第14話 初めてのお泊まり

 あの約束の日から、あっという間に当日になった。


 初めて自宅にお客様が来るとだけあって、このかは珍しく躍起になっている。


「おっおかえりなさいませ。ご主人様……」


 それもメイド服をまといながら。


「う〜〜〜ん……。これで喜んでくれるかなぁ……?メイド服を着れば、どんなお客でも喜んでくれるってネット記事に書いてあったからなぁ……」


 コミュ障が故に他人と相談することが苦手なこのかは、分からないことがあったら即座にネットを駆使して調べる。


 一体何を読んだらそうなったのか?たどり着いた先が、メイド服を纏えばおもてなしの精神がより一層上がるという謎のアドバイスサイトだった。


 ちなみにこのメイド服は、二年ほど前にフリマサイトを見て、自分にも似合うのではと興味本位で購入したもの。そこまではいいのだが、いざ合わせてみると、やっぱり似合わないと後悔し、結局本格的に纏わずにいた。


 しかし今回ばかりは初めてのお客様。家族がいない今がチャンスと意を決して纏った。むしろ他人に見せびらかす方が恥ずかしいのだが。


「はっ!来ちゃった!」


 このかはリビング全体に鳴り響くインターホンに驚く。


 きっと間違いないと思い、恐る恐るインターホンの通話モニターに近づいて通話ボタンを押す。


讃井さぬいさん!来たわよ!」


 モニターには、妙に生き生きとしている栞奈かんなの姿が映っていた。


「あっはい!いっ今行きます!」


 とうとう訪れたこの場面。玄関まで近づくにつれ心臓の鼓動が次第に大きくなっていく。


「おっおかえりなさいませ。ごっご主人様……」


 ゆっくりと玄関ドアを鍵を解錠してドアを開ける。


「来たわよ!讃井さ――」


 栞奈の花のような笑顔を視界に捉えると、わずか数センチしか開けなかったドアを勢いで閉める。


「ど、どうしてそこまで躊躇ちゅうちょするのよ!?」

「やっやっぱり恥ずかしいです!私の今のお姿を生徒会長に見せるわけには――」

「何を言っているのよ!?わたくしがあなたのファッションに文句をつけるために来たわけじゃないのよ!早く顔を覗かせなさい!」

「むっ無理ですぅ~!」


 このかはメイド姿を見せたくないという拒絶反応によりドアを閉めようとし、そんな態度を疑問に感じた栞奈は、強い力で開けようと、無理やり中に入ろうとする。


「ねぇどうしたのよあの人?」

「別れた彼氏と復縁でもしたいのか?」


 その時後ろの道路を散歩している中年男女が、いやが応でも中に入りたい栞奈を見て勘違いをしながら苦笑している。


 その声にが玄関まで聞こえたこのかは、恥ずかしさのあまり力が抜け、栞奈を入れさせた。


「おじゃまします」


 ライトブルーのキャリーケースを引きながらようやく中に入る。


 真っ白な生地に青・赤・黄色の長方形が描かれたカットソー、黒のスラックス、カットソーと同じカラーのスニーカーというファッションがスタイルの良さと相まって、思わずこのかは見とれていた。


