03. いわゆる並行世界
朝食を食べ終えた俺は、今日も仕事に励む。
俺の仕事──それは、ママンの抱き枕になること。
リビングのソファに座るママン。
そして、そんなママンのお膝に
「ん〜〜、ゆうちゃん髪の毛ふわふわ〜、いい匂い〜」
膝に座らせた俺を後ろからぎゅ〜っと抱きしめつつ、頭に頬ずりしてくるママン。
ここで抵抗するとマジ泣きするから、俺はされるがままだ。
毎日やられているので、もう慣れた。
『今日の《町中で見かけたイケメン女子ッ!》は、東京都世田谷区からお送りしておりま〜す!』
リビングの壁に掛けられた、超薄型60インチ16Kテレビ。
そこから、リポーターの女性のハイテンションな中継が流れる。
俺の目はテレビに釘付けだ。
『本日は土曜日ということで、街はとても賑わっております! これは、イケメン女子の匂いがしますね!』
街頭でイケてる人を見つけて突撃インタビューをする企画。
よくある、割としょうもない番組だ。
しかし、それを見る俺の目はキラッキラである。
『すみません!』
ターゲットを決めたのか、リポーターが一人の通行人を追いかける。
『京電テレビです。只今『町中で見かけたイケメン女子ッ!』という番組やっておりまして、街ゆくイケメン女子をインタビューしているんですが、取材、よろしいですか?』
『ボクですか? いいですよ』
取材対象は、街を歩いていたイケメン。
いや、正確には男性ではなく女性なんだけどね。
めっちゃ美人で、マニッシュな格好をしている。
男装の麗人って感じだ。
『カッコいいコーディネートですね!』
『ありがとうございます』
『最近流行っているスタイルで『
『そうですね、かなりインスパイアされてます』
『ズバリ、今日のファッションのポイントは?』
『ポイントといいますか、実はこの下に──』
街頭インタビューが始まったが、俺の耳には届いていない。
俺の全神経は、インタビュアーの後ろ──街の景色に集中していた。
立ち並ぶビル。
色とりどりの店。
街ゆく人々。
見慣れたはずの街並みは、しかし俺の知るものとはまったくの別物で、ひどく新鮮だった。
何を隠そう、俺は生まれてこの方、街を歩いたことがない。
家の庭がサッカーコート並みに広いから、一応「家という建物の外」にはよく出ている。
が、「家の敷地の外」、いわゆる公共の場には、まだ一度も出たことがなかった。
こうして平日の朝からテレビにかじりついているのも、これが原因だ。
街にお出かけできないから、家でテレビを見たりするしかやることがない。
この世界で男として生まれ以上、これは仕方ないことと割り切っている。
が、それでもやはり外を自由に歩いてみたいという欲求は消えない。
だって、俺には前世の記憶があるから。
前世の俺は、30近いサラリーマンだった。
両親がいて、友人がいて、恋人がいて、同僚がいて、普通の生活を送っていた。
が、それらの人々に関しては、なにも思い出せない。
顔も、声も、眼差しも、もう思い出せない。
多分、千年以上生きたエルフと昔話をしても思い出せないだろう。
覚えているのは、実際に経験した出来事や知識だけ。
初任給で親と飲みにいったら二人が静かに涙を流し始めたのでこっちも釣られて鼻の奥がツンとしたことは思い出せるのに、二人がどんな人だったのかは何故か思い出せない。
友達とファミレスで可愛いウェイトレスを見つけたのに結局誰も話しかける勇気が出なくて野郎どもだけで小一時間モジモジしていたことは覚えているのに、彼らとの会話内容は何故か覚えていない。
彼女の誕生日に奮発して高級フレンチにいったらずっと写真撮影とSNS更新しかしなくて「マジこいつ」って思った記憶はあるのに、何故か彼女がどんな容姿だったのかの記憶がない。
個人に関する事柄だけが、まるで靄がかかったようにぼやけているのだ。
だからか、俺には前世に対する未練というものが一切ない。
大人だった俺が、この世界で赤ん坊として再スタートしてもなんとか精神崩壊せずにすんだのも、この曖昧な記憶のおかげだろう。
もちろん、前世の知識や経験や価値観があるせいで、この世界のことが奇妙に思えてしまうことはある。
が、それはもまた仕方ないこと。
なにせ、元の世界は男女比1:1の──普通の世界だったからね。
この世界の狂った男女比をオカシイと感じてしまうのも無理ないだろう。
この世界は、記憶にある「地球」とかなり似ている。
呼び方は同じく「地球」。
多分だけど……いわゆる並行世界というやつだと思う。
ややこしいので、俺は前の世界を「前地球」、この世界を「現地球」と呼び分けている。
現地球の歴史は、前地球の歴史とだいぶ違っている。
同じところも結構あるけれど、違うところの方が多い。
なので、俺が持っている前地球の歴史知識は、大半が役に立たない。
ただ、生活している分には、前地球と殆ど変わらない。
男女比が狂っている以外、現代日本での暮らしと殆ど同じ。
こっちの方がほんのちょっとだけ文明が発達している分、前地球よりも暮らしやすいまである。
「あ〜〜、やっぱりうちのゆうちゃんは最高ねぇ〜」
そんなことを考えている俺の後頭部を、ママンがスーハースーハーしてくる。
我が母のことは、心底好きだ。
それは恋愛的な意味ではなく、母子としての純粋な愛情。
心と身体が「お母さんだ」と強く認識しているのだ。
前世の両親の記憶は、まったく影響しない。
この人こそが今の俺の母親であり、この人だけが俺の母親だ、という強い確信がある。
とは言え、やはり生前の意識がある分、リアル子供のように甘えることは難しい。
ママ呼びとか、マジ勘弁してください……。
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