第6話 どっちの方が良い?

 いきなり聞かれても困りますよね、すみません。


「ボンゴレとペスカトーレのどちらを注文なさいますか?」


 このように聞かれれば、どちらかを選んで答えられますよね。

 

 それでは……


「ボンゴレとペスカトーレ、どっちのほうがいい?」


 親しい相手との会話では変でも珍しくもない台詞かと思います。これを小説中に書く場合に、漢字を使ったのか、使わないのかで迷ってしまいます。

 小説を書いている皆さん、ご自分の小説で検索してみてください。『〇〇のほう』『□□の方』『いい』『良い』、結構ありませんか?


 やった方が良い

 そっちの方に行く

 それでいい

 私のほうが若い

 北陸のほうへ向かう


 混ざってます、混ざってます。どちらの書き方もありました。同じ意味なのに複数の表記が混在している『表記ゆれ』です。これは直したさそうですね。

 ね? すぐ『ほう』と『よい』を使うんですよ、私。


 まずは『ほう』と『方』について調べてみたところ、『形式名詞』はひらがなで書くと分かりました。形式名詞とは、言葉の意味が失われて形だけが残った名詞のことで、その漢字が持つ実質的な意味を持っていません。それに対して、『実質名詞』は漢字で書きます。漢字の意味そのままの場合です。

 編集や校正の用語では、漢字をひらがなで表記することを『ひらく』、ひらがなを漢字で表記することを『とじる』と呼ぶそうです。

 どういったケースがひらいたのか、とじたのか。整理してみましょう。

 

・漢字をひらく(ひらがなにする)例

 やったほうがいい

 私のほうが若い

 関西のほうが好き

 あなたのほうにある

 (責任は彼ではなくあなたにある、といった意味の場合)


 これらの『ほう』は『方角』の意味は失われていますよね。このように『形式名詞』の場合はひらがなで表記します。



・ひらがなをとじる(漢字にする)例

 そっちの方に行く

 北陸の方へ向かう

 南の方が縁起が良い

 あなたの方にある

 (あなたが立っている場所の方角に置いてある、といった意味の場合)


 漢字の意味のまま方角を表している『実質名詞』なので、漢字で表記します。同じ『あなたのほう』でも『あなたがいる位置(方角)』を表しているので漢字です。


 はい、良く分かりました!


 『形式名詞』はひらがなで書く。

 『実質名刺』は漢字で書く。


 覚えましたよ!




 次に、『いい』と『良い』についても調べてみました。


 まずは、『よい』と読む二文字を『よい』とひらがなで書く場合と、『良い』と漢字で書く場合の違いです。これについては、毎日新聞社のサイトと「ことばのエチュード」というブログがとても分かりやすかったです。

 毎日ことばplus https://salon.mainichi-kotoba.jp/archives/670

 にほんご自習室 ことばのエチュード https://e-kotobano.com/1249/


・漢字で書く例

 手際が良い

 良い作品

 

 優良や優秀など優れている意味のときや『悪い』の反対語としてなど、意味の独立性がある場合は漢字で表記します。



・ひらがなで書く例

 住みよい

 飲んでもよい


 本来の意味が薄れ付属的に使われる場合にひらがなで表記します。『接尾語』(住み)や、『補助形容詞・形式形容詞』(飲んでも)です。


 このルールを覚えておくと、例えば次のような言葉でも漢字・ひらがなの判断ができますね。


 〇食べづらい

 ×食べ辛い


 〇甘くない

 ×甘く無い




 それでは、ここで問題です。


「成績表の甲と乙、どちらの点数?」


 この部分は、どのように書くべきでしょうか?

 簡単ですね。答えはこちらです。


「成績表の甲と乙、どちらのほうが良い点数?」


『どちらのほう』は形式名詞なのでひらがな、『良い点数』は優秀の意味なので漢字でした。




 さて、今回『よい』について調べていて気付いたことがあります。私は『いい』と『良い』の使い分けができていませんでした。


 そうすればいい

 そうすれば良い

 仲がいい

 仲が良い

 いい天気

 良い天気


 これらの例は決して間違った文ではありません。大抵の人は話し言葉なら『いい』、書き言葉なら『よい』を普段の生活でも使い分けていると思います。表記ゆれのことを考えると、小説でもしっかり使い分ける必要がありますね。

 なお、常用漢字の決まりでは『良』は『い』と読みますが『い』とは読めません。小説の中でどうしても必要な演出・表現であり、どうしても読者にそう読ませたい場合のみ『い』とルビを振ればよいでしょう。


 話し言葉といえば、私は登場人物によって台詞の表記を変えたりしています。誰もが工夫しているところだと思います。


「食べていいよ」

「食べていーよー」

「食べて良いぞ」


 表記ゆれに注意しつつ、個性を持たせていきたいですね。

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