「あら?あなた何その格好は?コスプレ撮影会に参加するの?」

「いっいや。あの、その……。特にこれといった理由はありません……」


 栞奈を集中して見つめながら玄関の前で正座するこのかに、栞奈は何故メイド服姿なのかと問う。


「まさかあなた、お客様をもてなすにはメイド服がいいとネットに書いてあったから実行したわけではないわよね?」

「ウッ!!」


 曖昧な返答をしなかったこのかに栞奈は疑問をいだく。そして図星を突かれたこのかは、心臓が飛び跳ねるほど驚く。


「ちっ違うんです!こっこれは生徒会長を喜ばせようと、妹の部屋に勝手に入ってクローゼットをあさったら奥にしまってあってその――」 

「……………」


 このかは分かりやすい嘘を言い訳にしてメイド服を纏っている理由を口にする。だが、そんな脳内で出来立てホヤホヤの言い訳を栞奈が見逃すはずもない。


 無言のままだが、どうせ作り話でしょ?と言わんばかりにこのかを睨む。


「その、あの、はい……」


 我慢できなくなったこのかは素直に認める。


「何も恥ずかしがることないわよ。あなた、メイド服も似合うじゃないの?」

「そっそうでしょうか?」


 メイド姿を見つめながら高評価する栞奈に、このかは彼女に確認の問いを投げる。


「えぇもちろんよ。メイド服が似合わないお方なんて、この世にはいないわよ。特に讃井さんが」


「あっあっ――」


 栞奈は重ね重ねメイド姿をベタ褒めする。高評価すればするほど、このかは「ありがとうございます」という感謝の言葉を述べることができないくらい困惑気味になってしまう。


「それではそろそろ上がろうかしら。讃井さんのお部屋はどこかしら?」

「あぁ!ちょっちょっと待っててください!そのキャリーケースのタイヤが汚れているかもしれませんので。たっただいま雑巾そうきんをお持ちします!」

「あぁ。その必要はないわよ」

「えっ?」


 このかは濡れた雑巾を持っていくために洗面所へ移動するが、栞奈は何故か拒む。


 すると、栞奈はこのかの隣に座り、ピンク色のリボンが付いているキャリーケースと同色のショルダーポーチからある物を取り出す。


「じょ、除菌シート……ですか?」


 除菌シートの一枚取り出し、キャリーケースのタイヤの砂塵さじんの汚れを拭き取っていく。


「わたくし、日頃から用意周到なの。招いてくれた方が負担をかけないように、お客であるわたくしが率先してできるマナーを実行するのよ」

◯「はっはぁ……」


 栞奈の気遣い溢れるマナー意識に、このかは感心する。こうした周囲のことをしっかりと目を向けて動いているからこそ、生徒会長が務まるのかもしれない。


「あっ、わっ私のお部屋は左の階段を上がって真ん中のドアです!わっ私はお菓子やお飲み物を準備します!ほっ本日は生徒会長のために、最高級ケーキと紅茶を用意しますから!」


 このかは慌てるように栞奈に自身の部屋の場所を案内してからキッチンへ移動した。


「……あっ!」


 その矢先、キッチンへと向かうはずだったこのかの足の動きが急に止まる。


「すっすみません。私としたことが申し訳ないことをしました……」

「ん?」


 身体からだごとかえりみてからこのかが謎の謝罪をするものだから、栞奈は首をかしげる。


「そっそのキャリーケース、わっ私が運びべきでした!私が部屋まで運びます!」

「い、いいわよ!そんなに中身はたくさん詰め込んでいないわよ!わたくし自ら運ぶので、讃井さんはキッチンに向かって!」

「こっこれもお客様に対するおもてなしですので――」


 このかはサービス精神の強さから、栞奈にずかずかと近づいてはキャリーケースを持ち運ぼうとする。


 当の栞奈は申し訳ないと思い、自身のキャリーケースは自身で運ぶと気を遣う。


「うわっ!」

「キャッ!」


 お互いの抵抗力が強すぎるあまり、このかと栞奈は違う方向へ倒れた。そのおかげでキャリーケースが自然と開いてしまい、中身が散乱する。


「痛たたた……。あっ!ごっごめんなさい!お怪我ありませんか⁉」

「え、えぇ。重傷軽傷問わず特に何もないわ。あなたは?」

「わっ私も特に――」


 このかと栞奈はお互いの怪我の状況を確認する。幸い無傷むきずで済んだが、栞奈のキャリーケースが心配だ。


「私のせいでキャリーケースの中身が――」


 キャリーケースの中身が散乱した責任を感じたこのかは、散乱した中身の一つを手に取る。


「あっ!そ、それは⁉」


 このかが手にしたのは、丸い形をしたスポンジ素材の物体。一体これは何に使用するものかとこのかは首をかしげるが、どういうわけか栞奈は慌てふためく。


「どっどうしたんですかっ⁉ふっ触れちゃいけないものでしたかっ⁉」

「え、えぇ。これはかなりだから――」


 栞奈の慌てふためきに、このかは驚きながら質問をく。それでも栞奈は動揺しながらこのかが手にしたスポンジ素材の物体を奪うように取り返す。


「そ、それよりも……、早くケーキと紅茶を用意してきて!わたくしはケースの中身を片付けてからあなたのお部屋に向かうから……」

「あっはい……」


 このかは栞奈に指示され、そのままキッチンへ向かう。


「はぁ~……。何とか誤魔化すことができたわ……。わたくしが『胸パッド』をしているのを、たとえ讃井さんでも知られてはいけない秘密だもの……」


 栞奈にとって最大のコンプレックスを間一髪で知られずに済んだと共に、気を引き締めてこの宿泊を楽しもうと決心する。

(続く)

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