生真面目

小狸

短編

 *


 

 とても生真面目な友人がいた。

 

 クソ真面目と言っても良いかもしれない。


 例えばぼくが彼について小説を執筆することになるとしたら、恐らく題名は『生真面目』という四文字になるだろうというくらい、真面目である。


 しばし適当装って周囲に誤解されて格好つけている人間を取り繕うための「根は真面目だから」という言葉とは、訳が違う。


 生来の真面目人間だった。


 ぼくが彼と知り合ったのは、去年――つまりぼくらが大学一年生の時、学部のガイダンスで偶然席が隣になったところからだった。


 ぼくは彼を見て、幾言葉が会話をして――ああ、真面目なんだなと思った。

 

 そして同時に、真面目で損をしてきた人間なのだと思った。


 それは彼の生育環境に関わってくる話なので、詳しくは知らないけれど――話を聞くとどうも両親から虐待を受けて、信じられないほどの抑圧を受けて育ってきたのだそうだ。


 真面目であることで、何とか己を保ってきた生き物。


 それが、彼だった。


 今、ぼくらは大学二年生である。


 学部の講義も忙しくなってくる反面、将来のことについても、考えねばならなくなる頃である。


 ぼくは教員を目指しているので、学部(教育学部ではない)とは別単位で教職課程を履修しているけれど――ふと、何となく先のことを考えた時に、彼のことを考えてしまうのである。


 生真面目で、クソ真面目で、真面目という言葉がそのまま凝固したような、彼。


 きっと彼の居場所は、社会にはないだろう。


 容赦のない言い方だが、真実である。


 真面目というのは、欠点でしかない。


 結局重要なのは人から信用を得られるかどうかというところで、真面目という気質は、その中間地点でしかないのだ。むしろ真面目なだけ――生真面目なだけの人間は、残念ながらこの世の中では、敬遠される傾向にある。いつだって評価されるのは表面的に上手く物事をこなしていく輩で、心の在り方がどうだろうと、それは誰も見はしないのである。


 いやいや、そんな世の中は厳しくないよと思う方もいるやもしれない。


 先生にチクる真面目な子。


 そんな同級生を、小学校時代に見たことがあるだろうか。


 空気読めないなあ、とか思ったことはないだろうか。


 まさにそれである。


 彼らにとっては、正しいことをしているつもりなのだろう。そして集団にとっても、それは正しいことなのだろう。


 しかし、だからといって他の人々がそれを良いと思うかどうか、というのは、また別なのである。


 いじめがなくならないように。


 虐待がなくならないように。

 

 彼の真面目さは――ある意味人を寄せ付けない。


 学部の講義が始まって一年、他にも友達ができたけれど、彼には一向に友人知人の類はできないようだったし、彼もそれを大して問題と思ってはいなかった。


 彼は、真面目なだけだった。


 真面目なだけで――他には何も無かった。


 当たり前である。それだけで生きてきたのだから――それだけで、生きるしかなかったのだから。


 彼に訊ねてみたことがある。


「就職とか、どこ考えてるんだ?」

 

 すると、


「ああ。普通のサラリーマンかな」

 

 という返答が返ってきた。


 多分、それは無理だろう。


 彼は、普通ではないのだ。


 普通の場所には居られない。


 今は大丈夫だろうとも、社会人にはなることはできようとも、多分それは続かない。


 いつか、彼の人生はどうしようもなく崩壊し、もう生涯立ち直れないほどの挫折を味わい、「真面目」という記号を失い、幸せとは一番縁遠い所に配置されて、絶望すらできないまでに追い詰められるだろう。


 ぼくには、彼のそんな将来が想像できる。


 でも、言えない。


 それを言ってしまえば、彼の唯一の性質を否定してしまうことに繋がるからである。性格そのものを否定するなど、ただの一介の、一年しか経っていないぼく程度の友人にできようか。


 ただ、思う。


 彼のような人間は、この世の中。


 どう生きれば良いのだろうか。


 誰も彼に教えてはくれないし。


 誰も彼の居場所にはならない。


 誰も彼を救ってはくれない。


 それでも。


 無理矢理彼の幸福の獲得を考えるのなら。


「…………」


 こんなことを臆面も無く言うと、ぼくが残虐非道な人間であると勘違いされることを承知の上で言うが。


 彼は――。


 




(「生真面目」――了)

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生真面目 小狸 @segen_gen

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