第2話 異世界転生

 しばらく泣いたところで、目を開けたくないと思ってしまう。

 もうサーバーダウンの定刻はとおに過ぎているであろう。

 つまり、目を開ければ真っ暗なVRゴーグルの画面というリアルが見えるだけ。


 そんな現実、私には耐えられない。


 そう思ってしばらく目を閉じていたのだが――

 おかしなことに気付いた。


 音が聞こえる。

 虫の鳴く声だ。

 いや、音だけではなく湿った匂いと、風が肌を撫でる感覚まである。


 音はともかく、ゲーム内にそこまでの五感機能はなかった。

 けど、もうサーバーはダウンしているから、この感覚はおそらくリアルのものであろう。


 あれ、家の窓を開けっ放しにしてたっけ?

 いやいや、引きこもりの私が窓を開けるとかそもそもない。

 ……ってことは泥棒!?


 それまでの苦しさとは異なる緊張感が走り、別の意味で目を開けたくないと思ってしまう。

 もし泥棒なら、私がVRゲームプレイによりリアルの感覚器官をオフにしていると思ってくれれば、物色したあと帰ってくれるはずだ。

 女だけど私みたいな陰キャの体に泥棒さんが興味を持つとは思えない。


 なんて思っているのも束の間、太ももの辺りに何かが触れた。


「……!?」


 寸でのところで悲鳴を上げるのを堪える。


 この泥棒さん、まさか私の体をっ!!?

 いやいや、やめときなって!!

 こんな根暗女なんてもらったって損するだけだからっ!


 だが、触れている何かが徐々に上の方へと這って来て、私の大切な部分に触れそうになる。


 さすがにもうっ……むりぃぃぃぃぃ!!!


「うわああああああああああ!!!!!」


 どうすればいいかわからなかった私はとにかく大声を上げることにした。

 賃貸安アパートだから壁も薄いし、もしかしたら誰かが助けに来てくれるかもしれない。

 そう思っていたのだが、目を開けると想像とはかなり異なる光景が広がっていた。


 私は森の中で寝そべっていたのである。

 聞えていた音も、湿った木々の匂いも、風の感触も、すべては森にいたからなのであった。


 でもなんで?

 なんで私、森の中で寝てるの?


「ひゃぅ!」


 太ももにあったソレはついに私の大切な部分に到達してしまい、思わず声が漏れでた。

 何かと思って視線をやると、そこには最弱モンスターのスライムがいた。

 うねうね動きながら、恐らく攻撃をしてきているのだろうが、私のステータスを前にノーダメージとなっている。


「スラ……イム……?」


 いやちょっと待て。

 ステータスはゲームの中の話であって、リアルにそんなものない。

 というかリアルにスライムなんているはずない。


 森の中にいて、おまけにスライムがいることに困惑してしまうも、とりあえずケリを入れて倒す。



 いや……。



 正直なことを言えば困惑なんてしていない。

 心はもう踊り出していいのかとうずうず待ち構えていた。


 ここがどこであるか。


 あれだけやり込んだゲームだから、パッと見ただけでそれはわかることなのだが、本当に間違いがないのかと何度も確認していたのである。

 そして、高鳴る昂揚とともに思わずうれし涙が出た。


「は……はは……。よかった、終わってなかったんだ……っ!! まだ終わってないんだ!」


 そのまま駆け出した。

 駆けて、駆けて、ひたすら駆けて、そして、森を抜けた先の丘の上から街を発見した。

 見紛うはずもない


「セザンヌの街だ。やったぁぁぁ!!!! 私はついに、ここに来たんだぁぁ!」


 頭の中では、五感が全部あるからこれって異世界転生? とか、なんでゲームの中の世界に? とか、いろんな疑問が渦巻いていたが、結局のところそれらは些末なことだ。


 私の生き甲斐。

 私の人生。

 それがここに詰まっている。

 だったらもうそれ以外のことなんて正直どうでもいい。


 喜びとともに私はセザンヌの街へと駆け出すのだった。

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