銀の竜と流離の少女

@nasujagaimo123

第1話 夜の冷気

夜の冷気が肌を刺すように感じられる中、エルティアは森の中を必死に走り続けていた。薄暗い空には二つの青い月がぼんやりと輝き、木々の枝が不気味な影を落としている。周囲の静けさは異常で、足音以外の音がまるで消え去ったかのようだった。それが、エルティアの心にさらなる緊張をもたらす。


背後には魔物たちの気配が迫っていた。あの忌まわしい獣たちは、かさついた皮膚と不釣り合いなほど鋭い牙を持ち、夜の闇に溶け込むかのように動いている。エルティアの呼吸は浅く、足元の土や枯れ葉が踏みしめられるたびに、脳裏に恐怖がよぎった。だが、彼女は振り返らない。今はただ、前に進むことしかできないのだ。


彼女のリュックには、「冥府の石」と呼ばれる黒紫色に輝く小さな石が収められていた。その不気味な光は、まるで深淵を覗き込んでいるかのように感じさせる。石の持つ力は、彼女に明確な説明が与えられたわけではなかったが、それが恐ろしいものだということは、村の長老たちの表情からも感じ取れた。石の力が魔物たちを引き寄せ、村を滅ぼした。エルティアはそのことを深く理解していた。


「私が、これを隠さなきゃ…誰もこれに触れてはいけない…」


自らに言い聞かせるように、エルティアはその小さな石にしっかりと手を触れた。彼女の使命は明確だった。誰にも、この石を渡してはならない。そして、自分もその力に屈してはならない。だが、逃げ続けるのは限界に近づいていた。足元はもう重く、膝は悲鳴を上げ、喉は乾いて呼吸が苦しかった。


ふと目の前に、不思議な光景が広がった。彼女の行く手に、大きな洞窟の入り口が現れたのだ。森の木々とは異なる冷たい空気がそこから流れ出ており、銀色の光がかすかに洞窟の奥から漏れている。まるで、そこが現実の世界ではない異世界への入り口のように感じられた。追っ手から逃れるため、エルティアは深く考える暇もなくその洞窟へと飛び込んだ。


洞窟の内部は、外の世界とは対照的に静寂に包まれていた。石壁は冷たく、空気は重く湿っていた。彼女の足音が洞窟内で反響し、そのたびに心臓が一瞬止まりそうになる。だが、それでも彼女は奥へと進み続けた。ここは一見して、ただの自然の洞窟ではないことがすぐにわかった。壁に描かれた古い紋様や、ところどころに散らばる奇妙な形をした石像――それらは古代の遺跡を思わせた。


「ここは…いったい…?」


洞窟のさらに奥に進むと、目の前に巨大な空間が開けていた。そこには一つの大きな石の台座があり、その上に横たわる巨大な存在があった。薄い光がその姿を照らし、彼女の息が一瞬止まった。それは、銀色に輝く竜だった。


竜はまるで石像のように、微動だにせず静かに横たわっていた。その巨大な体躯は、洞窟の天井にまで届くほどだった。全身を覆う鱗は月光に反射して美しく輝き、見る者を圧倒する存在感を放っていた。しかし、その竜は明らかにただの石像ではない。竜の周囲には何かしらのエネルギーが漂っており、その古の力は空気そのものに影響を与えているようだった。


「これは…伝説の…銀の竜?」


エルティアは息を呑んだ。この竜こそが、古い書物に記された「シェルヴァリウス」ではないのか?伝説によれば、彼はかつてこの世界を守護していた偉大な竜であり、ある時代に人間たちとの戦いの後、永遠の眠りについたと言われている。そして、彼の眠りを妨げる者は大いなる災厄を呼ぶとも…。

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