
(*ӦωӦ)ノ 他にも「現代魔法使いは異世界でも静かに暮らしたい」と「同居人は猫神さま」を同時投稿してるから、そっちも見てみてね!(露骨な宣伝)
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