いつか世界に君のモノ語りを。

サトー缶珈琲

主人公症候群

 異世界に憧れていた。

 いつになったら異世界召喚されるのかといつも考えている。


 剣を振るのに憧れて買ったトレーニングソードなるものは今も部屋の片隅に数本立てかけてあるし、今となっては思い出しただけでも頭痛がしてくるような黒歴史の遺物になってしまったものの自分で書いた魔導書や古本屋で買った値札シール付きの黒魔術の本も本棚の最下段にひっそりと並んでいる。


 中学の頃に患った厨二病はいつまでも完治しないまま、今も変な妄想ばかりしているせいか自分が天才である可能性も自分が特別である可能性も捨てきれていない。

 人と話すことに苦手意識を持ってしまうのは抑えられない劣等感からか。自分の無能さが自身に露顕するのを恐れているからか。

 当然友達と呼べる存在はゼロ。話しかけられたら話すし、必要に迫られればそこそこ上手く集団の輪に入れている、と思いたい。

 

 まあ、よくある話なのだと思う。

 集団の中で感じる孤独感も。

 沢山の夢を覆ってしまった劣等感も。


 恐らくそこそこの人数が、普通に持っているものに違いない。


 憧れているものは沢山あった。というか今も少しだけその憧れを捨てきれてはいない。

 それこそ別に異世界じゃなくてもいい。

 世界の命運を一身に背負って奔走したり、異世界迷宮の最深部を目指して奔走したり、妹の人生相談に乗って奔走したり、友の抱える問題を解決するために奔走したり・・・。

 あれ?なんかやけに駆け回っていないか?

 と、言葉だけで突っ込んでしまうと滑稽にも聞こえるが、憧れ、焦がれているのだから、彼ら彼女らのそれは、かっこよくて胸が熱くなって思わず感動してしまうような、そんな奔走である。


 つまり言いたいことは一つである。

 わかるだろう?

 わかってくれるよな?

 ここまで語ったんだ。神様が返事をくれることを祈りつつ、さらに欲を張ってそれが優しく肯定的なものであってほしいという願いも込めて口にする。

 

 俺は主人公になりたいのだ。

 

 物語は何でもいい。ラブコメでもファンタジーでもサスペンスでも。

 まあでも、何であっても今の日常よりは数倍楽しいに違いない。


 人間に化けながら、人の記憶を改竄して、あるいは堂々と。

 デュラハン、妖刀使いに吸血鬼。おしゃべりな魔法使い、電撃使いの女子中学生。さらには忍者の末裔から幽霊の少女まで。特徴が無いことが特徴のヒロインに空から降ってきた記憶喪失の少女だって。

 この世界のどこかで俺以外の主人公と物語を進める非日常達と俺も物語を始めてみたかった。


 ほかに語るならば、目の前の曲がり角から美少女が食パンを咥えて飛び出してきたり。突然見知らぬ美少女に突拍子もなくおかしな勧誘をされたり。坂の上からベレー帽が風に煽られて頭上を飛んで行ったり。

 そんなライトノベルの、物語的にはありふれた些細なラブコメの出会いの一幕でさえ良かった。 


 宇宙人や未来人、以下略。

 的な存在もきっといる。いるに決まっている。

 ファンタジーからラブコメまでおおよそこの世に存在するほぼ全ての非日常が実は自分の近くにも存在しているに違いない。


 そしてなぜか俺は非日常的存在そいつらと出会って色々厄介なことに巻き込まれていくのだ。

 なんせこの時期は多くの物語がプロローグから一話を始めるのだからそれが俺にも訪れたっておかしくはない。


 そう信じたいのだけど、もしかしたらもしかすると、まだ可能性の話であって確定事項では無いのだが、俺は主人公ではないのかもしれない。

 

 魔法使いやら死霊術師やら超能力者やら宇宙人やらのSFチックでオカルトチックな人物に会いたいのだが、そもそも論ずるべくも無くこの世界で俺にそういった状況は訪れない。

 涼宮ハルヒが俺の前に表れでもしない限りは、と十のマイナス何百乗かの確率でも起こり得ない条件を飾りとして付け加えても、俺が主人公では無いことの証明には十分過ぎるのでは無いかと指摘されたなら、指摘してきたそいつに助走をつけてローキックをお見舞いしてやりたいね。


 

 超常の物語への希望は過ぎ去る時間の中でことごとく否定されていったし。

 科学や歴史や数学が、俺の妄想を全否定するように淡々と事実を語っていく。


 

 世界が中二病患者に厳しい法則で成り立っている事に感心しつつも、いつも夢想してしまうのはまだ俺が大人になれていないからか。

 ライトノベルを人生の教科書とあがめるのは卒業したし、ダース単位で抱えていた夢の多くも現実的に捨てて来たというのに。


 


 そんな感じで何だかんだあり、いや、本当は何も無かったのだが、大人になることの寂しさを身を持って実感し、この退屈な俺の物語を今後どう進めるのか、という酷くつまらなくて考えるのも億劫な議題について妄想抜きで向き合おうとしていた俺の目の前に、高校入学から一年遅れで木下世界が現れた。







 

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